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少子化時代の学校教育②

もう結論は書いてしまったようなもんですが、続きを書きます。

コメントをいただいた恵太さんは日本一入り難い大学を卒業されています。
あそこは偏差値は低いと思っている方もいますが
予備校の発表するデータでは合格者のほとんどは
センター試験でもびっくりするような優秀な成績です。
たまにはセンター試験の成績が悪くてもきらめくような才能を見せつけて
合格してしまう人がいるのですが・・。
よく言う大学の偏差値とはその大学に入った一番成績の
悪い人のデータではないでしょうか。
実際には世間が思うより優秀な人がどこの大学にもいるという
のは理解できますね。
数字のトリックにだまされてはいけません。


学歴は生きていくのには関係ないと断言できます。
ただ資格をとるには専門の大学に行かなければ取れないものも多くあります。
でも近場の新設薬学部でも中央の国立難関大の薬学部でも薬剤師は同じ資格です。
そういう目的意識がハッキリしている人は何も悩むことなく進学するのでしょうが
普通の人は何となくだったり、おもしろそうとかで進路を選択しなければなりません。

去年まで郵便局へ行くと「大学4年間で1000万円必要です」という張り紙がしてあり
学資保険への加入を誘っていました。いつの間にかその紙は外されていました。
今は地方から東京の私大へ進むと1500万ほど必要らしいです。
そこまでして、ぼんやりと選択した大学に行って遊んで何になると思われる方も多いでしょう。
実際に無駄に学生時代をすごす人も多くあります。

お金がかかる、学歴など必要ない・・・
切実な理由があったり、目的意識がハッキリしていれば大学など行く必要はありません。

だからと言って自身が立派な大学に行った人が子供に向かって
学校教育を否定するのはもっと問題があります。
自分が思うほど社会に受け入れられなかったからその人生を肯定するために
人に価値観を押し付けようとしているのです。
「大学なんぞ卒業するほどのものでない、途中でやめるもんだ。」と
自分の人生を一生懸命に肯定したある高僧に若い時に出会いました。
そうやって悪い事だけは天才にそっくりな人間を育てようとしていました。
私は意外と強い人間だったので大丈夫でしたが、大丈夫でなかったヤツもいました。



私の母校の大先輩は学生時代の思い出に恩師の言葉を紹介しました。
「諸君はここで思い切り悪い事をしなさい。私が叱ってやる。
社会に出て悪い事をしたらもう叱ってくれる人はいない懲罰を受けるだけだ。」
これは昭和10年代後半の戦争中の話です。
テレビで田原総一郎氏が高校生に向かって話していました。
「失敗はいくらしても良いんだ、若い時には失敗が全部肥やしになる。」
そういう悪い事や失敗のフィールドとして大学は一つの選択でもあるし
自由な時間でいろんな事にチャレンジするのが贅沢な事だと思います。

学生時代にのめりこんだ一つであるオーディオやジャズを通じて
今、多くの友人が出来ているという事実をみても
「無駄なものなどありゃあしない。」とあらためて感じています。
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by tatakibori | 2007-08-31 13:02 | 日々の生活 | Comments(12)

少子化時代の学校教育①

もう大学全入の時代が始まります。
全国の大学の定員よりも進学希望の子供の数の方が少なくなります。
適当に選べばどこかへは入学できるのです。
そうなってくると大学に行って何を学ぶかという事が大切になってくると思います。

昨日の話の続きですが、
ある種の人には文字を記憶するより画像で記憶した方が効率が良いとしたら
今の学校教育はその人には合っていません。

極端に数字だけに強い人がいます。
私の父は数字が大好きで電話番号を覚える事が得意です。
学生時代は数学が得意だったと自慢話をよく聞きました。
若い頃は近くの会社に経理のアルバイトに行った事もあり
経理には自信があるような事を言ってました。
でも、自分の仕事の経理は苦手で私が仕事を手伝うようになってからは
一切、手を触れませんでした。
簡単に言うと難しい数学は好きでも自分の財布の足し算、引き算は苦手だったのです。
ほんとうに不思議です。

学校教育はほんとうに役に立っているのでしょうか。
私のような仕事の場合は資格などいらないから学歴は必要ありません。
むしろ若いうちに始めた方が技術の習得には有利です。
実際に多くの職業の中で本当に学校教育が必要かどうか調べたら、
大学まで行って勉強しなければならないのは意外と少ないと思います。

