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最初は何かの間違いから・・

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いつか父に聞いた話ですが、どうも記憶が定かでないから
この話はフィクションです。(笑

父が若い頃、たぶん60年代の終わりです。
とある会社から社長室に飾る家紋を彫り込んだケヤキの板の注文がありました。
材料は先方持ちでそれほど上等のモノではなかったのを憶えています。
納品に行った父はその社長の美術品のコレクションを見せていただいたそうです。
「贋物がほとんどだった。」という土産話が強く私の記憶に残ってしまいました。
その会社はその後経営危機になった事もありましたが息子さんが優秀な方で以後順調に発展されました。
すっかり成長した2代目社長は会社保有の美術品のコレクションを元に美術館を作る事にしました。
そこで幸運にも、某自治体の美術館と同じく既存の美術館では作る意味が無いと世界的な建築家の
提案を受けて現代アートの美術館を作ったのです。
構想に無理があったのか当初は全く客が入らなかったそうですが、
今は現場の学芸員のひたむきな努力などによって様々な試行錯誤というか、
新しい美術の在り方まで含めた提案を実行して地域全体を取り込んだ
アートの場として着実に成果を上げているようです。

当地の現代美術館も入場者数が持ち直しているそうですが
それは当初は否定された箱部分のギャラリースペースを有効活用している
学芸員の努力によるものと察しております。

創業社長や田舎の首長で芸術など何も分からないような人の発想から起きた事業が
時を経て、支え続ける人間のしぶとい努力で形を変えて真実に近づいていくという話です。
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by tatakibori | 2010-02-25 21:17 | その他 | Comments(3)

多いのか少ないのか

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ずっと以前に何かの雑誌で読んだおぼろげな記憶だから確かではないのですが
ハイチだったかドミニカだったかそれも思い出せないのですが・・・
銀行員の数よりミュージシャンの数の方が多いそうです。
どちらにしても1000万人程の総人口で産業もほとんど無いような国で特殊な例と言えます。
日本の就労人口は6000万人でその1割がお金にまつわる仕事をしていると言われます。
都市銀行、地方銀行、信用金庫・・から農協、郵便局、各種組合それに保険、証券
さらに各種金融会社まで直接お金に関係する業種から考えるとそんなものだと思います。
また1割が自動車関連産業だとも言われます。
両方合せたら1200万人とカリブ海の小国の人口をオーバーしてしまいます。
世界の貧しい国から見れば日本は自動車を作って世界中に売り、
お金の計算ばかりしていると思われるのは当然かもしれません。

カリブ諸国の音楽の芸術的評価がどうなのかは論議のあるところだと思いますが
その真摯な音楽に対する情熱には驚くべきものがあるような気がします。
美術に関してもわずかにやや大味なものが紹介されているだけのように見えますが
アーティストの数は多いとの話もあります。

日本では美術業界と言うと骨董品で、「〇〇〇〇鑑定団」でいくらの値がついたような価値観が先行して新しい物に対する評価が少ないのです。
まさにお金の勘定ばかりで、若い芸術家が育ち難い環境だと言えます。
岡山県北でもコレクターは多く、個人のコレクションによる美術館などもたくさん出来ているようです。
それはほとんどの場合は過去の人の作品であり、老人達のコレクションの価値を守るために作られています。
まるで新しい若い芸術の芽生えを踏み潰しているようにも見えます。
私はすでに30年のキャリアを持つベテランになってしまったので、これからは若い人を育てる側です。
あまりにも微力なので社会を変えるような事はできませんが、せめてそういう空気をつくる努力をしなければならないと思っています。

「そういう事は自分自身がしっかり稼ぐようになってから言え。」というツッコミは勘弁して下さい。(笑
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by tatakibori | 2010-02-24 21:22 | その他 | Comments(2)

美術を産業としてみると

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美術を産業としてみると、いったいどれくらいの数の人が従事して
これで生活を立てているのでしょうか。
完全に作家活動をしている人となると、かなり少ないように思えます。
画家、彫刻家などの美術作家と陶芸、木工などの工芸作家を合わせても
周辺で考えてみると1万人当たりにせいぜい5人くらいでしょうか。
田舎はその割合が少ないでしょうから、仮に日本全体で7万人とします。
学校の先生がおよそ130万人とすれば、美術関連は20人に1人として6.5万人。
全国に美術館が1千以上あります。そこで働いている人は1万人程度と想像できます。
各種デザイナーなどもかなりの数がいると思われます。
他にも美術商、百貨店の美術、古美術店などで働く人もいます。
いい加減ですが、仮説としておよそ20万人の就労人口が想定できるような気がします。
自衛官が23万人、警察官が29万人、医師が25万人ですからけっこうな産業です。

