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玄関の戸を修理

玄関の引き戸がガタガタになって動かなくなってしまいました。
この建物は古い学校の校舎を移築してから既に26年が過ぎました。
この戸はもう50年以上前の物と言うことになります。
コマを替えようにも穴がボロボロでコマを固定できません。
戸の下を10cmほど切り取って別の木をビスて固定してしっかりとコマを取り付けました。
こんな離れ業はインパクトドライバー無しにはできません。
便利な道具が出来たものです。
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最近、玄関は犬小屋状態ですからボロ屋に更に拍車がかかります。
玄関を自作の木のドアに取り替える計画はいつまでたっても実行できません。
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by tatakibori | 2006-10-17 07:29 | 日々の生活 | Comments(0)

木丹木母集

その後記に保田師はこう書いている。

歌に対する私の思ひは、古に人の心をしたひ、なつかしみ、古心にたちかへりたいと願ふものである。方今のものごとのことわりを云ひ、時務を語るために歌を作るのではない。永劫のなげきに貫かれた歌の世界といふのが、わが今生にもあることを知つたからである。現在の流伝の論理を表現するために、私は歌を醜くしたり、傷つけるやうなことをしない。さういふ世俗は私と無縁のものである。私は遠い祖先から代々をつたへてきた歌を大切に思ひ、それをいとしいものに感じる。私にとっては、わが歌はさういふ世界と観念のしらべでありたいのである。・・・・

今も手に入る文庫本の「木丹木母集」(新学社・¥680)では、さらに歌人の山川京子先生のこころに響く美しい文章の解説が続く。




あえて分かりやすく言えば、
山頭火の俳句や詩を彫った似非棟方志功の木版画と
「炫火頌」を同列に見られるようにしてはならない
・・・という事です。

何かを紹介するのではなくて自分の作品を作るのですから
保田師の「思ひ」を勉強する事から始めています。

押し付けがましく薀蓄を述べるようなものではありません
文字の美しさやゴマカシの無い彫りで伝えていきたいと思っています。


山田尚公の40代最後の区切りの仕事です。
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by tatakibori | 2006-10-14 21:08 | 仕事 | Comments(4)

「炫火頌」(かぎろいしょう)

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これが昭和57年に講談社から文庫本として出版された「炫火頌」(かぎろいしょう)です。
歌:保田與重郎、板画:棟方志功
この裏表紙に50作の計画が32に終わり“未完成板画集”となった事が記されています。
この話は保田夫人よりも聞いた話です。
父が50作を目指してたくさん彫りましたがやはり30作ほどに終わりました。
またしても約束が果たせません。
50作を目指すなら100作くらいの意気込みが必要です。
保田與重郎の歌は「木丹木母集」(もくたんもくぼしゅう)にまとめられています。
今、私が「炫火頌」を手がけるにあたり、歌集の全作を木版画にする覚悟で取り掛かろうと思っています。
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by tatakibori | 2006-10-01 09:30 | 仕事 | Comments(2)