カテゴリ:神社( 21 )

神のない祭

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私の育った勝間田のお祭りと言えば夏の天神祭りです。
地元では「お涼み」とか「天神涼み」と言います。
子供神輿が練り歩くのが名物です。
勝間田は勝田郡の中心地で、勝田郡には菅原道真の子孫が多く住んでいるから
天神祭りが秋祭りより賑やかになったと考えられます。
各地区の氏神さまには別宮の天満宮があります。
天神祭りは7月25日ですからそれが過ぎると夏が終わったように思えました。
一年をお祭りの事だけ考えて生活する岸和田の人々と少しだけ同じ気持ちを
昔の勝間田の人々は持っていました。
勝田郡には独特の神の文化があり、荒神さまをたいせつにするのも大きな特徴です。
今は津山市ですが福力の荒神さまの旧正月も大きなお祭りの一つです。
昔は臨時列車が出て、小中学校はお休みになったほどです。
門前の屋台店や大道芸、実演販売なども楽しみでした。

最近は「金時祭り」という行政が主体の祭りがあります。
坂田金時の終焉の地があるからです。
栗柄神社という祠がその場所とされています。
はるか昔の話ですが、山田家の先祖が住みついたのが
その隣だったので妙な親近感があります。
今は勝間田を離れて長いので金時祭りはよく知りませんが、
地元の友人などは「歴史のない、神さまの無いお祭りは実感がない」と言います。
他所は知りませんが、岡山ではは自治体や商工会議所、観光協会などが中心の
「フェスティバル」的なお祭りが増えています。
花火大会や〇〇踊り、〇〇行列など、人出は多く経済効果はあるようです。
極端なのは商店街の「パリ祭」というのもあるようです。
イベントとして人集めをするのか、神の祭りとして願いを込めるのかの
違いがそこにあるように思えます。
京都の祇園祭、大阪の天神祭りなど古い神のあるお祭りの熱気と
商業主義やレジャーのお祭りは根本的に何かが違うようです。

山田家の先祖は代々、神さまのお祭りを盛り上げるお手伝いをしていました。
神のない祭はそれとは違うようです。
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by tatakibori | 2013-08-03 13:58 | 神社 | Comments(0)

豊受大神

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伊勢神宮の外宮は豊受大御神(とようけおおみかみ)をお祀りしています。
天照大御神(あまてらすおおみかみ)は知っていても、外宮の神さまがどんな
神さまなのか知らない人も多いようです。
雄略天皇の夢の中で天照大御神の教えを受け、豊受大御神を丹波の国から、
内宮に近い山田の原に迎えたのは今からおよそ1500年の昔のことです。
豊受大御神は御饌都神(みけつかみ)とも呼ばれ、
御饌(みけ)、つまり神々にたてまつる食物をつかさどるのです。
この事から広く農業を始め食べ物にまつわる仕事の人々は
むしろ外宮にお参りすると聞きます。
農業系の高校や大学の教員で外宮にお参りする知人もあります。
日本人は清浄な水に恵まれたこともあり食の安全に気を遣います。
真心を込めた食物を売る店や食堂は多少高くついても人気を集めているようです。
豊受大神宮が内宮と同じ正宮の格式で建てられている事が
日本人の食べ物への気遣いと感謝の気持ちを表しているように思えます。

ただ一つ気がかりなのは、天照大神さまの絵は多くありますが、
豊受大神さまの絵が少ない事です。
もっと親しみと敬いの気持ちを多くの人に持っていただくために
木版画を制作しました。
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by tatakibori | 2013-06-15 19:54 | 神社 | Comments(0)

神饌

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神様にお供えする食べ物を神饌(しんせん)と言います。
伊勢神宮の外宮(豊受大神宮)は豊受大御神(とようけのおおみかみ)を祀ります。
豊受大御神は御饌都神(みけつかみ)であり、内宮(皇大神宮)の天照大御神に
食べ物を提供するために雄略天皇(西暦418-479)が伊勢にお迎えしたと言われます。
外宮では毎日、神様にお供えする御饌(みけ)を料理してお供えします。
食べ物にまつわる仕事をする人々は外宮をたいせつにしてお参りします。
お祭の後にお供え物を食べる宴が直会(なおらい)の本来の意味です。

