カテゴリ:仕事( 216 )

木彫に対する私の思い その2

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私の木彫は自己表現が目的ではありません。
芸術に夢があって、何かを表現するために始めたのではないからです。
祖父の木彫には芸術表現に託す思いがあったのは確かです。
素材が木であったのは生まれた環境によるものでした。
それに大正から昭和の初めにかけて木彫のブームがあったようです。
有名な葛飾柴又の帝釈天の木彫はその頃に制作されたものです。
子供の頃に祖父の彫刻を見て、私は木を刻んだノミ跡の美しさを知りました。
私の木彫は木に刃物を当てた跡を作るのです。
もっと極端に言うなら、彫りクズを作る事なのかもしれません。
コンコンと音をさせて、たくさんの彫りクズを作れば、
何かたいへんな努力を積み重ねているような自己満足もあります。
写真の作品のように荒くて未完成ながら彫り跡に道具の力が残れば
それで良いのだと思います。
よく切れる道具で刻まれた木に残る力強いノミ跡でしか
表現できない優しさがあります。
手数の少なさは穢れの少なさにも通じます。
純粋で無垢というのが私の目指す表現なのです。
それは私の内にある考えではなく、木が持つものであり
神の創造したものから本質を引き出す作業です。
素材に木を選んだのではなくて、ある意味の運命にも引かれて
木に関わってきたのだと思います。

         つづく

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by tatakibori | 2017-04-25 15:26 | 仕事 | Comments(0)

木彫に対する私の思い

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木彫に対する私の思いは、祖父と父の木彫への願いを分かり、それにたちかえり伝える事です。
自分を表現するために始めた事でもないし、欲のない仕事として続けてきただけのものです。

私のものごころついた最初の記憶の中に、祖父が彫る姿があります。
いつも面白い話をして笑っている祖父が苦しそうな顔で
仏像や般若面を彫っていました。
もう少し大きくなるまで、それが木彫だと思っていました。
祖父は40歳前に脳内出血で倒れて生死をさまよった事があります。
これをきっかけにやや前衛的な木彫をするようになりました。
戦中戦後は彫っても売れないので、自分の世界に入り込んで
大胆な表現を試みていました。
その時代に棟方志功に出会って、それを励まされたのでますますその方向へ進みます。
私は日頃、現代アートは敵のように言ってますが、昭雲叩き彫の完成はむしろ前衛的な
表現にあったのです。
さらに、棟方を通じて柳宗悦の民芸運動に触れた祖父はそれに大きく惹かれていきます。
祖父は民芸を通じて円空や木喰を知りました。それまでの大胆な円空にも通じる作風は
じつは独自の手法によるものだったのです。
山田家の先祖は大工職人でした。祖父が木彫を始めたのは家にそこそこの道具が揃っていたからです。
大工はノミをゲンノウで叩いてホゾ穴などを彫ります。
木彫職人の修業をしていない祖父はノミをゲンノウで叩いて彫ります。
やがて限界を感じて大阪の学校へ勉強に行くのですが、
最初に身についた手法は後々まで残ったのです。
情報のない時代にたいへんな苦労をして独自のスタイルを作ったものですから
祖父の仕事にはたいへんな力があります。
それが刷り込みになって私の木彫への意識は作られています。
祖父が私の作品を見たら許してくれるだろうか、という思いはいつもあります。


                     つづく

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by tatakibori | 2017-04-07 21:36 | 仕事 | Comments(0)

引き出し

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木版画教室も丸3年が過ぎて、生徒の皆さんも上達してきました。
当初の目標は棟方志功の模写や、それ風の楽しい版画を
体験してもらう事でした。
棟方志功の画集をご覧いただければわかりますが、
楽しい版画ばかりではありません。
アートとしては強いメッセージを持っているのでしょうが、
それを模写するのをためらうような表現も多くあります。
また複雑な表現は素人には無理だったり、
成し遂げても満足感の無いものもあります。
そこで可能なものは簡略化したり、
理解しやすい表現にアレンジしてお手本を提供しています。
でも、数多くやっていくとネタ切れと言うか、
アイデアの引き出しが空になる日があります。

今年のそんな時に眺めていた本を並べてみました。
鳥獣戯画と浮世絵の画集は基本の一つです。
文様の本は古典的なデザインの宝庫です。
浮世絵や江戸期の伊万里焼のセレクトなどは
ハッとするほどセンスの良い本です。
中国から取り寄せた篆刻の本は、かの地では初心者、学生向けの
ものですが、日本のものよりはるかに専門的です。