私が高校生の時に父の先輩の立派な方々は
「今の大学に行って何を勉強するのか?あんな連中が教えているような学校で
勉強する必要などない。」
と言われました。私と兄はかなり動揺しました。
希望を失ったと言っても過言ではありません。
それまで、やってもらえるなら美術系の大学もいいな・・・
と楽しい大学生活を夢見ていましたが完全に否定されてしまいました。
まあ、本当の事なんでしょうが、かなり無責任な話でした。

そこで、この無責任な発言に苦しんだ経験を踏まえて
今の子供達とその親へ向けて希望の持てる話を書いていこうと思います。


                               ・・・・・つづく。
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by tatakibori | 2007-08-30 16:14 | 日々の生活 | Comments(2)

ビジュアル系の優秀な頭脳

高校時代の恩師のお話です。
「長い間には優秀な人にたくさん会ってきた。
県庁の課長の中には20年以上前の仕事の細かな数字まで全て
記憶しているようなすごい人もいた。
優秀な人はたくさんいるが、ほとんどの人は
文字で一次元的に覚えていると言うものだ。
だが、芸術系の人の中には絵そのものを仔細に覚えている人がいる。
情報量はその方が圧倒的に多いと思う。」
これはコンピューターに言い換えればテキストと画像データの差です。
テキストで200kBもあれば読むだけでもそうとうな時間がかかりそうですが
画像のJPEGデータならたった一枚の写真です。

私の知る身内の先祖ですが学校教育を受けなかったので
文字をほとんど読めなかった人がいました。
環境から考えて新聞などもあったし少しぐらい読み書きが出来ても
当然であったと思うのですが何か欠落していたらしくほぼ文盲のまま
一生を終えました。
しかし、別に知能が劣っていたと言うわけでもなく
むしろ優秀な人であったそうです。
その人は一度会った人の顔を必ずおぼえていたそうです。

耳で聴くのと目で見るのでは情報量に30倍の差があるそうです。
ビジュアル系の情報量はそれほど大きいのです。
活字からおぼえるより目で見ておぼえる方が印象が強いはずです。
友人の外交官M君はいまだに世界史の教科書を画像でおぼえているそうです。
写真の配置やその内容まで思い出すと言ってました。
その歴史の場面に行ってみたいという情熱が彼を外語大へ進め、外交官にまでしたそうです。
恐るべきビジュアル系の優秀な頭脳です。
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by tatakibori | 2007-08-29 14:49 | 日々の生活 | Comments(2)

フィルムカメラの将来

近頃はフィルムのカメラは銀塩写真とか言うらしいです。
また古臭い言葉が流行るのですね。
はっきり言って仕事でもうフィルムを使うことはないでしょう。
フィルムのカメラは趣味で使うだけです。
画像ソフトで安易ではありますがフィルムのような雰囲気を作る事も可能です。
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これはレイヤーを複製して、そのコントラストを下げぼかしてから透明にしていって
光のニジミを合成しました。
(ほんとうはもう少し色々と細かくやってますが・・・)
カメラがFujiのFinPix S5 Proならもっとフィルム風になるでしょう。

フィルムはなくならないと思いますが全く趣味のものとなり
スローライフのアイテムの一つとして残っていくでしょう。
そうなるとNikon Fなどの機械式の初期型一眼レフが値打ちが出てくるでしょうね。
処分しないで大切にとっておきましょう。
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by tatakibori | 2007-08-28 20:54 | 写真 | Comments(0)

デジタルカメラの将来

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Nikon D200 + Ai Nikkor 50mm1.8s

一眼デジカメを導入するにあたってニコンにするかキャノンにするか迷い
ブログにも書いた記憶があります。
結局のところ、この問題の結論はメーカーの姿勢をどう評価するかになってきます。
昨日の日記のコメントでも盛り上がりましたが
それぞれなかなかの個性もありたいへんな努力をしている企業であるには違いありません。
どちらが決定的に良いという事はないように思えます。
カメラの場合は同じショップでライバルメーカーの機種が並べて売られるからこういう論議があるんでしょうね。
自動車のようにメーカーの代理店のみで販売すればまた違ってくるかもしれません。