我が家では祖母が死んだので、五十日祭までは他の神様には
お供えせずに祖母の祭壇に毎日ご飯を炊いてお供えします。
いつも美味しそうにたくさん食べていた祖母の為に器も大きい物を
用意して、たくさんよそって「おばあちゃん、ご飯ですよ。」とお供えしているのです。
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by tatakibori | 2012-04-10 21:03 | 神社 | Comments(3)

エビス

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木版画はエビスさまです。
古事記では蛭子(ヒルコ・えびす)はイザナギノカミ(男性)とイザナミノカミ(女性)の最初の子ですが
産む時に女性から声をかけたので足の立たない障がい児が生まれてしまったのです。
蛭子さまは葦の船に載せてオノゴロ島から流されました。
たどり着いたのが今の兵庫県西宮の猟師町です。
猟師たちは神様の子として蛭子さまをたいせつに育てました。
そして豊漁に恵まれ豊かな町になったのです。

このお話のイメージなら、上の木版画のような可愛くて皆から好かれる
幼いエビスさまの姿が浮かんできます。
障がい児のイベントのポスター用に制作しました。

女性から声をかけたので障がい児が生まれ、
そしてそれを残酷にも海に流したと解釈して
日本は古来から女性差別と障がい者差別のある劣った国だと
とんでもない解釈をつけた人達もかつてはありました。

古来からの民俗信仰では障がい児は福の神という話はいくらでもあります。
近代の都市伝説で、知的障がいのある人が立ち寄る店は繁盛して
そうでない店が潰れていったのは東北で本当にあった話です。

日本の神話では太陽は女性(アマテラスオホミカミ)で、月は男性(ツクヨミノミコト)です。
私の作品に風の神がありますが、それはシナトベノミコト(女性)とシナツヒコノミコト(男性)の
二人の神さまをひとつにしたものです。
民俗信仰にある道祖神も男女一体の姿で神々の世界には男女の差別は無いようです。

エビスさまは男の子でその後にアワシマさまという女の子も生まれましたが
それも障がい児の神さまで全国に淡島神社として祀られています。
アマテラス、ツクヨミ、スサノヲの三神はその後に生まれていますから
妹や弟という事になります。

グリム童話などでも残酷な話が多く、物語や伝説の中では今の人権や
人の命に対する考えでは驚くような表現もあります。
それもまた人間の歴史であると私は考えます。
日本神話の男女平等で障がい者にも優しいお話をたいせつにしなければなりません。

神話には色々な物語があり、イワナガヒメとコノハナサクヤヒメのお話など
初めて読んだ時には驚いたものです。
それぞれの解釈に醜い悪意のフィルターを入れる必要は微塵もありません。
神々のお話ですから荒ぶる神も中にはいるのです。
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by tatakibori | 2011-12-17 20:31 | 神社 | Comments(2)

パワースポット

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伊勢神宮の外宮にある「三ツ石」と呼ばれるパワースポットです。
多くの参拝者が手をかざしてその温もりを感じています。
神宮崇敬会職員の説明によると温もりを感じるのは科学的な根拠があり
霊的なパワーという訳では無いとのことです。
それでも手をかざしてみたくなるのが人情と言うもので
先々代の総理大臣も手をかざしてみたそうです。
近年の「パワー」ブームで日本最大の霊地である伊勢神宮におかげを受けたいと
集まる人々は増え続けているそうです。
伊勢神宮は本来は日本全体の国家の安寧を祈る場所であって
個人の幸福を祈願する所ではありません。
現在は神楽殿が設けてあり、お神楽を奉納して個人の願いを祈るようになっています。
パワースポットでパワーを授かるというのは本来の神宮参拝とはちょっと違うのですが
それを否定するほど神道には厳しい戒律がありません。
氏神様の総本山としておおらかな自然の恵みに感謝するのですから、
パワーを感じて幸福になろうとする人々の願いも自然な気持ちの一端として
伊勢の神さまは受けとめて下さいます。
参拝者の顔が幸せそうに見えるのはその「おかげ」なのでしょう。
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by tatakibori | 2011-06-27 21:26 | 神社 | Comments(2)

