<   2009年 08月 ( 11 )   > この月の画像一覧

何歳の自分がほんとうの自分か

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たとえばマイケル・ジャクソンは30歳くらいで人生が終わっていたように思えます。
もっと短くて輝いた花火のような人生もあると思います。
尾崎のように、実際の生命がそこで終わるのも都合が良いですが
燃え尽きた後を抜け殻のように引きずって生きていく場合もあります。
「あの頃は良かった、もう一度あの時に帰りたい。」と思い続けるのは、
今の時間がまったくの余生になっている証拠です。
ひょっとしたら、あなたの人生は60歳からが一番たいせつな時かもしれません。
最近はユネスコの世界遺産が話題になりますが、
それより80年ほど前に始まったイギリスのナショナルトラストを
作ったオクタヴィア・ヒル女史は設立の時すでに58歳でした。
江戸時代に多くの木彫仏を残した修験僧・木喰上人
廻国修行という名の仏を彫る旅を始めたのは56歳の時でした。
どうですか、勇気が出てきませんか?
生きていく元気をくれるのが本当の芸術家です。


写真は60年近く前、祖父が50歳の頃の未完成作品です。
この後、体調を崩した祖父は多くの作品を残すことなく他界しました。
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by tatakibori | 2009-08-29 08:47 | 日々の生活 | Comments(6)

創造の力

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最近、ニュースは毎日のように芸能人の薬物汚染を伝えています。
私が最初にクスリの力を音楽の中に感じたのはこの3つのレコードからです。
ウェザー・リポート「8:30」
ジャコ・パストリアスが酷い薬物中毒でクラブのボディーガードに殴り殺された事件は衝撃的でした。
オールマン・ブラザーズ・バンド「フィルモア・イースト・ライブ」
熱いブルースと交通事故とクスリの関係を知ったのはこのアルバムからです。
マイルス・デイビス「ビッチェズ・ブリュー」
マイルス・デイビスはエレクトリックサウンドの時代になってから知りました。
すぐに活動休止状態になり、クスリを絶って復活したのも衝撃的でした。
悲しい事に、優れたジャズ、ブルースは薬物の賜物である場合が多いようです。
薬物とミュージシャンの悲しい関係を挙げればきりがありません。

若い頃に無意識にセロニアス・モンクとチック・コリアに強い「音」を感じたのは
薬物を使ってないからだと思います。
(ひょっとしたら私が知らないだけで彼らもそうなのかもしれません。)
大麻と喉頭ガンの関係もあるような気がします。

クスリに溺れて死んでいったミュージシャンの作品を否定はしませんが
おおっぴらにテレビなどで偉大なかのように持ち上げるのは抵抗があります。
最近亡くなったI、伝説の歌手Oなどを賛美するのは変です。
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by tatakibori | 2009-08-25 11:04 | 音楽 | Comments(6)

悠々と自適

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これはとある無名の陶芸家の作品です。
まさに野の人という生き方を貫いた方です。
これがなりわいではなかったので、
残念ながらその作品の数はとても少ないのです。

誰をも惹きつける魅力あふれる鳥です。
我が家に来てからもう30年経ちましたが
その感動は少しも色あせません。
このような心がかよう品を持つ事も
ゆとりある美しい生活だと思います。
たいしたお金もかからないほんとうの芸術はあります。
ただし、お金に換える事はできません。
出会いを逃さないという努力は要るかもしれません。
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by tatakibori | 2009-08-21 20:29 | 日々の生活 | Comments(2)

続々・衣食住

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「現在の私は、京都で、一番景色の美しい山上で、当代の名工の設計した木造の家に住み、
おそらく昭和の名品となる品々を日常の器具としてくらしてゐる。人は私のこのことを
悠々と自適としてゐるといふが、私は真の文人の文学とは、ああいふ、かういふくらしに
あると思ってゐる。」保田與重郎(二十年私志)より

