わが山の夕陽のなかに

d0006260_19423385.jpg

わが山の 夕陽のなかに 飛びゆきし 何いそぐ鳥 目守(マモ)るすべなし
この情景は毎日夕陽を撮影している私にはよくわかります。
保田師は天才とよく言われますが、
この歌などとくにその偉大な才能を示すひとつだと思います。
言葉を知り尽くしたその深さを感じます。


大失敗があったので現在やり直し中です。
ちょっと疲れ気味ですね。
寝たきり老人二人の衣替えなどあって
遅れ気味です。
コメントがあったのでこの記事は
残しておきます。
申し訳ありません。


改作です。
そう簡単に良くなるようなものでないのに
失敗作よりかなり出来が良いのです。
まだまだ修行が足りません。

[PR]
by tatakibori | 2007-10-17 20:49 | 仕事 | Comments(4)
Commented by cozy at 2007-10-17 20:50 x
言葉には、しにくいですけど、
なんか感じ良いですね。
ちょい切ない感じもあって。
Commented by tatakibori at 2007-10-17 21:22
切ない感じですか?

「目守る」は目をそらさずにじっと見つめるという意味です。
「何いそぐ」にやや主観が入りますが、全体としては
美しい夕陽を表現する秀歌だと思います。

そうか、絵が切ない感じですね。

Commented by cozy at 2007-10-17 22:56 x
こういう事を書くと怒られるかも、
お門違いだといわれるかも知れませんが、
なんかスピッツ的なんです。
Commented by tatakibori at 2007-10-18 09:55
言葉は本来は簡単なモノですから
受けとめかたは人さまざまであってかまわないと思います。
作者の意図しない方向に作品の評価が歩いていく事だって
あるわけですから。
保田師はその事で最も苦しんだ昭和の文人の一人かもしれません。

ひとつ私が言えるのは
太宰治の一文に・保田與重郎の文学こそほんとうの芸術である。・
のような記述があったと思います。
保田師はそういう人だったのです。
<< 草葉のかげ 雉子 >>