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花火

夜空に美しい花火大会の季節になりました。
花火にはもう一つの意味があるようです。
「花火を打ち上げる」には「人目を引くが長続きしない」と言うような悪い意味もあります。
最近で言えば音楽プロデューサーの小室哲哉など花火のような存在そのものです。
人目を引く事だけを考えた極端な例を上げればオウム真理教事件など最大級の花火だったと言えます。
大きな犯罪を起こし加害者になるのは人目を引く一番簡単な方法なのです。恐ろしい事です。
天才ブルース歌手のロバート・ジョンソンの「クロスロード伝説」は、
十字路で悪魔に魂を売って引き換えにギターのテクニックを身につけたというものでした。
実際に彼は27歳で不幸な死を遂げたと伝えられています。これぞまさに花火のような人生です。
ロバート・ジョンソンは後の世に大きな影響を与えた偉大なミュージシャンですが、
悪い事だけは天才にそっくりな芸術家も多くあり「花火」を打ち上げようとチャンスをうかがう輩は後を絶ちません。

どうやったら大きな「花火」を上げられるか考えてみました。

花火を上げるにはまとまった資金が必要になります。
手っ取り早くお金を集めるには宗教を利用するのがよくある方法です。
虎の威を借るか、奇跡を起こすか・・術はいくらでもあります。
例えば「水」を使えば必ず儲かります。
「命の水」「奇跡の水」「プラズマナノイオン水」とか適当なネーミングで万病に効果があるとか
糖尿病や末期ガンが治ったような信じがたい効能があれば人々はいくらでもお金を出します。
宗教団体を隠れ蓑にすれば薬事法から逃れる事ができるし「水」の信頼性もグレードアップ間違いないでしょう。

資金がある程度貯まる頃には「大花火」はどんな方法にするか考えも浮かんでくる事でしょう。
無理に斬新なアイデアを考える必要はありません。
過去に全く例のないものよりもどこかであったような事柄の方が親しみが生まれやすく
早く人々の支持を得られるように私は考えます。
花火は一人の力では上がりません。同じように花火を上げたいと願う人を探してチームを作るのも重要です。
美術の場合は世界的な賞とか美術館に展示してあるというような力のある権威そのものが崩壊しつつあるので
権威や名声はでっち上げでも通用するでしょう。
マイナースポーツのような条件付の世界なら賞も簡単に手に入るかもしれないし、賞によってはお金で買う事も可能です。
作品自体には奇策があります。
ワイセツなモチーフにすれば何か凄いけれどテレビや新聞への露出がなくなるので神秘性が高まります。
そして自分の名前を冠した個人美術館を作るのです。
もちろん設計は安藤忠雄くらいのビッグネームに依頼します。
10億円もあれば日本中の注目を集める美術館が出来上がるでしょう。
村上隆や東浩紀に頼んで芸術新潮に悪口を書いてもらえば完璧です。
美術館前の広場では右翼の集会とか盆踊り大会やB級グルメのイベントなど開催します。

平和な老後を望んだり、借金の無い人生を願ったりしてはいけません。
死ぬまでひたすら突っ走るのが花火的人生です。

私には絶対に出来ない事を並べてみました。w
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by tatakibori | 2010-07-28 20:40 | 日々の生活 | Comments(0)