創作を始めた頃のやりたい事のネタはすでに
使い果たしてしまったので、こういう古典をもう一度
深く調べて自分の作品に馴染むアイテムを拾い集めて
築き上げる作業が増えてきた今日この頃です。

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by tatakibori | 2016-12-22 21:05 | 仕事 | Comments(0)

還暦記念の個展

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5月20日~22日の3日間近くのイオンモール内のホールで
創作を始めてから今までの比較的大きな立体作品を
並べて集大成的な個展を開きました。
総重量が1トン以上、点数にして120点ほどの展示です。
会場はショッピングセンターの多目的ホールで、
普段は講演、会議、講習会、映画上映、ミニコンサートなど
色々な催事に使われている施設です。
スポットライトと白い壁があるので沢山の作品を並べると
それなりの美術展の雰囲気が出来上がります。
時間的、質量的に密度の高い展示が来場者に感じていただけたと思います。
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美術に専門的に携わってきたある方が興味深い感想を言いました。
「このような広い会場でスポットライトを当てると、工房で見る
作品の持つ親しみが薄れているようです。」
美術館のような、もっと広くて専用の空間にゆったりした間を持って
展示すればさらに親しみが薄れていくかもしれません。

最近行った我が家のリフォームの打ち合わせで「生活感」という言葉が
よく出てきました。
生活感を出したくないという方も多くて、施主の嗜好を判断しながら
細かな配置やデザインを決めなければならないようです。
私の考えは合理性が優先ですから、生活感の排除のために不便になるような
配置は必要ないと伝えました。

この「生活感」のようなものが工房にあって、それが作品に親しみを
プラスしているのです。
冷たいRC構造の大きな空間にプラスターボードを張って作り上げ
られた白い無機質な展示ホールは音の残響も長くて、無意識のうちに
居心地の悪さを観客に与えます。
その暗い空間にスポットを当てて浮かび上がらせる手法は非日常であり
人々の生活とは隔絶されたものであり、ある種の客観性を失っているとも
言えるでしょう。
作品がどうであるかより、そこに持って行って展示する事の方が
意味が大きくなってきます。

今回の来場者のほとんどが「優しい表情になごみました」と
言った事が私の個性なら、これからの活動の方向性が
はっきりしてきたように思えました。
創作の分野の仕事は奥が深いので、今時の還暦は
まだまだこれからとも言われます。
元気でいられる間はまだまだ何かを彫り続けたいと
願っています。





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by tatakibori | 2016-05-26 08:52 | 仕事 | Comments(0)

コノハナサクヤヒメ

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これは03年制作の「コノハナサクヤヒメ」(杉材)です。
ついでながら、前回投稿の写真は「アメノウズメノミコト」(コナラ材、04年作)です。
コノハナサクヤヒメは日本神話の中で最も美しいとされる女神です。
天孫降臨のニニギノミコトが国つ神のオオヤマツミの娘コノハナサクヤヒメと結婚するお話があります。
姉のイワナガヒメが美しくなかったので断り、妹を選んだという物語です。
コノハナサクヤヒメは富士山の神さまでもあり、富士山頂や富士がよく見える場所には
浅間神社という名の神社があり、その主祭神はコノハナサクヤヒメです。
大阪市の此花区という最後に出来た区の名もこれに由来するものです。

津山市には黒姫伝説という仁徳天皇に愛された絶世の美女の神話があります。
私の住む奈義町は那岐山の名であり、那岐がイザナギノミコトの事です。
那岐神社もありますが、対になるイザナミノミコトの那美神社もあります。
安直ですが「いざ、奈義」と語呂合わせのキャッチフレーズも良いかもしれません。

政教分離と神経質な時代もあったようですが、ここらで考えを柔らかくして
日本神話も宗教と見るよりは観光資源の伝説としてPRの材料にするのが
賢明だと思います。
今朝の山陽新聞に岡山県の出した広告に「この花咲くや」とあったのを読んで、
関連や必然性のない言葉を並べるよりは後からは作れない歴史や伝統に
根ざした地域性を見直すのがたいせつだと考えました。

久しぶりにイザナギ、イザナミ像を彫らなければと思うのでした。

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by tatakibori | 2016-03-18 20:54 | 仕事 | Comments(0)

ヒツジ

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来年の干支は「未」です。
年賀状用の木版画のヒツジは意外に難しくて、
絵を探しても参考になるような面白いものがありません。
棟方志功の木版画にも、絵にも全く無いようです。
手元にある干支に関する資料でも何故か羊は少ないのです。

昨日、運良くほんものの羊に出会いました。
どのような絵にするかは、頭でなくて手で考えます。
何となく描いていればだんだんそれらしいものが出来てきます。
絵の神さまは簡単にひらめきを与えてくれませんが、
手は考えなくても筆を動かします。
先祖からの仕事の手が今を生きる私を助けてくれるようです。
いや、「仕事をしろ。」と言っているのでしょう。