それだけの身近な産業であるにもかかわらず、この業界の将来を論ずる時には
往々にして有名な人や作品の話でスターになる事やお金持ちになるような話が先行します。
村上隆の作品がニューヨークのオークションで約16億円で落札されて話題になった事があります。
彼の著書や談話から感じるのはモチベーションがネガティブな所にあると言うことです。
わかりやすく言うとコンプレックスをバネにしているのですね。
こういう生き方は起業論とか経営戦術みたいでバブル的なものを連想させます。
小室哲哉の失敗に似たものを想像してしまうのは私だけでしょうか。
立派な産業としての人口を抱えているのですから、何も特別な方法や理論がなくとも
美術を生業とすることは可能だと思います。

ずっと以前に権威ある某美術館の館長にお会いした事があります。
簡単な紹介(祖父の代から円空仏のような大胆な作風の木彫をしている・・・)があり
挨拶したのですが、突然にこう言われました。
「そういうのが一番困るんだよ。人間の本質にあるものだから評価が難しい。・・・」
話はそれだけで何をしに行ったのかはよく分からずじまいでした。
その時に帰りのクルマの中で思いました。
「私の作品を中学生の女の子でもお金を払って買ってくれるのだから、権威ある有識者に
認められなくても生活するには何も困らない。」
ひょっとしたら権威ある方々の中には感性が欠落していて芸術に対する感動が無い人があるのかもしれません。
もっと考えていけば、有名な芸術家でも感性に乏しい人がそのビジネス手腕で成功しているのかもしれません。
芸術の才能は何かプラスのものではなくて、何かが欠落しているマイナスの要因による場合があります。
だから普通に真面目に努力を積み重ねる事を軽んじる人もあります。
でも普通の職業として考えれば「悪い所だけは天才にそっくり」というのは困ります。
猿に絵を描かせて売るような金儲けをたくらんではいけません。
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by tatakibori | 2010-02-20 16:17 | 仕事 | Comments(0)

そして大勢がやりはじめた

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狭い範囲での視点で申し訳ないですが、
30年前に備前焼の作家は200人と言われましたが、今は500人くらいはいるそうです。
岡山県北の美作地域でも作家活動をするアーティストは比較にならないほど増えたようです。
ただ、以前の陶芸のように作れば売れるような活気は全く無くなってしまいました。
地方紙を見ると常に何かの展覧会があります。しかも、若い人が多いようです。
また昔話ですが、地方紙の記者が県内の30代のアーティストを紹介していこうと
コラムを作り連載を始めました。残念ながら5回ほどで行き詰って、
まだ20代半ばだった私の所へも取材に来たのです。
今からは考えられないほど寂しい状況だったのです。
とくに今世紀になって鑑賞する側にも芸術を幅広く受けとめる素養が育ってきました。
確実に、芸術が誰にも身近なものとなったのです。
絵手紙やスケッチの教室は大賑わいで手軽なアートを楽しむ人はどんどん増えています。
芸術の民主化というよりも、もはや革命と言えるレベルです。
その一方でビジネスとしては成り立ち難いものも多くなり
百貨店をはじめ多くのギャラリーがその活動を休止しています。
まさに混沌の新時代と言える状況です。

世紀末に盛んだった美術界の大型プロジェクトが行き詰った今、
民家に学生の作品を並べるような身近で小回りの効くイベントが登場しています。
お金は行き詰りますが創造のエネルギーは無限である証拠だと思います。
信念をもってたゆまぬ精進を続ける事こそ新しい時代を切り開くのではないかと
今になってあらためて考えます。
未来を希望あるものに変えていく方法を考えているのです。
政府のやっているエコ政策はエゴを助長するだけでまだ未来は何も見えません。

               
                   もうちょっと続く・・?
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by tatakibori | 2010-02-17 12:56 | 仕事 | Comments(0)