短編2「昭和26年生まれのパパ」

こんばんわw
僕は昭和26年生まれ、とうとう還暦60歳まであと一年になってしまった。
僕は去年の3月まで公立中学校の美術の教師だった。
25年勤めたので年金の受給資格ができたからさっさと辞めた。
あんな窮屈な仕事によくもここまで辛抱できたと自分をほめてあげたい気分なのだ。
もう教員だったのは遠い過去の話のように思っている。
10年前に大腸ガンで亡くなった僕の親父もじつは教員だった。
若い頃、親父は組合の活動に熱心でソ連や中国へ行ったり、自衛隊反対運動もやっていた。
だが早めに足を洗って教頭になり、最後は小学校の校長で退職した。
共産主義に傾倒したのは師範学校の時にいた軍事教練の教官に殴られたから
軍国主義に反感を持ったのが始まりだったそうだ。
そんな家庭環境だったから僕も高校では学生運動の真似事をやったりしてヒーローだった時期もある。
あれは後から出てきた歌だけど「戦争を知らない子供達」だったのさ。
ビートルズとベトナム戦争反対とバイクとギターが青春だった。
勉強はしなかったので東京の予備校で2年浪人して私立の美大へもぐり込んだ。
東京へ出てからは村上龍の小説のような人生だった。
当時は重苦しい空気に悩まされたように思っていたが、今から思えばやりたい放題の大学生活だった。
内緒だがジョン・レノンや横尾忠則に憧れてドラッグも体験した。
LSDはさすがに手に入らなかったがマリファナは簡単だった。
そんなふうに自由に生きてきた僕だが、子供とはジェネレーションギャップを感じるようになった。
僕は親父の生き方には不満はあったが純粋に生きた部分は評価したつもりだ。
僕は自民党の金権政治は絶対に許せないし、平和を愛する地球人でありたいから保守的な考えは嫌いだ。
しかし、子供たちはなぜか僕の考えに反発を持っているのを感じてしまう。
南京事件は中国の捏造部分が多く事実は少ないと言ったり、朝鮮、台湾の併合は悪いことでは無かったとか言い出す。
ベルリンの壁が崩壊して共産主義が地球上からほぼ消え去った後しか知らない若者には
それを支持していた大人達は無知だと思うのだろうか。
彼らが高校生の頃に授業の後に一人が「うちの親は左翼的だよ。」と言うと
大勢が「うちもそうだよ。」「親たちは何か夢を見ているようで無責任だよな。」と盛り上がったそうだ。
そういう若者が増えて日本が世界から孤立してしまったらどうするのだろうと心配になる。
親の思いどうりには子供は育たない。




注:文中の誤字等は故意の表現です。
  間違い探しを受け付けております。w
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by tatakibori | 2010-07-26 13:40 | その他 | Comments(0)

真夏のオーディオ2

猛暑が続くとスピーカーも乾いて音がシャンとしてくるようです。
アナログレコードの方が音が良いのはCDプレーヤーの質が低いのが原因かもしれないので
もう少し実験を重ねる事にしました。
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エリック・ドルフィー「アウト・トゥ・ランチ」は機器が変わっても
レコードとCDはほとんど同じ音が出ます。たいへん不思議です。
キース・ジャレット「ケルン・コンサート」はCDの方が圧倒的に音が良い例です。
レコードは歪が多くて嫌悪感を持つような響きが耳に残ります。
私の耳はやや壊れているのである種の歪を受け付けません。
この2枚はCDで聴くべきです。
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グレン・グールドは以前にも書きましたがレコードが豊かな感じがします。
先日、紹介のリッキー・リー・ジョーンズもアナログがお薦め。
優秀録音盤として有名なドナルド・フェイゲン「ザ・ナイトフライ」は是非アナログで聴いていただきたい作品です。
こういうのを聴くとCDには何か欠陥があるように思えてきます。
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最近のお気に入り「ベートーベンピアノソナタ全集」ウィルヘルム・バックハウス(10枚組レコード)
ピアニスト用の教科書みたいなレコードですがとにかく音が素晴らしいのです。
偉大なブロンズの彫刻のような存在感です。
1960年代の録音ですからレンジはやや狭いようにも思えますが
力強さと音の生々しさやその音の純粋無垢な響きが迫ってくるように思えます。
クラシックはよく分かりませんが、単純に音だけでも聴いていて飽きません。
これの後に聴くとケルンコンサートなどチキンラーメンかマクドナルドのような
子供だましの味に思えます。
しかし、意外にもこの後スティーリー・ダンを聴くと上手く作ってあるなァと感心します。
まったくの好みの問題かもしれません。w
バックハウスは1969年に他界しているのでこの写真は60年代ですが最新のデジタルで撮ったような鮮明さです。
当時のレコードジャケットでこれほどシャープな画像は他にないと思います。
こんなこだわりまでこの全集の質の高さを示すものだと驚くばかりです。
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by tatakibori | 2010-07-26 12:57 | オーディオ | Comments(2)

民族派

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右翼の定義もよく分からないまま「民族派」という言葉を使ってしまいました。
ウィキペディアを参照していただくと分かります。
簡単に言うと任侠右翼とは違う分類であるという意味です。

「民族主義」と安易に書きましたが、すでに死語のようです。
日本は単一民族国家ではないというのは現代の認識です。
街宣(任侠)右翼には外国籍のメンバーも珍しくないという時代です。

