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クルマ選び2

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私の父はクルマが好きだったので、もの心ついた時にはすでに我が家にはクルマがありました。
最初はたぶんスズライトとかコニーのような初期の軽自動車だったような気がします。
短期間に何度も買い換えたようであまり記憶は定かではありません。
タバコのヤニと2サイクルの排気ガスの臭いが染み付いた
狭くて息苦しいクルマだったように覚えています。
まともなクルマ第一号は白の「マスターライン」でした。
内装は赤と白の2トーンでベンチシート6人乗りで豪華で広々していました。
その後は中古のクラウンを数台乗り換えました。
1960年代の事です。
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その頃、クラウンより小さなクルマは運転席の足元にタイヤハウスの
出っ張りがあり後部座席も狭く家族で遠乗りなどとても無理でした。
クラウンは広々とした運転席の足元に大きなペダルが3つあり
しっかりした造りをアピールしていたのです。
これがその後長く日本の神話とも言える「いつかはクラウン」コンプレックスの
原点だと私は思います。
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今や最小クラスのフィットやヴィッツでも当時のクラウンより
広々としています。
もちろん動力性能など言わずもがなです。
私が免許をとった1976年頃のクラウンの高速性能は今のワゴンR以下です。
いや、もっと最近の1990年に買った2000のクラウンワゴンでも
今のミラより遅いのは確かです。
クラウンの名誉のために付け加えておきますが、先代(ゼロ)クラウンの
多くの車種は90年代初期のポルシェとほぼ同等の加速性能です。
最新のクルマはさらにとんでもない高性能になってしまったようです。
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長い間、何かの我慢を強いられてきた我が国の自動車メーカーが
溜めてきた物を吐き出すかのように突っ走っているのが
今世紀に入ってからの状況だと思います。
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消費者の立場で言えば、何を買っても不満はない品質になってきたのです。
普通の人が貯金をはたけば0-100km/hが5秒以下のスーパーカー並みの
国産車が手に入ります。
クルマに対する旧来の価値観はとうに崩壊しているのは間違いないです。
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それでもまだ大きな買い物であるクルマに何を求めて
大金を支払うかが問題なのです。
実際、どうしても家の道具として無くて困っているならそれほど迷ったり
考える事もありません。

不真面目で贅沢な話しになってきそうで心配です。

               ・・・まだつづく
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by tatakibori | 2009-05-30 18:15 | 日々の生活 | Comments(5)

言葉遣い


手紙を書いて迷うのが「亡くなる」という言葉です。
「お亡くなりになる」と言いますから敬語ではないようですが
「弟が亡くなり・・」とかもっと極端に「ポチが亡くなった」
というのは適切でないような気がします。
「父が亡くなり」はギリギリのセーフ(?)なのかもしれませんが
どうも書く気になれないでいます。
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話は違いますが「家人」という言葉があります。
「かじん」と読むのか「いえびと」と読むのかさえも
はっきりしませんが、家族でも特に妻を限定している
ようですから男言葉のように思っています。
女性が使うのを見るとゲンナリします。

言葉は意味が通じることが一番重要ですから
婉曲表現などあたりを柔らかくするための言葉は
それなりの使いかたがあるのでしょう。
例えば、同じ「自慢」でも「自画自賛」、「手前味噌」など
言葉はたくさんあります。
それぞれの語源を知れば使い分けもあるようです。
無理のない誰にでも分かりやすく誤解のない表現を
心がけたいものです。
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by tatakibori | 2009-05-30 15:10 | 日々の生活 | Comments(0)

たいへんな時代のクルマ選び

今年はクルマを買おうと考えていたら
その間に世の中はどんどん変わってしまい
何を買うべきかますます分からなくなってきました。

クルマが売れない時代だから車種によってはかなりの
値引きもあるだろうという姑息な考えもあったのです。
先ずはホンダ・新インサイトの華々しい登場で
盛り上がっているなぁと思っていたら
プリウスがホンダに圧倒的な差をつける
モデルチェンジを行いました。
時代は一気にハイブリッド中心に変わりました。

かつてトヨタは永遠にGMに追いつけないと言われたのですが
そのGMが事実上の倒産です。
このまま行けばトヨタの黄金時代の到来になってしまいます。
訳あって次のクルマはトヨタだけは外そうと思っているのです。
しかし、私のクルマへの価値観としては
没個性である事、禁欲的である事が重要で
多くのクルマ好きの人とは違うのです。
ハイブリッド車を除けばフィットやヴィッツで充分なのです。
「他人と同じクルマは嫌だ。」という平凡な考えが
「他人と同じ」でイヤなのです。
・・・かなり屈折しています。(笑