やってみたくなるような・・

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これが芸術であるなら、表現者として鑑賞者に持って欲しい感情に
「これなら自分もやってみたい。何かできるかもしれない。」というのが
理想のひとつで、そういう親しみを持って欲しいと思ってきました。
ある美大出の新聞記者にそういう話をしたら「それは何か違いますよ。
簡単には真似できない卓越した技術こそが芸術表現だと思うのです。」と応えました。
そう言われるとそうなのですが他人に真似できない器用さが売りというのはさみしいようにも思えます。
このフクロウの版画などはそういう親しみのある作品です。

芸術は私が思うよりずっと広い世界で、世の中には色々な芸術表現があるようです。
中には熟練も技術も無い、アイデアだけでしかもその場でしか見られないし
形も不安定、素材も耐候の無い段ボールや布や植物だったり、ありふれた工業製品を
並べただけのようなものまであります。
奈義の美術館のように完成当初の度肝を抜くようなインパクトが
後発のモダンな建築物によってすぐに色あせてくるようなものもあります。
誰にでも真似できるというのは、その場合では儚いものになってしまいます。
ポルシェは常に最新のポルシェが最上のポルシェであるというに似ています。
芸術的と言えるほど完成度の高いクルマですが、工業製品の宿命でもあります。



    言いたい事がまとまらないからつづきます。
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by tatakibori | 2010-02-16 21:23 | 仕事 | Comments(0)

続・解体される遊具

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先日、現代美術館の事を「どちらかと言うとインスタレーションに近い」と書いたら、
そうでは無いとのお話があり訂正と言うか解説をしておきます。
以下引用です。

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第三世代のミュージアム

高階(秀爾)――これからの美術館は,いままでのような箱では具合が悪いと思うんです.
デンマークのルイジアナ美術館のようなオープン・スペースが必要だとか,
特にコンテンポラリー・アートは,先ほど言ったように作品の形態が変わっているでしょう.
一方で,西洋の産物なのでしょうが,作品自体がひとつの独立した世界であるという思想があります.・・・・(以下略)

浅田(彰)――ひとつのロジックとして,磯崎新が奈義町現代美術館を作ったときに,
おそらく彼一流のホラを交えて言った「第三世代の美術館」論というのがあります.
ルーヴルまでの美術館というのは,たとえば教会にあった祭壇画や彫像を台座ごと持ってきて飾ったものだ.
これが第一世代.それが,近代に入ると,どこにでも動かせる平面としての絵を市場で取引するようになり,
それをしかるべく収集して飾る,ニューヨーク近代美術館を典型とするような,美術館が出てくる.
これが第二世代.しかし,それに対して,サイト・スペシフィックな作品が出てくると,
もう一回もとへ戻って,とにかくそこへ行かないとそれは見られないということになる.
それに見合うのが第三世代の美術館だ,と.
 ただ,僕の考えでは,それはおそらく「第三世代の美術館」のひとつの極にすぎず,もうひとつの極は,むしろまったくニュートラルな空間,
つまり何もないところでインスタレーションもパフォーマンスもできる空間だと思うんです.
そういう作品はエフェメラルなものかもしれないけれども,ある情報的な形で残っていくだろう.
それを電子的な方法でシステム化していくのも,ひとつの道でしょう.
 一方で,それこそ実際に自分で体ごと岡山の山奥まで行って体験しなければわからないようなものが現われてくるのかもしれない,
と同時に,箱としては単に何もないスペースかもしれないけれども,そこでしかるべき情報にアクセスすれば,
ある一時的な形での芸術的な経験が可能になるというようなものも,他方で出てくるかもしれない.
そういう両極に分かれながら進行していくような気はするんですけれども…….

高階――今の話は両極というよりも,少し次元が違う話ではないかな.
つまりトポスの問題,そういう場所の問題と,それから建物の問題でしょう.
つまり,山奥にあっても現在のような箱を建てるのか,それとも単なるロフトにするか,という問題がある.
現代美術館がどうあるべきかという問題は,ひとつは場所はどこであれ,箱であっては具合が悪い.
それなら何であるべきか,それからどうやって残すべきか,あるいは残さなくてもいいのかという問題です.
 もうひとつは,おっしゃったような土地に根ざすべきであるという志向があるのか,
それとも,美術館というのは確かに移動の原理で成り立っているから,
いろいろな組み合わせという方向でいくのか,という問題だと思うんです.

