道祖神

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奥の細道の序文

月日は百代(はくだい)の過客(かかく)にして、行きかふ年もまた旅人なり。舟の上に生涯を浮
かべ、馬の口とらへて老を迎ある者は、日々旅にして、旅をすみかとす。古人も多く旅に死せる
あり。
予もいづれの年よりか、片雲の風に誘はれて、漂白の思ひやまず、海浜にさすらへ、去年(こ
ぞ)の秋、江上の破屋(はおく)に蜘蛛の巣をはらひて、やや年も暮れ、春立てる霞の空に、
白河の関越えんと、そぞろ神の物につきて心を狂はせ、道祖神の招きにあひて、取るものも手
につかず。
ももひきの破れをつづり、笠の緒つけかへて、三里に灸(きゅう)すうるより、松島の月先づ心
にかかりて、住める方は人にゆづり、杉風(さんぷう)が別しょに移るに、
草の戸も住みかはる代ぞひなの家
面八句(おもてはっく)を庵の柱にかけておく。




道祖神は甲信越地方に多いそうですが美作ではほとんど見かけません。
日本全国の人々が道祖神という言葉に馴染みを持ったのは奥の細道の序文に登場してからです。
その少し前にある「そぞろ神」は芭蕉の造語だそうです。
滑稽な言葉遊びの道具であった俳諧を崇高な文学に高めたのが芭蕉の大きな功績とされています。
じつは、馴染みの無い言葉を使ったり造語を見せるのは芭蕉らしくない表現です。

造語の達人は何と言っても夏目漱石です。
新陳代謝、反射、無意識、価値、電力、肩が凝る・・・など沢山あります。
この沢山も漱石の考えた当て字です。浪漫も漱石の考えたあて字です。
ユーモアあふれる作風ですから自然とそういう新しい表現が多くなるようです。

宇田川榕菴(1798~1846)という津山の蘭学者は翻訳、酸素、水素、窒素、炭素、白金、分析・・・
などのそれ以後の科学の基礎になる言葉をつくりましたが、造語で知られる人の中では
例外的な存在だと思います。
造語が上手な人は、例えば石津謙介(1911~2005岡山市生れ、VANの創業者)のように
アイデアが豊富で調子の良い人だと思います。

芭蕉は短い俳句の中に強い感動や美しさを共有するために言葉選びには慎重だったのです。
時雨、旅人、木枯らしなど好んで使った言葉がありますが特別な使い方ではありません。
より多くの人の心に響く言葉を選んで使い、美しい感動を呼び起こすのはたいへん難しいと思います。
道祖神も「どうそしん」と言うか「どうそじん」にするか悩みます。
音としては濁らない方が美しいですが、「どうそじん」と打たないと変換できません。
今の神社神道以前の原始的な信仰の流れを残す存在で、
はっきりした定義もなくぼんやりしたものだからこそ造語のように新鮮さを求めず、
落ち着きと優しさを刻んだのが私の道祖神です。
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by tatakibori | 2013-02-14 09:57 | 仕事 | Comments(20)
Commented by マイケル at 2013-02-14 19:07 x
今晩は。
前回のコメントは失礼いたしました。
今日は大丈夫です(笑)
道祖神は学生の頃から興味があって何度も挑戦したのですが納得いくのが出来た例がありません。
技術をひけらかすような作品は10年位やると出来るのですが~
素朴な内側から心にひびいてくるような作品はとても難しいですね。
当時は彫刻で身を立てたい志があったので作品を売ると言うことに執着してたので我欲がでて駄目だったみたいです。

それでは今出来るかと言うと出来ないんですね。
どうしても人の心を動かしたいと言うのが何処かにあるようです。
技術を感じさせないようにするのも技術なのかもしれませんので、そこまで勉強が出来て無いと言うことかもしれないですね。

駄文ですがではまた~
Commented by tatakibori at 2013-02-14 19:51
まさにそんな感じですね。
父が道祖神をずっとやっていて、
こういう版画を彫って欲しいと頼んだら、
自分でやれと言われて
父の作品のように彫り始めました。
人の心に届くようにするには・・
小池邦夫先生は「自分にはその才能があると信じている。」と言います。
だからこれは見る人に必ず届くと信じるしかないように思えます。
そういう内面を磨くような芸術は学芸員などには一番困るものだそうです。
それだから面白いのだと思うのですが・・。
Commented by マイケル at 2013-02-14 20:15 x
御返事有り難う御ざいます。
心強いかぎりです。

