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ライバルを待ち望む

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ある程度の評価を受けても、それがなかなか成果に結びつかない時に考えた事があります。
きっと比較の対象がないから、どれほどの良さか尺度がなくて評価ができないのではないかと。
適当なライバルが現れたらそれとの比較になるから長所、短所がはっきりするだろうと思いました。
似たような仕事のライバルが出てこないかと待ち望んだものです。

世の中はそんなに都合よくは行かないのでライバルは意外な形で登場して
競争も何もなかったり、あるいは彗星のごとく現れて消えていく場合もあります。

世間の古狸のオヤジ達は待っていても出てこないライバルとは勝負しません。
若い奴等に罠をしかけて待っていて、いきなり勝負に出て
自分の高い能力をアピールしようとします。
おそろしいフリーランスの世界です。
若い人は騙されてはいけません。
勝負は突然に罠の中から襲い掛かってきます。
自分では勝負とは考えていないのに、立たされているフィールドは
カーテンを開けるとリングの上だったりするのです。
老練は才能とは違います。古狸には勝てないように仕組まれているのです。

私には組織の経験が無いので知りませんが、
抜け目ない古狸は後継者にわざと自分より能力の低いものを持ってくるそうです。
そうやれば自分の功績が輝きを増すからだそうです。
当然ながら、それではその組織の向上はありません。

人の世の恐ろしさです。
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by tatakibori | 2010-05-30 20:02 | その他 | Comments(0)

保田與重郎生誕100年記念シンポジウム、その2

「自然」を「カムナガラ」と読ませるのは本居宣長の発案だろうと思います。
カムナガラは「随神」の文字を当てるのが普通です。
この「自然」は英語の"nature”の訳語:自然とは意味が違います。
natureは物質的な自然で、日本語の「自然」には人間・精神なども含まれるのです。
デリケートで分かり難い表現だと思います。
言葉には時代の流行で意味合いが変化してくる場合があります。
今の時代で「自然」と言えば「自然環境」としての意味になりますから
「自然(かむながら)に生きる」というのは、それこそ自然でない表現かもしれません。

シンポジウムの壇上のパネラー6人のうち3人は生前の保田師に会っていません。
一人は保田師の真髄は戦中戦後の時代で、その頃に師の文学は完成を見たと言い
「絶対平和論」「校註祝詞」「みやらびあはれ」などを挙げていました。
たしかに戦争末期に書かれた「天杖記」など何度読み返しても心に残ります。
しかし、谷崎昭男さんが紹介した「天降言」の後記

小生は近来になつて、文章に自覚するところを知り、いささかその形をなし得るやうになつた。
議論を言立て、観念を形態してゐる限りでは、文学として無明の域に近く、
文人として未だ稚いのである。文章の何なるかを、やや知り得た所あるとは言へ、
かつかつ千何百年の昔の人の、つとに遊んでゐた文学の初程を味つて、よろこび勇んで
ゐるといふ程度である。しかしこれは無駄をしてきたと云ふのではない。

が私の頭にも瞬間に浮かんできたのでした。

もう一文、頭から離れない文章を書き写しておきます。

 そのころ人間俗世の事件や政治に興味を失つて、夢のやうに遠い神々の時代の物語の中に
ゐた期間があつた。人を相手にせず、神々のものがたりの中をさまよつて、失はれた神話や、
忘れられた神話をさがし出したりした。神々の中にゐて神々とつきあふというふことは、
人間間の交渉より、多彩豊麗で、その多岐複雑は輝くばかりのものである。
それこそ神々の恩恵だつた。

良いイベントを開催された新学社の方々には深く感謝申し上げます。
保田師の文学が永遠に不滅でなければならないと云う思いは
会場にいた全員にひしひしと伝わった事でしょう。
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by tatakibori | 2010-05-26 21:22 | 読書 | Comments(0)

保田與重郎生誕100年記念シンポジウム

5月22日(土)午後に東京・新橋ヤクルトホールにて
保田與重郎 生誕100年記念映像「自然(かむながら)に生きる」-保田與重郎の日本 の上映と
公開記念シンポジウム が開かれました。