増える参拝者

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伊勢神宮の参拝者が増えています。
近年は年間600万人程度だったのですが
平成20年に750万人、21年は798万人と急増しています。
今年の参拝者は過去最高だった昭和48年の860万人に並ぶと
予想されています。
昭和48年は第60回の式年遷宮の年でした。
その後平成5年に61回があったのですが、その時には
参拝者の記録更新とはなりませんでした。
次回は平成25年ですから、それに向けて国民の伊勢神宮への
関心が高まっているようです。
その他の要因としてはETC割引で土日の自動車での参拝が増えている事、
日本最大の「パワースポット」として若者を中心に注目されている事、
終戦以来の神道への「偏見」が無くなって来た事、
同様にナショナリズムの必要性に気がついた人が増えている事
など考えられます。
マスコミによってフタをされてきた神秘的な日本の神々の事が
インターネットで情報が発信されるようになり関心が高まってきたとも言えます。

参拝者が最も少なかったのは昭和21年で50万人を切るという悲惨な有様だったのです。
お伊勢参りは心豊かな善人の行動ですから、不況とか国難とか言われても
ここでの数字が物語るのは国が栄えている証拠です。
伊勢神宮では時の権力者が御遷宮を実行してきました。
明治からの国家神道の時代は国が直接に行ったのですが、
戦後は主権が民の手に移ったから広く多くの人に呼びかけて
浄財を集めて遷宮を行いました。
社会の急変に対応するためには影でたいへんな苦労をされた人々もありました。
「普請」により遷宮を行った事は長い神宮の歴史には何度もあります。
その度にそういう人が現れて全国を行脚して人々に呼びかけてきたのです。
「お伊勢参り」と「ご遷宮」の歴史は人々の善意の表れの歴史でもあるそうです。
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by tatakibori | 2010-06-23 21:23 | 神社 | Comments(4)

神棚の榊(サカキ)

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今日は1日なので神棚のサカキを換えました。
冬は持ちが良いので水の交換だけで2ヶ月はいけます。
前回はお正月に向けての交換だったと言う訳です。
庭に榊の木が1本植えてありますから、その枝を切ってくるだけです。
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花屋などに売っているものより器量が悪いですが、これも自然で良いと思います。
先ず神さまの事をちゃんとしておけば元気が出てきます。
人間は一人ではないような、誰かが側に居てくれる様な心強さを感じます。
苦しい時の神頼みと言いますが、普段は全然神さまを拝まない人には
ご利益が薄いかもしれません。
私は、神さまを身近に感じて生きるのが正しい事だと思います。
それは仏さまでもキリスト様でも同じです。
何かに感謝の気持ちを表す意味でも、生活の中に神仏があるのが
たいせつです。
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by tatakibori | 2010-03-01 20:49 | 神社 | Comments(2)

畏れ多い神さまのお姿とは

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「あなたの神像には畏怖とか情念といったものを感じられない。」と言う人と出会いました。
ちょっと気になるので話を聞いてみました。
「私は最近、奈義町にある古い神社などを調べているが、あなたもそういう勉強をするべきです。」
「滝神社にお参りされた事はありまか?」
「淡島神社にも是非お参りなさい。そうすれば作品は変ってくるでしょう。」
そういうお話でした。

