カテゴリ:読書( 53 )

ゲンロン4

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自営業のブログには野球と政治の話はタブーだと思います。
今日は少しそっち方面の話になるので不快に思われる方があるかもしれません。

私が東浩紀に注目したのはtwitterを始めた2010年頃に今のアートを取り巻く
環境について多く発言しているのを読んでからです。
世間では朝まで生テレビでブチ切れて退場した事が話題になっていました。
震災以降の比較的冷静な発言では評論家として優れた見識を示したと思います。
最近はゲンロンという名でカフェと称する公開討論、それのニコ生放送、
そして自ら出版するこの書物で新世代の評論家として生業を立てるという
意味も含めて積極的な活動を展開しています。
これは文筆業を含めたすべてのアーティストの規範となる優れた
ビジネスモデルです。
今年の都知事選挙後に政治学者の山口二郎を招いた対談がこの本に
載っているので読みました。
山口二郎は政治学者ですが、「リベラル」と自称する左派の活動家であり、
それは本業の大学教授とは違って収入を得る手段とは切り離しているようです。
定着した「ネトウヨ」と呼ばれる右派を「反知性主義」とこき下ろし、
その代表である安倍首相を真っ向から批判する「アベ政治を許さない」
というスローガンは彼の発案かどうかは知りませんが、そういう運動の
中心人物である事は間違いありません。
自らを反知性の対極である知性を持ったリベラルと言います。
過去の革命を目指した左翼運動とは違う現実的に政治に働きかける知性は
今までの左派や民進党の代議士よりはるかに上です。
シールズとか都知事選などは結果論では否定しているのが山口らしい判断だと思いました。
自分をナショナリストと言うには少々驚きましたが、これが今の日本の現実だと思います。
簡単なリベラル=グローバリズムという時代が過ぎてしまったのは現時点での
世界の軍事的緊張の影響なのかもしれません。
いずれにしてもリベラルという左派が存在していくにはこの2人がリードしなければ
始まらないと私は思っています。
日本の未来を考えるには彼らから目が離せないとも言えます。
現時点では少数派と言えども彼らが代弁している国民の気持ちを
無視するわけにはいきません。
振り返れば成果の出ない活動が多かったようですが、
次に何を論じて政治に働きかけるのか注目しています。





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by tatakibori | 2016-12-27 19:13 | 読書 | Comments(0)

「流れをつかむ日本の歴史」

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山本博文氏は東京大学史料編纂所教授でマスコミへの露出や著書も多く、
どこの書店、図書館でも彼の著作をみかける当代きっての歴史学者として有名です。
津山出身なので故郷での講演も多く、中身の濃いお話が当地の歴史ファン
の間でも人気を集めています。
専門は近代史で江戸時代の武家社会を中心としたものです。
今回の津山での講演に先立って、高校の同期生で集まって「山本博文君を囲む会」と
題するプチ同窓会があり、その場で会の主催者より買い求めた本です。
マスコミやネット上にあふれる情報で混乱して現在の歴史のスタンダードは
どうなっているのか分からない部分があるので、参考にしようと真面目に読んでいます。
第一部古代。第二部中世をざっと読んでから、飛ばして近代の第三章戦争の時代以降を
読み終えたところです。まる一日近くかかりました。
高校の日本史はほとんど覚えていませんが、仁徳天皇の実在が確かなものである事は
初めて知りました。その先代応神天皇はエピソードが仁徳と重なるので不確かな
存在であるのはいつも読んでいる古事記の本にも書いてあります。
仁徳天皇が実在なら、ますます吉備の黒姫が実在の人物であることを願うのです。
岡山の観光資源として重要です。
読み進むと歴史上の暴れん坊が意外にも優れた歌を詠んでいたりするのが
日本史の面白いところだと思いました。
忘れていた固有名詞が多く日本史用語集などあれば同時に開いて読み進めたいところです。

歴史認識として気になる近代史は、この本の立場や考えが今後の教科書に反映されると
思われるので、先に真剣に読んでみました。
ネット上でも色々な話が錯綜していますが、問題を整理して語る時に誰にでも
たいへん参考になる記述だと思います。
今回の帰郷の講演会は「武士道と日本人」と題して小学校の校長先生の集まりで
行われたものでした。
将来の日本を作っていくために、彼のような学者も大きな役割を担っているのを知りました。
この本に限らず山本博文氏の著作はどれもお薦めです。