少しレポートを書きます。
映像は米作りが日本人の原点であるという観点での保田師の考え方を
分かりやすく説いたものです。
熱烈な保田ファンには少しもの足りない内容ですが
初めて接する人にも入りやすくするとああなるのでしょう。
語り部役の菅原文太が、アドリブだったのか故郷の山形と
大和の米作りの在り方の違い、近畿地方の豊かさの歴史のようなことを
話したのがとても興味深く思われました。
本当は米作りは神祭りと同じで神に習うという伝統と
祭りの為に生きる日本人の使命感のような部分も必要だったかもしれません。
ナレーションの檀ふみも保田師とは縁の深い間柄ですから
ただ原稿を読んでいるだけでない深い思いがありました。

保田與重郎というと熱烈な信者によって神格化されていて
神社の森の奥深くにあるような印象です。
今回はそうではない語り口で入門のハードルを下げるという
方法だったそうです。

保田師の文章は言い換えが難しく、言葉を少しでも変えると
意味を失う場合が多く、神に近い存在としての師を抜きに
それを語るのはたいへん難しい事とあらためて思いました。

         つづく
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by tatakibori | 2010-05-25 21:01 | 読書 | Comments(0)

雑誌が消える

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昨年から雑誌の休刊が増えています。
今年に入ってさらに目立つようになりましたが、
今後はまだまだ増えると言われています。

気になる処をざっと挙げると
広告批評、諸君、小学5年生・6年生、学習・科学、季刊・銀花、ハイファッション、
NAVI、スイングジャーナル・・・等等。
自動車雑誌の名門カー・グラフィックの出版社が替わるというのも見逃せません。

教育関係は少子化が原因でしょうし、
評論誌においてはメディア媒体の変遷、
婦人誌や自動車雑誌などは「豊かさへの憧れ」の対象が
変わってきたことに拠ると思われます。

お洒落な服を着て、スマートで優雅な外車に乗り
上品で伝統的なインテリアの家には高価なオーディオ装置もある、
「20世紀的な豊かさ」という価値観がが崩れていくようです。
「中産階級への憧れ」という「まぼろし」を追いかけていたのかもしれません。
豊かな暮らしのための情報は求められているから
媒体が違っても提供されなければなりません。
これからどうなるのかは出版社の現場で働いている人達の現実から
窺い知る事ができます。
大手出版社を退職する人のブログを紹介しておきます。
たぬきちの「リストラなう」日記
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by tatakibori | 2010-05-19 10:58 | 日々の生活 | Comments(5)

国産がダメなもの


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保険が満期になったのを記念してカメラの三脚を買いました。
予算が足りなくて国産になりましたが、
この分野ではフランスメーカーの物が圧倒的な信頼があるそうです。
写真に関しては分野ごとに優秀なメーカーがそれぞれあります。
では、実際にプロは何を使っているかというと人それぞれのようです。
デジタル一眼はキャノンが多いように見えます。
これは信頼性もありますが、とにかく安いと言うのから始まったそうです。
ニコンが世界にブレークした時も、戦場に持って行っても惜しくないというのが
始まりですからそんなものだと思います。

プロの世界で圧倒的に海外メーカーが強いのは、なんと言ってもチェンソーです。
この分野ではドイツのスチールとスウェーデンのハクスバーナが信頼されています。
国産の入る余地はほとんどありません。
話は三脚の比ではないのです。
実際に使っているプロの人に聞いてみると、ドイツ、スウェーデンと言っても
パーツは中国製などが多くて昔のようなブランドの信頼は無いから
値段が高すぎるのが負担になってくるそうです。

世界の国々のタクシーを考えて下さい。
いくらメルセデスが丈夫と言っても、日本でも米国でも国産車がタクシーです。
中国では20数年前のフォルクスワーゲン・サンタナがタクシーです。
修理や部品の調達などに関して蓄積があるからなのでしょう。
東南アジアでは日本車が多いですが、
ハイエースがどこの国でもたくさん走っているように見えます。
いずれにしても大量生産の機械と言えども作る人達の苦労がしのばれます。

やや信頼に欠けるかもしれない国産三脚(ほんとうはタイ製)と
下町の工場で手作りの雲台ですができるだけ大事に使いたいと思っています。
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by tatakibori | 2010-05-15 21:07 | 写真 | Comments(6)