プリウスも初代はじつに禁欲的なたたずまいで
無機的な内装と違和感のある回生ブレーキなどSF的で良かったのです。
しかしモデルチェンジの度に平凡な豪華さを加えられ、
今やクラウンなど高級車からの乗換えも多いと聞きます。
まさにトヨタ的な「落ち度のなさ」を身につけて
プリウスはセールスの現場で圧倒的な強さを持ってしまいました。
エコを売りにするならもう少しストイックなプラスアルファが
欲しいと思うのは私だけでしょうか?
豪華でパワフル、快適な新車に乗り換えてエコを唱えても
説得力に欠けるようにも思えます。

以前ほんとうにタクシー仕様車を買おうと思った事があります。
合理性と採算性を追求した禁欲的な雰囲気がおもしろいと感じたのです。
今でも軽トラが好きですが活用できる場面がないのでやめています。
30年以上前の古いアルファロメオが好きな人が多いようですが
あれはパワステ、パワーウィンドウ、エアコンなどありません。
夏には着替えのTシャツと汗拭きタオルが必需です。
でも何故か憧れる物を持っています。
今時、エアコンの付かないクルマは軽トラにレスオプションで選べるくらいです。
ミッションがMTを選ぼうと思うとかなり限定されるようです。
昔とは逆に高くついたりします。
ストイックでエコなクルマが欲しいのです。

                         つづく
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by tatakibori | 2009-05-28 22:13 | 日々の生活 | Comments(4)

知っておきたい、育ちが良く見える「神道の知識」

お葬式で困るのが神道の場合です。
「どうやって拝むの?」とか「仏なら御香典ですが神道は?」と尋ねられます。
神さまを拝むには「二拝二拍手一拝」が基本ですが
人が死んだ時には拍手は音をたてずに偲び手です。
香典は「御霊前」とか「御玉串料」で良いと思います。
これさえ知っていれば恥をかく事などありません。

神道のお葬式は正式には「神葬祭(しんそうさい)」と言います。

祝詞(のりと)を奏上する神職は「斎主(さいしゅ・いつきぬし)」と言います。
どんなお祭りでも中心になる神職をそう言います。
他の神職は斎員ですね。

「祭主」は伊勢神宮のみにおかれる神職の事で
現在は今上陛下(きんじょうへいか)の姉池田厚子さまが務めておられます。
間違えやすいので気をつけましょう。
ちなみに池田家は岡山のお殿様の末裔で動物園など経営されています。


これだけ知っていれば良家ののお嬢様、お坊ちゃまと他人から思われます。
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by tatakibori | 2009-05-25 17:16 | 日々の生活 | Comments(5)

「申される」「おっしゃられる」

申される
「申す」は謙譲、「られる」は尊敬だから「申される」は誤りです。
ただし古典や古い言い方では申されるが時々出てきます。
「申す」には丁寧語としての意味もあります。
祝詞の最後に「・・かしこみかしこみもまおす」と言いますから
謙譲の意味の方が強いと思うのは正しいようです。


おっしゃられる
「おっしゃる」は尊敬だから二重敬語になってしまい
間違いではないがくどいし稚拙な感じです。

言葉は難しいですが特に敬語は難しいと思います。
使いすぎたり二重敬語が並ぶと慇懃(いんぎん)無礼になります。
誤用があると知性を疑われます。


例文
 A先生が申された事にB画伯は「お見事!」とおっしゃられた。

「先生」は学徳の優れた人に対する敬称
慶応義塾では福沢諭吉だけに使われ一般にいう先生(教員)は〇〇君と言われる。
仲間内で使うと馬鹿にした意味合いもある。

「画伯」は画業に長じた人への敬称
最近ではアマチュアに使われる場合が多い。

こうなってくるとこの例文は受けとりようによっては
何かをひどく馬鹿にしたようにも思えてきます。
要はセンスの問題なのでしょうが
基本を押えておかなければ言葉の遊びや表現の豊かさを楽しむ
とは思えない文章になりがちです。


    (今日は自分用のメモです)
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by tatakibori | 2009-05-25 10:41 | 日々の生活 | Comments(0)

歓喜する円空・梅原猛

この忙しい時に本を読むのもどうかしているのですが
読み始めると止まらないので困ります。

友人の考古学者T氏が梅原氏と対談すると聞いて
最新の梅原氏の著書など調べてみました。
古事記、円空と私にも縁のある研究をしているようです。
梅原氏と言うと「隠された十字架 法隆寺論」などが印象が強く、
また邪馬台国の卑弥呼というイメージもあったりで
独特のとらえようの無い人だと思っています。
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この本は2004年に芸術新潮に書いたものに大幅に加筆して
2006年秋に出たばかりの新作です。
長谷川公茂・円空学会理事長が導いて書かれた本とも言えるようです。
巻頭の写真集は小さいながらデジタル時代の高精度なもので迫力があります。
梅原氏は愛知県の育ちだから円空とは同郷とも言えます。
書くべき必然のあった文章だと思います。