滝神社は那岐三山の真ん中滝山の山頂に寄った所に鎮座する神社です。
昭和20年代にご神体として祖父が彫った像が納められています。
演習場の中に参道があり、鳥居までモミの原生林の間を未舗装路を通り行かなければなりません。
かつて、私はこの為に大型4WD車を購入したのでした。
鳥居から神社までは歩いて20分ほどの登山です。
途中に天に向かうかのような長く急な石段がありその上にお稲荷様があります。
そのあたりまで登るとあたりは異様な霊気に包まれているのを普通の人でも感じます。
父は若い頃にその霊気の正体を感じてみようと5日ほど山へこもったそうです。
結局、その時は獣の霊気とか悪霊だったのか恐ろしいものばかりを感じて下山したと話していました。
滝神社は女人禁制の修験者の場ですからふもとには女性の為の淡島神社が祀られているのです。

神さまのお姿とは厳しいものなのでしょうか。
日本の神さまは「常若(とこわか)」と言います。
むしろ若々しく幼い姿を私は考えます。
伊勢の御遷宮は20年を周期としています。
20年で若返るならアマテラスオオミカミは永遠の二十歳です。

実際に彫り刻んでみると威厳がある恐い顔よりも
若く美しく気高い顔の方が難しいと分かります。

「何か神の存在を感じたような気がするが、それはこんな幼い表情のものでは無い。」
と思う気持ちは分かりますが、それは往々にして悪霊や獣の霊の場合があります。
神さまは暗くてかび臭い空気の中ではなくて、新しいヒノキの香りとほのかな酒の臭いに包まれ
白い衣の中にあるように思うのです。
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by tatakibori | 2010-02-10 11:27 | 神社 | Comments(9)

えびす

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知らない人が多いので書いておきます。

七福神の中でエビスさまだけが日本の神さまです。
エビスは「ヒルコ(蛭子)」の事です。
イザナギノミコトとイザナミノミコトの国産みの際に
最初に女の方から声をかけて出来た子がヒルコで
足が立たなかったので葦の船に乗せて海に流したのです。
流れ着いたのが今の西宮です。
西宮神社は主祭神がヒルコ(蛭子神、蛭子命)です。
西宮の猟師達はアマツカミの子を福の神として大事に育てたのです。
もちろんそのおかげで今の世まで西宮あたりは裕福でお金持ちの多い土地柄です。

我が国では古くから障害のある子供は福の神と言われてきました。
神代の時代の始まりからそうだったのです。
障害者を大切にしたのは我が国の伝統でもあります。

この話を車椅子の子供を持つ友人にしたところ知らなかったそうで、
少し感激した彼は自身のブログにその話を書いていました。

足がちゃんとあるエビス像もありますが
私のエビスさまは足の立たないヒルコです。
エビス大黒を祀るのも良いですが
現実の障害者とどう接していくかは難しい問題です。
少しでもそれを考えるという事が人々に心の豊かさを
与えるのだろうと思います。
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by tatakibori | 2010-02-04 21:14 | 神社 | Comments(0)

神より出て

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今回のお伊勢参りでもう一つ気にしていた歌があります。
「日の本に生まれ出にし益人は神より出て神に入るなり」
江戸時代の伊勢・外宮の神官中西直方の作です。
日本人の死生観を端的に詠んだ有名な歌です。
手塚治虫の「火の鳥」にも根底にある生命の捉え方は
この歌と同じだと思います。
私の両親も神に入ったなら、きっとここに居るのだろうと思います。
死んだ時からずっとそうなるのだと思っていました。
お墓参りも直接の先祖の為にたいせつですが、
自他の区別の曖昧な日本人の考え方ならば
同胞(はらから)の神の集合体と思えば
お伊勢参りこそ最もたいせつだと私は信じています。

ちなみにお伊勢参りの基本としては
内宮、外宮へは個人の願い事などをしてはいけません。
国家の安泰を願うだけです。
個人や組織の祈願は神楽殿でお神楽を奉納して行います。
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by tatakibori | 2009-06-30 20:07 | 神社 | Comments(4)