続・21世紀の芸術

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津山文化振興財団の発行する季刊誌「イクシラ」の編集委員をしています。
若いアーティストの特集がありましたが、すぐにネタが尽きてしまいます。
作家活動をしている人は多いのですが、
面白いブログと同じで安定して活動を続けている人は意外と少ないようです。
そこで、「アーティストの青田買い」を提案した事があります。
津山出身の芸術系の大学生に何かさせてみようと言うアイデアです。
記事にまとめるとなると無理があるようで実現できませんでした。
しかし、世の中の動きはその方向というのは間違いないようです。
U35(35歳以下限定)というようなイベントもあります。
大学生のグループ展を支援する団体もありますが
もっと進んでそれ以下も狙っている人達もいます。
若い人を大事にして、一人でも多く食っていけるようにする事は
ある意味で少子化対策にもなります。
晩婚化の抑制になるくらい若者を持ち上げるのです。
60歳を過ぎた人は守りに入るべきです。
次世代が豊かに暮らせる社会を作るのが大人の務めなのです
まだ混沌とした状況ですが、もう数年経ったら社会が変わるのは確実です。
変わらなければ日本は未来の無い老人天国になり
回顧、追憶や反芻ばかりで進歩など無くなってしまいます。
今の状況は次世代の未来を今の老人たちが食い尽くしているようです。
未来の人々を奴隷にしないために何かしなければなりません。
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by tatakibori | 2010-05-11 20:59 | その他 | Comments(2)

21世紀の芸術

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21世紀になって10年が経ちましたからいろいろな分野で
20世紀との違いのようなものが見えてきました。

20世紀の芸術とは何だったのかと私なりに考えてみました。
(私は専門教育も受けてない、学芸員、評論家、芸術家との交際も無い
芸術に関しては孤独な存在で知っている事は普通の人と同じです。)

20世紀を代表する芸術家は一般的には多くの作品を残したピカソですが
最も大きな影響を世界に与えたのはマルセル・デュシャンです。
1917年に発表した既成の便器にサインしただけの「泉」という作品は
20世紀の芸術を語る時に外すわけにはいきません。
いずれにしてもそれまでの技術というか職人芸的な熟練など関係ない、
「考える事」が芸術であると証明して見せたのですね。
それ以後はビッグネームであればキャンバスに絵の具をぶつけただけでも
庶民の一年分の収入を超える値段を付けて売れるようになりました。
知的障害者の絵画が高く評価されたこともありました。

21世紀になって高等教育のさらなる普及、基本的な生活レベルの向上などで
芸術を楽しむ人が増えました。
それ以上に芸術に関わる作家活動をする若者は増えています。
働く場所が無いという現実も影響しています。
20世紀の価値観の延長では熟練とか切磋琢磨と無縁の山師的な
ビッグネームが市場で動くお金の大半をかっさらっていって
駆け出しの若者は食うにも困ります。
ひたむきな努力を重ねる若き芸術家は世間から自宅警備員と呼ばれるのです。
さらに過去のビッグネームを利用した企画展や美術館が増え続け
ピカソの描き殴ったような油絵が100億円も値をつけています。
あの絵に素直な気持ちで感動を覚える人が世界に何人あるのでしょうか、
ピカソの名と100億円の金額という絶対の説得力を持って人々に迫っています。

今時、謙虚な気持ちで創作に励んでいては嫁もないのは当たり前です。
芸術家だけではありません。若者全てに言える現象かもしれません。


              ・・・この話まだつづく


            (写真は本文とは関係ありません)
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by tatakibori | 2010-05-10 19:31 | その他 | Comments(0)

食器

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物に対するこだわりが人それぞれあると思いますが
私の場合は、じつは食器に対して人より神経質だと自覚しています。
百均で売ってるマグカップなど、かなり抵抗があります。
ノベルティ・グッズの食器にも多いと思いますが、いかにもの大量生産風で
口に当たる部分が厚くて、重く、質感がまるでTOTOやINAXの製品のようなものがあります。
もともとTOTOはノリタケの子会社で食器を作る技術で高級な衛生用品を製造したそうです。
そう言えば有田焼のものもありますね。
有名なコーヒーのお店に行ってもそういうカップで出てくる場合もあります。
手作りの陶器のマグカップも毎日使っていると壊れますから
我慢してでも安くて丈夫なものを日常に使うべきです。
最近、比較的に良い物を見つけました。インテリアの量販店にあったコーヒーカップです。
素材は大量生産風ですがデザインがシャープな部分があるので
違和感が少なく、色もコーヒーによく似合います。
上の写真、右のカップがそれです。
もっと「用の美」を満たすカップを探したいと思います。
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by tatakibori | 2010-05-07 20:25 | 日々の生活 | Comments(10)