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by tatakibori | 2016-11-13 15:55 | 読書 | Comments(0)

国風のみやび

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「国風のみやび」荒岩宏奨(展転社)11月23日発刊
(国風はくにぶりと読みます。)
著者は昭和56年広島生まれで自ら右翼と名乗っています。
右翼とは何かを考える時にイメージされる反社会的組織系の
街宣右翼、あるいはテレビの討論番組に出演する新右翼ではない、
それ以前からある「塾」的な精神論というか日本人のアイデンティティーを
確かめる思想の神髄が書いてある本です。
左翼の手段で右翼をやると新右翼・一水会が70年代後半に登場し、
最近では田母神氏、ネトウヨ、さらに安倍総理まで右翼と言われるようになり
かつての民族派の思想が何であったか分からない人がほとんどです。
荒岩さんは私的なものとして出会った書物や人物などを紹介し、
引用を重ねながら伝統的な「やまとごころ」について深く考えています。
右翼の思想の根底にあるものを集約した書物はたいへん珍しく
これほど短くまとめたものを他に知りません。
左派の書物のように同意できる人にとっての素晴らしい心地よさは
ないかもしれません。
知らない事が多すぎて、勉強しなければと思わされるでしょう。
80年代生まれの若い彼がどうやってここまでたどり着いたのか
それを知りたいと思いました。

(じつはまだ全部は読んでいません、これからじっくり読んでみます。)


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by tatakibori | 2015-11-15 19:36 | 読書 | Comments(0)

レトリック

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前回の記事のコメントに「千坂さんの論理はトートロジーだ」といただきました。
それは本人も認めているそうです。
「トートロジー」とは「ある事柄を述べるのに、同義語または類語または同語を反復させること」です。
しつこく同じような事柄を繰り返していると言われれば、そういうところもあるようです。

写真は私が人生で最も影響を受けた本です。
これは千坂とはまったく反対のレトリックで、ある事柄を語りながら、
その奥にある人間の生きていく本質的な考えを教示しています。
一見、少し思い込みの強いような話が展開されますが、それは言葉に尽くせない
本質を示すために回りの事柄を比喩的に上げるなどあらゆる表現方法を駆使して
書き綴られているからです。
物語であったり、評論文であったり形式は様々ですが、
優れた歌人である保田は長編の文章と言えども密度の高さを下げることなく延々と書いています。
だから読むのにとても疲れる文章です。
柳宗悦の民芸運動に同調した文学者ですから、美術論は言わば反体制の立場を貫いています。
しかし、さらっと流して読むと反対の意味に取り違えてしまいそうなほど
デリケートな思想がそこに浮かんでくる仕掛けがあります。
体裁は思想書ではありませんが、この2冊の本から学んだ思想が今の私を作っているように思えます。
私が19歳の時に読んだ、保田與重郎「日本の美術史」と22歳の時の「天降言(あもりごと)」です。

所謂右派の人々、特に新右翼系には強い影響を与えたと思われる保田の日本浪漫派に
アナーキストの千坂恭二が影響を受けたのは、キーワードとして「反体制」「南朝贔屓と日本史における悪党」、
それに「明治維新の解釈」などがあったのだろうと思います。
千坂の三島由紀夫論は、文献だけでは分からない三島の人脈や影山正治(大東塾)の
存在を考えれば少し違ったものになったようにも思えます。





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by tatakibori | 2015-09-29 14:55 | 読書 | Comments(0)

思想家

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千坂恭二「思想としてのファシズム-大東亜戦争と1968」彩流社2015

ネット上では左派も右派も自分が心地よく思える情報を貪るように探し、
それをSNS上にリンクして再発信し、それによって埋め尽くされた感さえあります。
多くの評論家は糧を得るために「常客」の喜びそうな情報を美味しく料理して、
講演会や単行本で稼ごうと努力しています。
大手新聞社まで左右に分かれる事により支持者を作って売り上げの基本に
するような戦略にすっかり変わってしまいました。