浅田――建築としては,一方では,近代化を進めていくと結局からっぽのロフト型の空間になるわけだけれども,
他方で,ハンス・ホラインのメンヒェングラートバッハ美術館のように,このコーナーにはこの作品しか置けないという,
作品の展示換えが不可能な,よく言えば,一つひとつのコーナーがそれほどしっくりと作品になじむような形の空間もある.
磯崎新の「第三世代の美術館」は,後者でしょう.

高階――奈義町では別の展覧会はできない.

浅田――そう,サイト・スペシフィックな作品にスペシフィックに結びついた美術館という考えですよね.
しかし,もちろんそれはすべてではあり得ないわけで,非常に特殊なものです.

高階――僕はむしろ奈義町は美術館ではないと思っているんですよ(笑).
要するにあれはモニュメントです.
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そうか、モニュメントだったのですね。
それにしても国のお金を上手く利用して自身の主張ができるという才能には感心します。
何かの「正義感」が欠落しているのは確かだと思いますが、
それが独裁や戦争に向かわないで芸術的な事で世に大きな一石を投じるというのが素晴らしいと言えます。
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by tatakibori | 2010-02-15 21:20 | 日々の生活 | Comments(0)

紀元節

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建国記念の日です。
元は紀元節と言い、日本書紀にある神武天皇が即位したとされる日に由来します。
今年は神武即位から2670年(皇紀)を数えます。
日本書紀が由来ですから考古学から考えると神話の領域で
歴史的には何の根拠も無いのがこの数字です。
さらに驚く事に初期の十数代の天皇はすこぶる長命です。
初代神武天皇は126歳
二代綏靖(すいぜい)天皇83歳
三代安寧(あんねい)天皇67歳
四代懿徳(いとく)天皇56歳
五代孝昭天皇113歳
六代孝安天皇136歳
七代孝霊天皇127歳
八代孝元天皇115歳
九代開化天皇110歳
十代崇神天皇119歳
十一代垂仁天皇139歳
十二代景行天皇143歳
十三代成務天皇104歳
十四代仲哀天皇不詳
十五代応神天皇109歳
十六代仁徳天皇142歳
十七代履中天皇69歳
十八代反正天皇74歳・・・・・

となっていて考えられないほどの長命の天皇もあります。
2~9代は欠史八代と言われ実在の可能性が低いと言われています。
二十一代雄略天皇からは漢字が定着していますから史実も多く
その存在は確かなものとなります。
もちろん万葉集の巻頭は雄略天皇御製であります。
考古学的に考えると日本の皇紀は5世紀に入ってから、となりそうですが
それ以前を全く否定できるわけでもありません。

じつはこの話、大部分は保田與重郎師の受け売りです。
著作には何処にも書いてありませんが、講演の場で真剣に話しておられました。
神代の時代の人は純粋だったから長命だったろうと応えた人もありましたが
そういうオカルト的な思考は保田師の嫌うところだったのです。
いかにも東大出の学者らしい真面目な発言です。
この講演の本来の題は「弟子を育てるということ」だったと思います。
当時、兄が陶芸の弟子入りをしたのですが
心配した保田師はその窯場へ出向きそういう話をしたのでした。
話の大半は「昔から行儀作法とか立ち振る舞いが奉公の基本である。」というようなものでした。
その場にいた多くの人たちは他界されましたから憶えている人は無いと思います。
雑談では「芸術家を育てるという事を考えなければならない。ほんとうに難しい事だ。」と話しておられました。
保田師の応援も虚しく兄の弟子入りはそれほど幸福なものではありませんでした。
私は近年になってあの時を何度も思い出します。
人間を育てるという事にこの「初期の天皇の長命とは?」と考えるような真面目さが必要なのだろうと思います。
ここで言葉にしてしまえば何でもないような話ですが、そこに端的な本質を示すものがあります。
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by tatakibori | 2010-02-11 10:11 | 日々の生活 | Comments(2)

畏れ多い神さまのお姿とは

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「あなたの神像には畏怖とか情念といったものを感じられない。」と言う人と出会いました。
ちょっと気になるので話を聞いてみました。
「私は最近、奈義町にある古い神社などを調べているが、あなたもそういう勉強をするべきです。」
「滝神社にお参りされた事はありまか?」
「淡島神社にも是非お参りなさい。そうすれば作品は変ってくるでしょう。」
そういうお話でした。