私のような庶民がデジタル一眼を意識し始めたのはニコンD100、キャノンEOS 10Dが発売になった頃からです。
現実に手の届くものになるにはニコンD70、キャノンEOS Kiss Dの登場まで待たされました。
今回のモデルチェンジはニコンD300、キャノンEOS 40Dですから第3世代、第4世代になります。
メーカーサイトにある初期のカメラのサンプル画像を最新のものと比べてみるともっさりした感じに見えます。
画素数のアップでよりきめ細かくなり、画像処理によって透明感など大幅にアップしているようです。
しかしながら35mmフィルムからブローニーサイズフィルムのカメラに替えたような
密度感のアップはいまだ成し得てないように見えます。
階調表現のアップ、透明感のアップと引き換えに存在感が薄くなっているようにも見えます。
素材としてのデータなら後処理で今日の写真のように濃い表現に変えられるという事でしょうか。
入門機はそのままプリントして美しく仕上がる方向へ進化してきました。
今回の新製品はマニア向け、プロ用機の進化の方向の理由付けがはっきりしないまま
「こんなに良くなりました」の押し売りのようにも見えてきます。
新製品の値段を見るたびに何処かに反感をもってしまう消費者が多くあるようです。
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by tatakibori | 2007-08-27 21:39 | 写真 | Comments(3)

ものつくりの文化

大胆な仮説を立ててみました。
日本人のモノをつくるにおいての基本的と言うか根になる部分の考え方や
その文化は大きく分けて3つあると思います。
都市型江戸職人文化、農村型百姓文化そして大阪商人文化に分類します。

東京や京都などには伝統的な職人文化があり
最高の技術と労力を惜しまぬ崇高な仕事を目指す人達が多くあります。
将軍や大名、豪商をはじめとする上流の人々に納める仕事は
最高でなければならないし妥協は許されません。
何か絶対的なものを追求します。

農民の文化は暮らしの知恵そのもので倹約だけでなく効率も考え
生産性を上げ、なおかつ美しくなければなりません。
それは稲つくり文化そのものです。
日本人の多くの原点であります。

大阪では職人も商人も区別があいまいで「もうかりまっか?」と挨拶する
くらいですから経済効率を重視します。
意外と弱者や汚いものにも目を背けず好奇心旺盛で、本質的に優れたものを
強く求めるようです。

これは芸術関係の仕事をする人もオーディオマニアもこの分類が出来るように
思われます。

都会派の教育テレビに出てくるような芸術家の方のお話を聞いていると
生活感が全くなくてどうやって生きているんだろうと思うことがあります。
何かを極めるために努力しているが挫折も大きいようです。自閉的ですね。
逆に無名の作家ながら強い生命力でとにかく稼いで大きな仕事をする人に
出会う事もあります。こういう人はテレビやマスコミに登場しない場合が多いです。
破滅型の大阪商人風とでもしておきます。
私なんかは先祖代々の百姓の末裔ですから典型的な農村文化ですね。
畑を耕すように自分の手で仕事をするのです。
儲かっているのかどうか分かりにくいし、作品もうだつが上がらぬ場合が多いですね。

オーディオマニアの場合はわかりやすいですね。
ハイエンド都会派と百姓的な(長岡教などの)自作派、
そしてビンテージオーディオ好奇心旺盛派
とでもしておきましょう。
ケーブルの置き方一つで空間に表現される世界感が変ってしまう
千利休もびっくりのこだわりの世界があるかと思えば、
ユンボまで運転してリスニングルームから自作してしまう
専業農家の跡取り息子、
資本力に物言わせてウエスタンのスピーカーから
ライカのカメラまで買い漁る大阪商人的マニア。

それぞれの考え方が一緒になって今の日本が世界に冠たる工業国に
発展したと思います。
でもバランスが悪そうなメーカーもありますね。
職人的ニコンとか・・・。(笑
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by tatakibori | 2007-08-26 17:00 | 日々の生活 | Comments(8)

牛を飼おう

昔、吉幾三が「銀座でベコかうだ~」と歌ったのを思い出します。

牛肉の自給率が下がって農水省は肉牛の飼育を推進しています。
そこで和牛の親牛を飼う人を募集しているそうです。
牛は一生の間に10回ほど出産します。
牛を買って3回出産して小牛が売れると元がとれます。
団塊世代の退職者などで先祖からの田畑を持つ人が主な対象ですが
若い人からの問い合わせも多いようです。
牛を一頭飼うだけですから手間はたいしたことありません。
他にも野菜や果樹など作りながらのんびりとした専業農家になるということです。
動物と触れるのは心の安らぎもあります。
特に大きな牛や馬は犬、猫よりその安らぎが大きいそうです。
究極のスローライフの提案なのです。
(これは今日、県の人から聞いた話です。詳しい話は岡山県庁へ問い合わせ下さい。)