千坂恭二は思想的に両極端である人々へ向けて語りかけています。
おそらくどちらの人も心地よい言葉をこの中に捜す事が出来ます。
かといってテレビで見かけるような名のある評論家、学者とは
違いかなりストイックな生き方を貫いてきたようで、
その心地よさは糧を得るための手段とは違います。
資格も職業も持たない在野の(権力に近寄らない)本物の革命家
なのだろうと思います。
私には言葉の定義が良く分からない部分もあるのですが、
この本は「評論」ではなく「思想」が書いてあります。

1968年は1950年生れの彼にとっては18歳という多感な時期であり、
「全学連」と「全共闘」の節目であったのです。
その節目から始まるアナーキストの闘争から見れば、
戦前を否定する事に主眼をおいた戦後リベラルという
民主主義は意味を持たなくなります。
それこそ連合国・アメリカの思うつぼに嵌っているからです。
むしろ否定されてきた、ナチスや中野正剛(東方会)の
ファシズムを丹念に読み取る事により日本発の世界革命を
起こすのが彼の思想のようです。
前回の当ブログに書いた「デモに参加する学生が、
デモに人生の希望を見出した」のは本来戦勝国に
押し付けられた価値観である「個人主義の幸福」よりも
「幸福」に対する「使命」が「希望」になってくるから
だろうと、この本を読んで私は思いました。
多くの左派によるニヒリズム的論調とは一線を画す
「希望」に満ちた「暴力革命」というのがあるかもしれないと
思わせてくれる不思議な話です。
千坂は「戦後最年少のイデオローグ」と言われたのですから、
その思想は彼から始まるものです。

「連合赤軍」「日本赤軍」「古今集」「吉本隆明」「蓮田善明」
「保田與重郎」「三島由紀夫」「日本浪漫派」「南北朝時代」
「ハイデッガー」「ユンガー」など多少は知っている
キーワードに助けられましたが、そういうのに無縁の人は
かなり読みづらい本です。



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by tatakibori | 2015-09-28 16:38 | 読書 | Comments(0)

保田典子歌集「童子」

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作者「あとがき」より

近親の者を亡くした時、うつし身は消え去つて了つても、
霊魂だけは鳥に宿るといふ、古代の人の信じてゐた考へ方は、
當時の私にとつて何よりもの恃みでありました。
私もさう信じたいと思ひました。
息子に先立たれた頃のこの三尾の山の庭には、
数へ切れない程のさまざまの野鳥が來啼いてをりました。
季節によつて入れ替り、美しく啼いたり珍らしい姿を見せて
くれたりしました。
窓近く來れば私は呟くやうに話しかけたりしたものです。
それらの鳥の名を知りたくて図鑑をいつも手許に置いて
「きゝなし」の聲をたよりに覚えようと努めてゐたのです。
それで保田は鳥影をみとめると必ず私を呼んで、
あれは何の鳥かと訊ねたものでした。



此秋は 何で年よる 雲に鳥   芭蕉

たまかぎる 夕くれなゐの いろ沁みて 泛べる雲に 入りし鳥はも 
                             保田典子 「童子」
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by tatakibori | 2014-10-24 20:56 | 読書 | Comments(0)

8月15日

以下メモ

帰ってきた去年の夏、私はふとある老作家の戦時中の日記をよみ始めて、八月十五日の夜平和恢復の喜びを祝ふ酒をくむ條に到り、つひにその続きを読み続けるに耐へなかつた。忽ち私は悲しいことを思ひ始めたのである。しかし人心は急に変つたのではない。変りに気付くにおそかった人と場合があるといふだけのことである。・・・
保田與重郎「みやらびあはれ」より


八月十五日。陰りて風涼し。宿屋の朝飯、鶏卵、玉葱味噌汁、はや小魚つけ焼、茄子香の物なり。これも八百膳の料理を食するが如き心地なり。飯後谷崎君の寓舎に至る。・・・・・・出発の際谷崎君夫人の贈られし弁当を食す。白米のむすびに昆布佃煮及牛肉を添へたり。欣喜措く能はず。食後うとうとと居眠りする中・・・・・・S君夫婦、今日ラヂオの放送、日米戦争突然停止せし由を公表したりと言ふ。あたかも好し、日暮染物屋の婆、鶏肉葡萄酒を持来る、休戦の祝宴を張り皆ゝ酔うて寝に就きぬ。
永井荷風「断腸亭日乗」より
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by tatakibori | 2014-07-04 13:17 | 読書 | Comments(0)