滝神社は那岐三山の真ん中滝山の山頂に寄った所に鎮座する神社です。
昭和20年代にご神体として祖父が彫った像が納められています。
演習場の中に参道があり、鳥居までモミの原生林の間を未舗装路を通り行かなければなりません。
かつて、私はこの為に大型4WD車を購入したのでした。
鳥居から神社までは歩いて20分ほどの登山です。
途中に天に向かうかのような長く急な石段がありその上にお稲荷様があります。
そのあたりまで登るとあたりは異様な霊気に包まれているのを普通の人でも感じます。
父は若い頃にその霊気の正体を感じてみようと5日ほど山へこもったそうです。
結局、その時は獣の霊気とか悪霊だったのか恐ろしいものばかりを感じて下山したと話していました。
滝神社は女人禁制の修験者の場ですからふもとには女性の為の淡島神社が祀られているのです。

神さまのお姿とは厳しいものなのでしょうか。
日本の神さまは「常若(とこわか)」と言います。
むしろ若々しく幼い姿を私は考えます。
伊勢の御遷宮は20年を周期としています。
20年で若返るならアマテラスオオミカミは永遠の二十歳です。

実際に彫り刻んでみると威厳がある恐い顔よりも
若く美しく気高い顔の方が難しいと分かります。

「何か神の存在を感じたような気がするが、それはこんな幼い表情のものでは無い。」
と思う気持ちは分かりますが、それは往々にして悪霊や獣の霊の場合があります。
神さまは暗くてかび臭い空気の中ではなくて、新しいヒノキの香りとほのかな酒の臭いに包まれ
白い衣の中にあるように思うのです。
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by tatakibori | 2010-02-10 11:27 | 神社 | Comments(9)

解体される遊具

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町内の運動公園の木製遊具が老朽化により解体されています。
1993年に約8千万円で設置したそうです。
桧造りの伊勢神宮の式年遷宮は20年のインターバルですから
防腐加工された遊具にしては17年は短いとも言えます。
神宮の場合は全ての木材はあらかじめ決められた用途にリサイクルされ
第二の場所で長い役目を果たしますが
防腐加工された木材はリサイクルも難しいと思われます。
しかも産業廃棄物ですから解体業者が勝手にリサイクルするわけにもいきません。
この後には事業費1800万円で金属製の遊具が設置されるそうです。


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こちらは遊具設置の翌年1994年完成の現代美術館です。
美術品を展示する旧来の施設ではなくて全体が建築家磯崎新氏の作り上げた作品であり
そういう意味では個人美術館とも言えます。
内部は磯崎夫人と氏の友人達によるコンテンポラリーアートが設置されているのです。
どちらかというとインスタレーションに近い表現だと私は思っていたので
16年経過後も同じ形態を留めているのは展望が無かったのか
予算不足で計画が頓挫したと想像できます。
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裏側にまわってみました。
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建物のパーツはシンプルそのもので工法、素材ともにありふれたものです。
当時の決算を見ると
美術館部分が約11億7千万円、図書館部分と合せた総工費は16億4千万円余りとなっています。
世界的なアーティストの作品だと思えば、運動公園の遊具に比べると安い買い物だったのでしょう。

私はこの手のポストモダンアートは固有の文化を持つ人々の世界だと思っています。
隔絶されたという意味では露天商の世界にも似た位相のズレを感じてしまうのです。
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by tatakibori | 2010-02-07 20:21 | 日々の生活 | Comments(2)

一万体は通過点

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昨日から作品の片付けをしています。
すでに若き日の目標であった立体像1万点と言う目標は通過したと思います。
番号をきっちり付けていないので分からない部分もありますが
それを越えたのは間違いありません。
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工房の中にはおそらく千点近くの作品が残っています。
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千点以上の作品を並べた個展を1回やったら迫力があって面白いと
父がよく話していました。
そのうち何処かでたくさん並べてみたいものです。
壮観な光景になると思います。

幸いに我が家は広いので、できるだけたくさんの作品をご覧いただけるように改装も考えています。
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by tatakibori | 2010-02-06 21:37 | 仕事 | Comments(0)