国民の祝日

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(1280x851、画像上でクリックすると大きな画像でご覧いただけます。)

大型連休ですが、意外と「国民の祝日」について知らない人が多いので
知っている範囲でまとめてみました。

現在、祝日は15あります。

元日:
かつては皇室行事である四方拝にちなみ、四方節と呼ばれていました。
もちろん神さまのおまつりです。

成人の日:
その昔は1月15日の小正月が元服の日だった事に由来しますが
今は1月第2月曜日 となっています。
成人式は戦後間もなく埼玉県蕨市で皇族の成年式に習い始まったのが
全国に広まったそうです。

建国記念の日:2月11日
戦前は紀元節として神武天皇即位日が由来です。

春分の日:
かつては春季皇霊祭ですから宮中の先祖をおまつりする日でした。

昭和の日:
昭和天皇誕生日

憲法記念日:5月3日
日本国憲法施行の日を記念して

みどりの日:5月4日
昭和天皇誕生日を平成になってみどりの日としたものを移動した。

こどもの日:5月5日
端午の節句

海の日:7月第3月曜日
かつては7月20日で祝日になる前から海の記念日だった。
その由来は
明治9年、明治天皇の東北地方巡幸の際、
それまでの軍艦ではなく灯台巡視の汽船「明治丸」によって航海をし、
7月20日に横浜港に帰着したことによる。

敬老の日:9月第3月曜日
由来分からず

秋分の日:
秋季皇霊祭による

体育の日:10月第2月曜日
東京オリンピックの開会式が10月10日だったのを記念して始まった。

文化の日:11月3日
日本国憲法公布の日ですが、もちろん明治節(明治天皇誕生日)であります。

勤労感謝の日:11月23日
天皇陛下の新嘗祭は最も重要なお祭りです。

天皇誕生日:12月23日
今上陛下のお誕生日ですが、国民にとっては都合の良い季節でした。

ちなみに12月25日は大正天皇崩御の日ですが
クリスマスとは関係ありません。

驚かれた方もあるでしょうが15の内、11までが皇室に深く関係あるのです。
国民の生活は神まつりと切り離して考えられないですが
それと共に皇室と一体である事が分かります。

もっと重要な事は、
我々日本人は頭の中で日本語で考えているのですが
その言葉そのものが皇室に習っています。
日本語の成立とは万葉集などの和歌があって
はじめて言語の統一が行われたのです。
皇神の道義(すめかみのみち) は言霊の風雅(ことだまのみやび)にあるのです。
古来、日本の国は「言霊(ことたま)の幸ふ国」と言われています。

その事の本質を感じるために、今年も夏至の頃に行われる
伊勢神宮の神恩感謝祭に参加しようと思っています。


追記
祝日ではないですが、8月15日は古くから先祖をおまつりする日です。
後々に戦没者の慰霊祭をするに良かろうと、
終戦をこの日にしたのは昭和天皇の意思だったそうです。
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by tatakibori | 2010-05-05 19:15 | 日々の生活 | Comments(0)

日本国憲法

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ウキペディアによると・・
日本国憲法は、第二次世界大戦における大日本帝国の敗戦後の被占領期に、
大日本帝国憲法の改正手続を経て1946年(昭和21年)11月3日に公布され、
1947年(昭和22年)5月3日に施行された。施行されてから現在まで一度も改正されていない。・・・

11月3日の文化の日は戦前の明治節に由来するのでなくて、この日本国憲法の公布によるものですが
明治節に憲法公布を合わせたのは間違いないようです。
それで施行された5月3日が記念日として祝日になりました。
古くから国旗掲揚運動をしている方々もこの日は揚げないようです。
「半旗」を揚げると言っていた方もありました。
敗戦後の占領下で草案をGHQが急ごしらえで仕上げたものを訳したのが現憲法ですから
「敗戦後」に区切りをつけたいと憲法改正の声はありますが、実現にはこぎつけていません。

護憲派というのもあって、今は共産党、社民党がそれにあたります。
憲法9条を無くして戦争をするのが改憲という論法に違和感を感じます。
両者はもともとは天皇制を廃止すべしという意見で現憲法を否定していたようですが、
最近はそういう過激な事は隠して、現憲法を守る立場です。

ちなみに、今日5月3日は皮肉にも語呂合わせで「ゴミの日」でもあります。
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by tatakibori | 2010-05-03 10:00 | 日々の生活 | Comments(0)