一言で言うと自分は俗物なんですよね~
物欲の塊だし(笑)

学芸員の人は東大とか出てて凄く勉強してるんですけど知識と心がバラバラなので美術品の技術の解説は得意ですが内面的な仕事の理解は難しい気がします。
小池邦夫先生は有名ですね。
自分は歳とっても俗物爺で終わりそうです(笑)。
こつはこつ、こつやることだと良く言われたもんですが。
それが出来ればたいしたもんだと思います。
失礼いたします。
Commented by tatakibori at 2013-02-14 20:48
こつこつやると言うのは数を多くこなす事だと思うのです。
彫刻をたくさん仕上げるのは材料と時間がかかりますから
例えばA4コピー用紙でもいいから5,000枚くらい
筆を持って道祖神の絵を描き続けます。
単純な絵で良いですが気合を入れて一枚一枚描くのです。
それくらいやれば何らかの進歩があるはずです。
自分の個性も見えてくると思います。
そんな事の積み重ねしかないと信じています。
いつも言うのですが「頭で考えるより手で考える。」です。
Commented by マイケル at 2013-02-15 00:50 x
おっしゃるとうりだと思います。
解りやすい説明を有り難う御ざいます。
道祖神のデッサン5000枚と言うのは是非やってみますね!
Commented by tatakibori at 2013-02-15 07:05
ベテランにえらそうに言ってしまい、たいへん失礼しました。
俗物と言うと筒井康隆の小説を思い出しますが、極めるとまた純粋な精神が浮かび上がるようです。
ジャズ、ブルースやロックでも原点を探っていくと純粋な音楽への憧れがあると思います。
いやむしろそのエッセンスそのものがそういう音楽だとも思います。
何でもジーーーッと見つめ続けるのが芸術じゃないでしょうか。
Commented by マイケル at 2013-02-15 13:42 x
「俗物図鑑」ですね、昔からファンでほぼ全て読んでます。
「家族八景」は秀逸で直木賞候補になったと思いますが石原慎太郎の自分の目の黒いうちはSFには取らせないの一言で落選したような記憶があります。
SF作家で直木賞を取ったのは半村良だと思いますが彼は人情話と伝奇小説が多いので取れたのかもしれません。
記憶で書いてますので本当かどうか怪しいですが(笑)。
Commented by tatakibori at 2013-02-15 18:26
石原慎太郎がそんな事を言ったのですか。
作家としては筒井の方が上だと思いますが・・。
Commented by マイケル at 2013-02-15 18:54 x
<石原慎太郎がそんな事を言ったのですか。
筒井康隆が直木賞を取れなかった理由で小説のあとがきで憤慨してたのを読んだ気がします。
大昔の事なのではっきりしないのと小説は貧乏時代に全部売ったので
調べることはできませんが?
全部ハードカバーで持ってたんですよ~
Commented by tatakibori at 2013-02-15 19:38
そりゃあ憤慨するでしょう。w
しかし、マイケルさんは何でも凝り性ですね。
特にファッションへのこだわりにはほんとうに敬服いたします。
私はどうもファンションは苦手です。
Commented by マイケル at 2013-02-15 20:57 x
ファッションはですね彫刻で身をたてられないのでイロイロ、アルバイトをした中にトラッドショツプがあって店長に絞られただけです。
当時は精神面から社員教育していたので雑学が頭の隅に残ってるだけですね。
先生の方がおしゃれだと思いますよ!
LLビーンのシャツとか着てる人は観たことないです。
ちょうどアイビーからアウトドアに移行しかけた時期ですよね?
アイビースーツの上にシエラデザインのマウンテンパーカーとかを着てた時代だと思います。
それでアイビーとアメリカントラッドしか解んないです(笑)。
普段はユニクロですw
Commented by tatakibori at 2013-02-15 21:31
彫刻の人は何でもこなす人が多いので、器用貧乏になりがちですね。
私も40歳くらいまでは色々な人から一緒に仕事をやろうと誘われましたね。
もうちょっと体力があったら大工はやっても良かったと思う事があります。
先祖は大工だったからでしょうか。
洋服屋さんは誘われもしなかったし、やろうと思った事もありません。
ユニクロはすごいと思いますね。
昔だったら、買ってしまったら少々失敗でも着ていましたが
ユニクロ登場以降は気に入ったものしか着なくなったのは
私だけじゃないと思います。
円高は少し戻しましたが、欧州ブランドの馬鹿安にも驚きますね。
そういう現象がファッションへの興味をさらに無くすように作用していると思います。
Commented by マイケル at 2013-02-17 10:28 x
御返事が遅くなりました。
母の介護施設探しで悩殺されてます。