ここだけ抜粋しても何やら分からないですが、正しく「くらす」という「生き方」が
あるのだろうと思います。

一般には、宮沢賢治の「雨ニモマケズ」の「一日ニ玄米四合ト味噌ト少シノ野菜ヲタベ」
「野原ノ松ノ林ノ蔭ノ小サナ萱ブキ小屋ニイテ」というストイックな生活が理想と思われます。

節約生活、極限の生活と言ってもわざわざ不味いものを食べて、汚れたおかしな洋服を着る事はありません。
毎日の暮らしですから、その土地で手に入る安くて新鮮な素材を上手に料理して食べ、
ひとつの衣料も大切に着るこころとセンスがあれば、他人から見れば悠々自適となるでしょう。

手作りの花器に野に咲く花を挿して玄関に飾るのは贅沢なもてなしですが、浪費ではありません。
それぞれの消費が意味をしっかり持てば満足できると思います。
私は、自分の生まれた土地と先祖をたいせつにして、それを誇りに思う事が豊かで
美しい生活の基本であるように考えます。
「果てしない物欲」を「美しい生活」に変えていく事は案外かんたんです。
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by tatakibori | 2009-08-19 21:20 | 日々の生活 | Comments(4)

続・衣食住

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簡単に考えれば「足るを知る」と言いますから
満足する事を学べば貧しくとも礼節を知る事ができます。
でも私は、現状に満足せよという意味には思えません。
雑誌やネットを見ながら買い物の計画を立てている時に
多くの場合は必要性のないモノを選んでいませんか。
何かを買う事で元気を得たいと思ったり、
そこから何か新しい活路が生まれないかと期待しませんか。
足りてしまえば生きていく希望が減る場合があります。
欲しいモノが無いと言う人が多くあります。
欲望がなくなってしまうのは悟りの境地と言うより
元気の無い時かもしれません。
それは満足しているからではないようです。
満足とは何だったのでしょうか。
どうしたら満足できるのでしょう。

                考えがまとまらないから、さらに続きます。
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by tatakibori | 2009-08-15 20:37 | 日々の生活 | Comments(4)

みたままつり

8月15日は「御霊まつり」です。
仏教的な行事として「お盆」と言いますが、
もともとは古くからこの時期に先祖まつりをしたようです。
昭和天皇がご自身の意思でこの日に終戦を宣言されたのも
戦没者をまつるのにこの日が一番良いだろうとの配慮だそうです。

昭和も過ぎて20年が経ち、あらためてこの終戦の詔書を読むと
先帝の意思を強く感じます。
戦後生まれの私達の世代が学んできたのは米国的価値観なのだと思います。
政治家や政党が何も真実を語らず、見ようともしなかったと思います。
自分の考えや価値観と思ってきたものの多くが占領政策の賜物だったのです。

保田師が「近代の終焉」を書いたのが大戦の始まりの時です。
あの頃に終わった後がようやくこれから始まろうとしているように思えます。
ほとんどの人は読んだ事もないでしょうが「詔書」を読んでみましょう。
意外な立場や意見があるのが分かります。
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>他國の主權を排し領土を侵すが如きは、固(もと)より朕が志にあらず。
>敵は新(あらた)に残虐なる爆弾を使用して、頻(しきり)に無辜(むこ)を殺傷し
>朕何を以てか億兆の赤子(せきし)を保し、皇祖皇宗の神靈に謝せむや
>戰陣に死し、職域に殉じ、非命に 斃(たお)れたる者、及(および)、其の遺族に想(おもい)を致せば、五内(ごない)為に裂く

色んな事が書いてあります。
「國體」という言葉が出てきたのもこれが最初です。
護持し得たその「國體」とは何だったのかという議論もありました。

左翼の意見は論外としても、
ここからが昭和末期のバブルの始まりという見方もありますから
全てが「善」に繋がらなかったのも複雑な人間の社会だと思います。

明治維新以来、天皇が自らの意見を国民に語ったのはこれが最初で最後だと聞いています。
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by tatakibori | 2009-08-15 08:41 | 日々の生活 | Comments(4)