友人の心療内科医のうめたろう君は
ブドウ栽培が労働時間が短くて、フルタイムで働き難い
軽度の心の病に苦しむ人などに向いていると提案しています。
80歳以上の老人でもブドウ栽培に励んでいる人がたくさんいるくらいで、
焦らずにゆっくり仕事が出来るしオフシーズンもあるから良いのです。
うまく高級なブドウを栽培すれば高収入にもなるそうです。


これからは農業の時代かもしれない。
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by tatakibori | 2007-08-25 20:00 | 日々の生活 | Comments(2)

100歳の命

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1907年8月24日生まれの祖母です。
あらためて人生を振り返って人に語るような話となると
終戦直後の昭和20年代の棟方志功との交流であったと思われます。
度々祖父のもとをたずねて来た棟方志功に食事を作り
風呂を沸かして、楽しい話を聞いた思い出があります。
布団や寝巻きを用意するのもたいへんな時代だったそうです。

まだ短歌を詠む気力があるだけでもたいしたもんです。
今日は病院から一時帰宅して誕生日を祝いました。
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by tatakibori | 2007-08-24 19:41 | 日々の生活 | Comments(5)

ニコンの新型シリーズ発表!

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これがD3予想価格58万円
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こちらがD300で23万円くらいか・・

ネット上の巷では盛り上がっていますが
私の予想ではここまで待たせて一度に発表したのだから
今までのシリーズとは画質においてかなりの進歩があるのは
間違いないことでしょう。
実物がまだ手に入らないのでスペックであれこれ話が先行して
たいへんです。
騒ぎが落ち着いた1年後に向けて貯金を始めなければなりませんね。
デジタル一眼もとうとう第3世代ですね。
D70、EOS KISS Dで大衆化されその面白さが充分に浸透し
さらなる高画質があることをアピールしながら、じらしてきたのです。
ここでしょーもないモデルチェンジが出来るわけがありません。
今、デジタル一眼は大きな未来への一歩を進めるのでしょう。
楽しみですね。

そのうちもっと歳をとって目が悪くなれば写真はできなくなりますから
今度のシリーズはある意味、目標に出来ますね。(笑
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by tatakibori | 2007-08-23 20:30 | 写真 | Comments(9)

エリック・ドルフィー

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音楽にも詳しいcozyさん絶賛のアルバム「ラスト・デイト」
エリック・ドルフィー死の直前の最後のレコーディングです。
1964年6月2日オランダ、アムステルダム近郊、ヒルヴェルサムで録音。

正直言ってジャズが大好きでもないから詳しくないのです。
ドルフィーはこの少し前に録音されたブルーノート盤アウト・トゥ・ランチしか知りませんでした。
一曲聴いてみようと思ったのですが、最後まで一気に聴いてしまいました。
これほど退屈しないジャズは他に知りません。
ベース・クラリネット、フルート、アルト・サックスと
3種の楽器を使い分けるからよけいにそう感じます。
音が一つ一つ丁寧で録音も良いですね。
これに比べりゃ、ブルーノート盤はコントラストを上げたモノクロ写真のようです。
ベースの音が柔らかくて歪がなくて64年の録音とは思えません。

ドルフィーはこの4週後に糖尿病による心臓発作で死んでいます。
全くの根拠のない私の自説ですが、糖尿病の人の中には非常に優秀な人が多くあります。
でたらめな話ですが、血糖値が高い状態で脳が加速して本来の能力を
存分に発揮するのでしょうか。・・・こんな事を書くと怒られそうです。(笑
もともと優秀な人がなりやすい病気なのでしょうか。
糖尿病と長く戦った人は何か高いものを掴んでいるようにも思えます。
他人への思いやりが深い人が多いのです。
そんな事を思わせるドルフィーの深いサウンドに引き込まれました。
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by tatakibori | 2007-08-22 12:44 | 音楽 | Comments(10)