かつて沖縄返還前に父の友人が沖縄へ行ってきた話を聞きました。
「民族派」の人です。
本土から見捨てられた沖縄の人々は「恨み」があるのではないかと尋ねたそうです。
逆に沖縄の人々の愛国心に触れて大きな感激を受けたみやげ話だったのです。
その「愛国心」とは何でしょうか。
民族と言っても沖縄は琉球王朝で独立した文化もあります。
生まれた故郷(土地)を愛する心もありますが
日本人の愛国心は「言葉」ではないかと私は考えます。
前日、亡くなった劇作家(演出家)つかこうへい氏は民族の血としては韓国ですが、
私は彼も日本人だと思っています。
思想的にどうあれ美しい日本語を知って、頭の中はそれで動いているのは日本人です。
彼の遺言は名文だし、その考えは日本人的で多くの人に感動を与えました。
台湾や韓国には自分は日本人だという現地の老人が多くいます。
彼等の母国語は中国語や朝鮮語ですが小学校から受けた日本語教育で美しい日本語を
学んで日本人になったそうです。
本国の我々よりよっぽど美しい言葉遣いで話します。
日本が好きで愛国心もあると言うのですからおそれ入ります。

「言霊(ことだま)」と言いますがそれこそ「アイデンティティー」であり
国を一つに結び付けているのです。
言葉や文学を真剣に考えれば一つの到達するところがあります。
逆に言えば、社内公用語を英語にする会社もあるようですが
頭の中で英語で考えるようにならなければ何の意味もないように思えます。

大江健三郎さんには日本語から離れて、是非英語の文学を書いていただきたいのです。
そして、その日本語訳本なら買って読んでも良いかと思うのです。
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by tatakibori | 2010-07-24 19:13 | その他 | Comments(0)

右翼

このブログを読んで「お前は右翼か?」と言われる事があります。
心情的には右翼に近い部分もありますが・・・、右翼とは何でしょう。
最近は、一般に任侠の団体で街宣車で活動している暴力団と関係の深い組織を示すようです。
スピーカーから出ている騒音によると民族主義的な主張が多いようです。
かつて昭和の頃、数寄屋橋の街頭演説で有名だった大日本愛国党(赤尾敏)の
スタイルを真似ているのが右翼というのが我々の世代の共通認識だと思います。
反共産主義が中心で親米英、親韓と言う印象もあります。
市ヶ谷の自衛隊で自決した三島由紀夫も右翼という印象です。
三島は青山の「大東塾(影山正治塾長)」と親しく大きな影響を受けています。
絶筆には大東塾十四烈士自刃事件の事が夢の中の出来事として描かれています。
その強い憧れが市ヶ谷事件になったのだと私は想像します。
大東塾は戦前からの民族派の団体で今もその世界に与える大きな影響力を持っています。
正統派の民族主義は大東塾抜きには語れません。

私の祖父は戦争中に「勤皇まことむすび」を支持していたそうです。
戦後も津山の同志というか民族派との交際はありました。
父の話によると、戦後になってカント哲学者の松永材との深い交際で
大きな影響を受けたそうです。
保田與重郎先生から受けた影響が最も大きいのは事実です。
私はそういう環境の中で育ったので、若い頃には民族派の集会に参加した事もありますが
馴染めない事が多かったので仲間にはなれませんでした。
柳井道弘さんに「お前のような右翼ゴロツキと保田文学は世界が違う。
言霊の雅の世界はそんなものではない。」と厳しく言われて驚いた事がありました。
後年になって柳井さんが親しくしていた若手の民族派の人達がまるで総会屋だったり、
恐喝まがいの集団であった事を知った時には逆に驚いてひっくり返りそうになりました。

警察庁の右翼担当で諜報活動をしていたNさんは、私の仏像のファンでずいぶん応援していただきました。
Nさんは退職後に「全国の民族派は全部回って調査したがどこも似たようなものだった。
恐喝のような事に一切手をつけなかったのは日本原(父の仲間のグループ)だけだった。
尚公さん右翼の連中と付き合わないほうがイイですよ。」と私に言いました。

私は心情的には右翼に近いですが、右翼とは全然違います。
地方選挙なら考えが合えば共産党でも公明党でも支持します。
当地の日教組の有名な活動家だった中学時代の恩師K先生の葬儀に参列した
同級生は私一人でした。
心根のきれいな人なら思想で拒絶したりしません。
ただし、私には私の考えがあり、信念があると言う事です。
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by tatakibori | 2010-07-22 21:04 | その他 | Comments(4)

メタボリック

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「メタボ」とか「メタボリック」と言う言葉をよく耳にします。
数年前から急に流行ってきたようです。

