真贋のはざま

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これは50年以上前の祖父の木版画の原版です。
昨日、書いていて思ったのですが
これからもう一度刷れば新しい祖父の作品が出来上がります。
50年前にやっとの思いで手に入れた版画用紙より
今私が使っている越前版画用紙の方がずっと上等です。
墨も可能な限り上質なものを使うよう努めております。
つまり、工芸品としてはより優れたものが再現できるのです。
問題は作品として作者の意図にどれだけ沿うことが出来るかです。

もっと踏み込めば、この原版が傷んだ場合には
叩き彫の後継者である私なら関係者以外には分からないであろう
寸分たがわぬ複製を作る事もできます。
その場合は不道徳な贋作という事にはならないから
誉れのある技術の継承と言われることでしょう。

何を持って贋作と言うか・・・そう考えると
つまるところお金儲けの手段かどうか・・・
そういう事なんでしょうね。
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by tatakibori | 2008-12-12 08:16 | 仕事 | Comments(2)
Commented by ひぃ〜 at 2008-12-23 19:24 x
定義を狭くすると擬態とおなじで贋作とはばれていない状態の時だけ、そう呼び得る、というパラドキシカルな問題を内包しているのですよね。こーいうところに火中の蛾の如く惹かれてしまうのですが、実際は銭金が関わる時だけの話なのでしょうね...
Commented by tatakibori at 2008-12-23 20:43
ひぃ~さん、こんばんは。
ほんとうはお金儲けとは無縁の世界で生きていたいものです。
最高の贅沢とはそんな生き方なのでしょうね。
祖父の晩年はまさにそういう生き方でした。
その代わりに一時は電気も無い生活だった事もあります。
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