蝶夢法師

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大津の義仲寺に、保田與重郎師(1910~1981)と蝶夢法師(1732~1796)の墓が並んでいます。
蝶夢は芭蕉(1644~1694)の研究家で『芭蕉翁発句集』『芭蕉翁文集』『芭蕉翁俳諧集』の三部作や
『芭蕉翁絵詞伝』の著作で知られます。
蝶夢が義仲寺を再興し芭蕉百回忌を1793年に盛大に行ったのです。
没後100年近くたっての注目はまさに厳しい俳諧の道を示しています。
没後にその人の価値が分かると言うなら、芭蕉の世界は静かに100年も眠り続け
再び注目されるようになったのです。
やがてまた荒れ果てた義仲寺は昭和に再興されます。
三浦義一と保田與重郎がその大きな役割を果たしています。
今年は芭蕉没後320年です。
長い日本の歴史から言えばたった300年余り前の人です。
日本の文学に大きな功績を残した偉人は身近な人のように思えてきます。

今日の谷崎昭男先生のお話で、
奥の細道に「富めれども卑しからず」(富める者なれども、志卑しからず)という
芭蕉の人を讃える言葉があるそうです。

富めるかどうかは別にして、「志卑しからず」でありたいものです。
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by tatakibori | 2014-05-10 20:29 | 読書 | Comments(0)

固有名詞

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1980年によく売れた田中康夫「なんとなく、クリスタル」という本がありました。
東京で生まれ育った裕福な若者しか理解できない固有名詞が
ちりばめてあって、その注釈が400以上も書いてあり、
ストーリーよりそれが面白かったのです。
映画にしたらその意味を失い、散々の出来でした。

ネットが普及してWikipediaを使うようになって消滅した辞書がたくさんあります。
新潮社が芸術、文化、歴史の文章を読むための人名事典を
90年代の初頭に出しましたが、すぐに絶版になっています。
昔は芸術論を読むのに、こういう辞書が必要だったのです。

保田與重郎門下では「保田先生を読むには専用の辞書が必要ではないか」と
話されていたのを思い出します。
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当然ながら芭蕉には語彙という専用の辞書があります。

今なら浅田彰あたりの文章を読むときは常にWikipediaを開いてから
でないと前に進みません。
こういうのは度を越すと、なんクリのように限定的な固有名詞を楽しむ
だけの意味しか持たないようになります。
浅田の文章など、対象が何であっても同じで、論じる行為そのものが
芸術であって、そこに書かれた固有名詞はたいした意味を持ってないのです。
多くのアート論はそういうもののようです。
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by tatakibori | 2014-04-13 17:25 | 読書 | Comments(0)

平澤興語録

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絵手紙の小池邦夫さんが平澤興先生に注目していると聞きました。
平澤先生は保田與重郎先生と親しく、保田先生はお孫さんに
平澤先生と同じ名前をつけるほど心酔していたのです。
この本は読み物としては同じような話の繰り返しが多くて
年寄りの話を聞いているような感覚もありますが、
他人へのメッセージとしては引用がしやすくて
深い内容のある本です。
小池さんは筆を持って書く言葉を探してたどり着いたのでしょう。
一言何か書くなら引用がしやすくてとても便利な本です。
似たような語録として知られるのは安岡正篤一日一言があります。
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こちらは他人のために何か一言というより、
自分のために読む、心をおおらかにする本です。
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私の本棚にある本の中では中村天風も人生を見つめるに役立つものです。
こちらは若い人に何か話す時にその素材として役立ちそうです。

宮澤賢治「雨ニモマケズ」をよく書きます。
同じ様な心に響く詩なら吉野弘「祝婚歌」なども親しまれています。
今、平澤興先生の言葉に注目する小池さんのセンスには驚くばかりです。
他に挙げた名著や詩よりも短い言葉で生きる希望を表現している平澤興語録は
今の時代に生きる日本人に求められている心があります。
いずれも落ち込んでいる時は、そんな事は言われなくても分かっている
というような本ですが、これから何かしようと思う時やそのきっかけとしては
こういう言葉が心の支えになる事があります。
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by tatakibori | 2014-02-28 08:54 | 読書 | Comments(0)