腰巻より
円空は神仏習合思想と木彫仏の制作という二点において、泰澄・行基の伝統に立つ。
このことが私の頭にひらめいた時、円空は私の心をすっかり奪ってしまった。
(中略)円空は私にとってもはや一人の芸術家にすぎない存在ではない。
むしろ彼は私に神仏習合思想の深い秘密を教える哲学者なのである。

本文をここだけ切り取ると変な表現のようですが
私が考える円空の本質とほぼ一致しています。
今まではこういう研究本が陽の目を浴びなかったというか
説明に時間を要したのですが、この本が常識として一般化すれば
私は作品展で来客に説明する時間が短くてすむようになります。
そういう意味でとてもありがたい本です。
深い意味で明治維新の間違いを指摘すると言うことでは
保田與重郎先生が色々と書いておられますが、共通するものもあります。
せっかくだからもう少し未来に残す希望の一文があればと贅沢を思いました。
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by tatakibori | 2009-05-14 21:12 | 読書 | Comments(4)

事実の伝わり

手元に近くの小学校開校100年の記念誌があります。
1976年発行です。
ここの校長室には棟方志功の絵があります。
なかなかの力作です。
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絵では日本原丘上に於いてとあります。
説明文を読むとここで描かれたように紹介してありますが
当時の学校関係者の話では日本原高校で描いたとの話もあります。
叔父や祖母の話では我が家で描いたそうです。
こうやって、わずか57年前の話でも曖昧に伝わります。

祖父と親しかった当時の校長桑村氏が棟方と意気投合して
小学校に贈ったものと聞いています。

桑村氏の子孫が津山交響楽団を作りました。
地方の芸術文化に貢献するというのはこういう人の事だと思います。

狭い地域の話題ですが
今日はある会合でこの事を話してみようと思っています。
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by tatakibori | 2009-05-12 08:55 | その他 | Comments(0)

消しゴム住所印

新しい住所印を彫りました。
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きちんとすると味がない・・
遊びすぎると実用としておかしくなります。
結局、今までのモノを元にしました。
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材は版画用消しゴムです。
消しゴム印は高校生の頃に初めて彫りました。
友達の間で評判になり
彫ってくれと頼まれてたくさん彫ったのを憶えています。
当時はカッターナイフだけで彫りました。
後年、ナンシー関さんの登場で消しゴム版画という分野ができて
楽しむ人が増え、素材も簡単に手に入るようになりました。
プラスチックの引き出しやケースに入れておくと溶けて張り付くので
紙に包んでしまっておきましょう。
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by tatakibori | 2009-05-11 07:47 | 仕事 | Comments(2)

計算は無い方が良い

きちんと計算して、下絵を書いて、定規で真っ直ぐな線を引いて
鋸目を入れて・・・正しく作ればそれはとても味気ないものに
なってしまう危険性があります。
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カメラを三脚で固定してライトを当てて構えると
見事なまでにゆがみだらけの彫刻である事を露呈します。
木の彫刻はノミ跡が味だから同じタッチで彫り続けます。
頭で考えるよりノミと木が自然に織りなす表情を
同じリズムで繰り返し続けるのです。
その時にいかに頭の中を「無」にするかが重要です。
定規を当てて線を引くような事でないのは確かです。

長く続けていると頭の中の常識的な部分が減ってくるのが
自分でも良くわかります。
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by tatakibori | 2009-05-03 19:59 | 仕事 | Comments(2)

深まる不況

今日のニュースは何と言っても
新型インフルエンザとクライスラーの破産です。

当地の気になるニュースは県北では大手の病院が破産しています。
昨年、両親が入院してお世話になった所です。
最新の立派な建物と設備が印象的でしたが
その代金が全く支払えていなかったそうです。
医師不足でフル稼働していなかったのが原因のようです。
病院を運営してきた「優秀な」医師の経営者として能力が
優れているかどうかは別の問題だったという事です。

ある友人は医療関係の技術者だったのですが
「もう先生方とのお付き合いはゴメンだ。」と転職しました。
収入や色々な問題があるでしょうがそれに代えられない
事情があったのだろうと思いました。

どちらにしても「医師の驕り」が原因のような気がします。
そうでない堅実で真面目な人のほうが多いのに
どうしても一部の傲慢な医師(歯科も含む)の言動が目につき
医療の荒廃などと言われてしまうのですね。
大きなお金が動く医療法人などにはお金に群がる良からぬ連中が集まりやすく
よほどしっかりしていないと正常な感覚を失いかねないのだろうと思います。
これは教育が悪いとか人格に問題があるよりも
制度自体に欠陥があるのではないかと思いはじめています。

とにかく、医療さえも不況という深刻な事態に驚いたのです。
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by tatakibori | 2009-05-01 22:25 | 日々の生活 | Comments(3)