近代の終焉

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私の好きな棟方志功の文字です。
先日の私のお習字はこれがお手本だったのです。
昭和16年刊ですから棟方先生はまだ30代です。
力強い若さもありますが完成度の高さを感じます。
天才にはいくら頑張っても及びませんが
その本当の素晴らしさを語れるようでありたいと思います。
少しでも近づきたいという思いもあります。
だから、真似て書いてみたのです。
当然ながら、習うべきは形よりこころです。

保田師の文章は
まさにもう一度今の日本人に語っているのかと
思うほどの新鮮さがあります。
時は流れ価値観が変わっても変わらないものがあるのでしょうが
それよりもあの時に解決できなかった事のツケがあるのだと考えます。

装丁を含めてこの本には深い感動があります。
勇気を与えてくれる本です。
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by tatakibori | 2009-08-14 20:22 | 読書 | Comments(0)

衣食住

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かつて衣食住が生活の基本とされた時代がありました。
「衣食足りて礼節を知る。」と言われたくらいですから
豊かさの基本条件でもあったのですす。
時代は移り生活の基本は衣食住だけではすまされないようになりました。
今日の「衣食住」に相当するのは何だろうかと考えました。
支出の中の大きな項目を挙げていけば分かりますね。
人それぞれでかなり違うとは思いますが一般的に考えます。
「衣」は満ち足りすぎているから外しても良いように思います。
「衣」の支出が多い場合は「趣味」の領域です。
「食」は趣味性もありますが一般的にはまだ基本でしょう。
「住」が趣味の領域にまで達すればかなりの裕福な人です。当然基本だと思います。
「医療、介護」が多い方もあるでしょう。
「クルマ」はとにかく金がかかります。
馬鹿にならないのが「保険」です。
マルチメディア社会ですから「通信費」が増えました。
家庭によっては「教育費」が圧倒的な場合もあります。
あと忘れてはいけないのが「趣味」です。
趣味には芸術、旅行、動植物、スポーツ・・など色々とあります。
これらに「人並み」にお金を使って「一人前」になるのです。
「人並み」に達していないと「コンプレックス」や「嫉妬心」に苦しむのです。
欲望渦巻く現代においては「礼節を知る」にはたいへんな冨が必要になります。
しかし、人類は大きな努力で豊かさを大衆化してきました。
考え方を変えれば民主化された豊かさを享受し、礼節を知る事が可能になっています。
そういう目で生活を見直してみませんか。

                  つづく
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by tatakibori | 2009-08-12 21:11 | 日々の生活 | Comments(2)

文字を書く

心を込めて書いてみました。
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筆を変え、墨を変え、紙を変えて
けっこう考えて書いたのです。
初々しさを表現してみました。
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by tatakibori | 2009-08-06 13:32 | その他 | Comments(5)

棟方に学ぶ

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濱田庄司「棟方に学ぶ」より
 棟方が箱書きをしてゐるのを見てゐたら、鵜といふ字はどう書くのかといふ。
弟偏に鳥だといふと、直ぐ箱へぶつつけに弟とだけ書いて、旁りは鳥か隹かと聞く。
もう箱の上には今始めて組み合されたばかりの鵜の字が、習つた字にはない立派さで
書き上げられてゐる。


文字を書くという作業に「慣れ」が必要なのか、無駄なのか考えています。
一見、手馴れたバランスの良い上手な文字が何も伝えなくて
純真無垢な子供のような文字が強く心に残ります。
天才の形だけを真似てもしょうがないですが
その清らかな心を伝えなければと思う日々です。

分かりやすく言うと・・
「鵜」という文字を書く事に慣れるより
常に筆を持って書く事に親しんでおれば
初めての「鵜」を書く時にもすんなりと
立派な文字になるのです。
そうやって書く文字は常に新鮮な気持ちだから
初めての文字であろうが自分の名前であろうが
同じ事なのです。
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by tatakibori | 2009-08-05 20:51 | 読書 | Comments(0)