ウィキペディアによると
メタボリックシンドローム(英: metabolic syndrome、代謝症候群、単にメタボとも)とは、
内臓脂肪型肥満(内臓肥満・腹部肥満)に高血糖・高血圧・高脂血症のうち2つ以上を合併した状態をいう。

metabolic
[形]((通例限定)) 1 物質交代の, (新陳)代謝の. 2 変態する. met・a・bol・i・cal・ly[副]

どこにも太ってお腹が出ているという意味はありません。
一見痩せ型でも高脂血症の人はたくさんいます。
内臓型の肥満ですから皮下脂肪の量とは直接は関係ないのでしょう。


ネグレクト(育児放棄、監護放棄)、これも流行語みたいですが
「neglect」ですから発音表記は「ニグレクト」のほうが正しいように思えます。
やや差別用語的なNegroid(黒色人種)に似ているから「ネ」とあえて間違えて読ませるのでしょうか。
それともスコットランドの方言か・・・w

言葉の氾濫、誤用、おかしな流行、わざと違う読み方等々の
言語の乱れは複雑に変化を続ける社会の意思の疎通を阻害し
誤解や争いの原因に発展する恐れさえあります。
少しでも正しい言葉を使いたいと思うのです。
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by tatakibori | 2010-07-21 21:01 | その他 | Comments(0)

真夏のオーディオ

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一つ覚えのLPレコードとCDの聴き比べです。w
梅雨が明ける頃が一年で一番アナログレコードの音が良いような気がします。
カートリッジのダンパーのゴムが柔らかくなる事、
湿度が高くて静電気が発生しない事が大きく貢献していると思います。
最近、CDを手に入れたリッキー・リー・ジョーンズのデビューアルバムで聴き比べてみました。
リッキー・リー・ジョーンズは「POP POP」というアルバムがオーディオマニアには
高音質で有名だそうですが、私はデビューアルバムの方が内容も音も良いと思います。

結果はLPレコードの圧勝です。
今までこれほどの差でアナログが良いと思った事はありません。
低音の反応も音の密度も圧倒的に優れています。
CDはデジタルリマスターでなくて初期のものだと思います。
とても固くて痩せた音に思えます。
一般にCDの方が音が大きいので比べる時はボリュームを絞るのですが
今回はほとんど音圧の差がありません。
パチパチノイズの少ない季節はアナログも無音状態からいきなり大きな音が始まってびっくりします。
コンディションを上手くもっていけば、まだアナログの方が有利という事なのでしょう。

せっかくなので、古い録音(50~60年代)のグールドとかバックハウスなどピアノも引っ張り出して聴いてみました。
パチパチ言わないからゆったり聴けます。
満足感のある、有意義な海の日でした。
暑い夏はアナログレコードを楽しみましょう。
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by tatakibori | 2010-07-19 19:57 | オーディオ | Comments(0)

短編小説「成り上がり」

日本の借金が増えた原因を作った一人の男を
2ちゃんねる風短編小説にして書いてみました。





俺の家はオヤジの代からの玩具メーカーだ。
オヤジが独立した1960年代には県の産業課の指導があり
ジェトロがアメリカへ輸出する世話をしてくれたらしい。
おかげで一時は従業員60名と内職400人を抱えた大所帯で
すいぶん落ち着かない生活だったのは覚えている。
だが良い時代は長く続かなかった。
今から考えてみれば、1970年代に入り為替相場が変動制に移行したから
アメリカ向け輸出が厳しくなったのが大きな原因だと思う。

それでも蓄えもあったのだろう、俺は2流ながら東京の私大へやってもらえた。
学生時代に遊んだのでそれほど良い仕事にもありつけず無名の商社へ就職した。
世はバブル期にさしかかっていて景気は良かったような気がするが、
直属の上司が取引の手形をごまかして会社に大きな穴を開けた。
少しは事情を知っていた俺は引責という事で依願退職になった。
帳簿上は俺も数百万円懐に入れたようになっていて、
俺は納得いかなかったがオヤジが工面して弁償してくれた。

それでオヤジの工場を手伝うようになったのだ。
帰ってみるとかつての面影はなく、家族以外の従業員は4人で内職はほとんど無し
と風前の灯のようなありさまだ。
それでも新型のNC工作機やプラスチック成型機などけっこうな設備投資で
思った以上の借金があった。

もう60を過ぎていたオヤジはなんとか借金を返して引退しようとあせっていた。
あるツテでアニメのキャラクター商品の独占使用権が手に入りそうになった。
資格審査があるので会社の体裁や業務、資金内容を整える事にした。
ようするに見栄を張って会社を大きく見せようとしたのだ。
残念ながら大きなライバルが現れていとも簡単に仕事をかっさらっていった。