こんな木版画の年賀状になりました。
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by tatakibori | 2014-11-23 20:44 | 仕事 | Comments(0)

此秋は何で年よる雲に鳥

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芭蕉の最期には、この句の前に
「此道や行人なしに秋の暮れ」があり
後に
「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」があります。

似たようなテーマの句ですが
「此秋は・・」は死を予感した心情があり
「此道や・・」は一生を振り返った孤独と覚悟があります。
辞世とされる「旅に病んで・・・」にはすでに風雅を思い続ける希望が見えてきます。

解説本には「雲に鳥」の出典として陶淵明や杜甫の詩句のようだと
書かれていますが特定はされていません。
この古い日本の死生観がどこから来たのか大いに興味があるところです。
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by tatakibori | 2014-10-25 19:50 | 仕事 | Comments(0)

クラフトデイズ2014秋

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美作の美術工芸作家集団のイベント「クラフトデイズ」は
この秋、コンパクトなイベント「クラフトデイズ2014秋」を
開催します。
11月1、2、3日の連休、イオンモール津山(中国道津山I.C.すぐ)の
2階にあるイベントスペース{イオンホール}を主会場にして
その周辺も使い、8組の作家が展示とワークショップを行います。

従来は自治体の管理する公共の施設を使ってきましたが、
今回は最大の小売業であるイオンの施設を使うのが新しい試みです。
作家活動の可能性を広げる意味では大きな展開であると言えます。


クラフトデイズ宣言の結びにこう書きました。
技術を継承し、生活の糧を得るため作品を売るという避けられない現実もある。
そういう小さな経済の循環の為にもよき理解者と価値観を共有し語り合える仲間が必要である。
クラフトデイズは美作の地にその場を作るためにある。

少しでも良い出会いの場にしたいと願っております。
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by tatakibori | 2014-09-25 11:20 | 仕事 | Comments(0)

叩き彫

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昭和20年代の祖父の作品です。
この作風で「叩き彫」と名付けられました。
祖父は円空には興味を持っていなかったようで、
写真集や雑誌など見ていませんでした。
昭和になって円空を見直したのは柳宋悦ですから、
民芸運動に近かった人達がよく知っていたのは
間違いありません。
円空を模したものではないのが祖父の特徴です。
私は幼い時に祖父の彫る姿や、作品を身近に感じて
これが途絶えるのはもったいないと思いました。
しばらくは叔父が後継者として仏像を彫っていました。
私は叔父とバトンタッチしたようなものです。
円空の写真集は子供の頃から見ていましたが、
祖父の豊かさ、バランス感覚はなかなか良いと
信じて育ちました。
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今日の私の新作です。
鉈彫りと呼ばれる大胆な表現は平安時代にはすでに登場して
仏像彫刻にまた違った芸術性を加えています。
円空にも先人があったのです。
もっとさかのぼれば、ホモサピエンスが石器や鉄器を
使い始めてすぐに木彫はあっただろうと思われます。
日本は森林がとても豊かだったから身近な素材の
一番は木材だったはずです。
しかし、残念ながら湿度の高い日本では
木彫は腐り、保存されなかったのだろうと思うのです。
私の木彫のルーツは祖父の叩き彫であり、
さらにたどれば原始の人々が木を刻んでいた
文化にたどりつくだろうと自分では思っています。
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by tatakibori | 2014-09-18 12:34 | 仕事 | Comments(0)

似合いませんが・・・

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高校生の頃から、もう40年もやっている消しゴムスタンプです。
最初はカッターナイフで彫ってました。
老眼で目が見えなくなり細かな彫りは出来ないので、
大胆に版画用の三角刀で彫ります。
小さな模様のハンコを組み合わせて押すと
きれいなポストカードにもなります。
カラースタンプ台も色数が増え、値段が下がり
手軽に楽しめるようになりました。
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木版画教室も盛況ですが、
イベントでやる場合には時間的に
無理になる場合もあるので、
消しゴムスタンプのワークショップも計画中です。
小学3年生以下のお子様向けには
押して絵を作るスタンプ画のワークショップも検討中です。

木版画の楽しさを手軽に理解していただくのが
目的でもあります。

若い頃は「若造がほとけさんを彫っても説得力がない」と
さんざん言われました。
この年になってファンシーなワークショップは似合いませんが、
入門のハードルを如何にして下げていくかが問題です。
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by tatakibori | 2014-09-08 09:01 | 仕事 | Comments(0)