木彫に対する私の思い

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木彫に対する私の思いは、祖父と父の木彫への願いを分かり、それにたちかえり伝える事です。
自分を表現するために始めた事でもないし、欲のない仕事として続けてきただけのものです。

私のものごころついた最初の記憶の中に、祖父が彫る姿があります。
いつも面白い話をして笑っている祖父が苦しそうな顔で
仏像や般若面を彫っていました。
もう少し大きくなるまで、それが木彫だと思っていました。
祖父は40歳前に脳内出血で倒れて生死をさまよった事があります。
これをきっかけにやや前衛的な木彫をするようになりました。
戦中戦後は彫っても売れないので、自分の世界に入り込んで
大胆な表現を試みていました。
その時代に棟方志功に出会って、それを励まされたのでますますその方向へ進みます。
私は日頃、現代アートは敵のように言ってますが、昭雲叩き彫の完成はむしろ前衛的な
表現にあったのです。
さらに、棟方を通じて柳宗悦の民芸運動に触れた祖父はそれに大きく惹かれていきます。
祖父は民芸を通じて円空や木喰を知りました。それまでの大胆な円空にも通じる作風は
じつは独自の手法によるものだったのです。
山田家の先祖は大工職人でした。祖父が木彫を始めたのは家にそこそこの道具が揃っていたからです。
大工はノミをゲンノウで叩いてホゾ穴などを彫ります。
木彫職人の修業をしていない祖父はノミをゲンノウで叩いて彫ります。
やがて限界を感じて大阪の学校へ勉強に行くのですが、
最初に身についた手法は後々まで残ったのです。
情報のない時代にたいへんな苦労をして独自のスタイルを作ったものですから
祖父の仕事にはたいへんな力があります。
それが刷り込みになって私の木彫への意識は作られています。
祖父が私の作品を見たら許してくれるだろうか、という思いはいつもあります。


                     つづく

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by tatakibori | 2017-04-07 21:36 | 仕事 | Comments(0)
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