世間話になってしまいますがユニクロの社長は今度は外食産業の切りくずしをはじめましたね~

超高級料理を立食で激安で出して、立食がゆえに客の回転を早くして利益を上げるそうです。
すでにかなりの店舗を成功させてるみたいですね~
ではまた~
Commented by tatakibori at 2013-02-17 10:59
特養、老健などは順番待ちが多いですから申し込みだけはしておかないといけません。
そうやって複数の施設に申し込みをするからよけいに待機人数がとてつもなく増えてしまいます。
要介護4、5でないと入所はできないようです。
どうやって介護を乗り越えるかは専門家の話を聞いてから
自分の希望をもう一度整理して、そしてそれを理解してもらう事が重要です。
我が家ではショートステイを長く利用しましたが、
事情によっては長く使う方法があります。
その辺は常連になると融通のきく方法を考えてくれたりしますから
実績を積んでいく努力も必要です。
身勝手な希望を言う家族もありますから、
付き合いの薄い人とは立ち入った話はほとんどしないと思います。
こちらの介護に対する誠意を理解すれば、
現場の職員が便宜をはかってくれる事もあります。
何度も足を運ぶ事がたいせつですね。
以上長年の介護の経験からの結論です。
Commented by tatakibori at 2013-02-17 11:01
立食で高級料理というのは、話だけでは理解できませんね。
なんかすごい時代になってしまったようです。
Commented by マイケル at 2013-02-17 12:03 x
介護関係のアドバイス有り難う御ざいます。
ケア・マネさんが非常に優秀なので相談しながら進めています。
ケアマネの資格者は1区に300人以上いるのですが仕事の出来る人を探すのが大変でした。

ユニクロの社長は既存の概念を切り崩すのが好きみたいですね。
高い料理を時間をかけて楽しむのが普通ですが短時間でもいいので高級料理を激安で食べたいと言うニーズが有るのかもしれませんね?
自分には理解できないです(笑)。
Commented by マイケル at 2013-02-17 15:22 x
追伸
特養、老健などは順番がくるのが10年後位は当たり前で5,6年で順番が来た話は聴いたことが無いと言う事で、すでに頼んで申し込んであります。
申し込んでおいても順番が来るころには本人は死んでるのが普通みたいです。
Commented by tatakibori at 2013-02-18 13:17
たしかに、ケアマネの中には時々調子のおかしい人もいた事があります。w
10年待ちというのはひどいですね。
事実上、入所不可能です。
私の場合は6年余り前に介護が両親と祖母の3人になり、
母が要介護5だったので優先順位をすっとばして一位に上げてもらいました。
父は数ヶ月の間、病院を2つ、老健と回されて要介護4で特養へ入所しました。
母と同時入所でした。
祖母はその間、ショートステイと自宅の半々でした。
これくらいの状況があればほぼ即入所できる可能性が出てきます。
でも、色々な人のお世話になるし制度と状況を理解する前に
事は進行するのでたいへんでした。
民生委員との交渉はまた別のレベルの話になるのでこれもたいへんでした。
Commented by マイケル at 2013-02-18 13:48 x
御返事、有り難う御ざいます。
心強い限りです。
私の住んでいる北九州市は特別人口が多いので6年待ちで入れるのはかなりラッキーなケースみたいですね。
ケア・マネさんは北九州市で一番古くて大きな会社の主任で男の方なので信頼はできるのですが、先生のおっしゃるとうり制度と状況の不明点が多く質疑をくりかえさないといけないと思います。
母は要介護1なのですが80なので6年後に順番が来てもすでに死んでると思います。
草木が枯れるように静かに行ってくれると良いのですが~
父が介護付き有料老人ホームに入れる位は残して死んだので最悪の時はそれで行きますが、今度は自分の老後がヤバイですw
Commented by tatakibori at 2013-02-18 14:06
がんばって下さい。
その姿勢がきっと人々に通じるはずです。
毅然とした気持ちがあれば大丈夫です。
私は、行く所まで行くという覚悟だけはしました。
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