後に残ったのはきれいな新工場と返済不可能な借金だった。
年商が1億に満たない町工場に膨れ上がって3億になった借金は返せない。
俺の人生は事実上、借金の奴隷になったようなものだ。
昔からの従業員は簡単に首は切れないし、辞めてもらっても仕事が出来なくなる。
ボーナス時期には、それでもいくらかでも出そうとクレジットカードのキャッシングを
目一杯借りまくった事を今でも思い出す。
銀行はどのような書類を作ってもこれ以上は出せないの一点張り。
銀行の付き合いで入った保険も景気悪化で大きな損も出たがそれは知らん顔だ。
もう一生、銀行員は信じないと固く心に誓った。
運転資金は同業仲間に頼み込んで手形を借りて作っていた。
当時はそんな事はあたり前の時代だった。
後から考えてみるとこの分に関しては支店長も窓口も知らぬ顔で
ずいぶん便宜を図ってくれていたのだった。
日本が好景気だなんて嘘だと信じていたから
バブルがはじけたと言うのも全く実感は無かった。
いつも預金はゼロだった。

大手の企業や公務員は所属する組織がいくら大きな負債を抱えていても
そこに所属する個人の信用には関係ない。
俺たち零細自営業者は大きな負債があると人間としての信用を失う場合もある。
他人の目がいつも俺をあざ笑うように見えた時代だ。

4人の職人さん達が定年退職したのを機会に、友人Aの食品商社の世話で中国旅行をした。
そこで偶然に知り合った人達の縁で中国に工場を持つ事になった。
工場と言っても最初は100万円ほどの投資でほんの小さな町工場は今までと大差なしだ。
なんとか中国工場が稼動できるようになった頃、友人Aが玩具菓子の玩具の話を持ってきた。
最初は工場がフル稼働できれば良いと思って飛びついた話だったが、その商品はヒットした。
おかげで、ようやく高利の借金など整理できた。
まだ景気の良かった時代なので調子に乗ってBMWなんぞも買ってみた。
借金完済は遠のいた。
それでも、俺の人生もまんざら捨てたものではないなと思ったりした。

日本の玩具菓子のヒットは世界に流行し、海外から同様の注文が入るようになった。
一億3千万の日本と70億の世界では単位が違う話もあった。
面白いように事業は急成長して、借金は簡単に返済してしまった。
その後ライバルの出現もあり、今はそれほど儲かるような時代ではないが少しばかりの蓄えもできた。
税金の未払いで差し押さえにあった恨みから(笑)、余ったお金は香港の銀行と
スイスの銀行へ大半を預けてある。金塊も手では持てないほどある。
それでも申告所得は150万円ほどで税金はほとんど払ってない。
払う気もないが、脱税ではない。合法的な節税だ。
あいかわらず車はハイエースとアクティで近所の目もごまかしてある。
ほんとうはサーキットの近くのガレージにフェラーリが隠してある。
外観は20年前と大差ない自宅だが地下にはジムとホームシアターをこっそり作ってある。
じつは俺はネット上ではライカとビンテージギターのコレクションで有名人なのだ。
国の借金がいくらあろうとも、銀行や大手企業が潰れようとも俺には関係ない。
苦しかったあの頃の妄想を現実にしてのんびり余生を送るだけだ。
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by tatakibori | 2010-07-15 13:46 | その他 | Comments(0)

政党がなくなった

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選挙の結果について色々な意見を読みました。
不安定な政局に対して「民主党を支持して政権を任せたからには
もう少し時間を与えるべきだった。」という民主党支持の意見も多くあります。
国民の意思として今回は自民に入れたある意見がありました。
「今の日本には政治は不要、ヘタな事をするくらいなら何もしなくて良い。」
一見、無茶な考えのようですが案外これが真理ではないかと私も思います。
不安定な政局は政治家が政治の上にあぐらをかいて利権をむさぼる事にブレーキをかけます。
本来、政党とは名誉や徳目による結合であり、私利私欲に基づく人間集団(徒党)ではないとあります。
今の民主、自民はもはや政党ではありません。

高校の同級生Y君は有名な江戸時代の武士の社会の研究家ですが、参勤交代にも詳しいそうです。
参勤交代制度の目的は、諸大名に出費を強いることでその勢力を削ぎ、
謀反などを起こすことを抑止するためだったとされます。
これにより大名は多額の負債を抱え不安定な財政に苦しみました。
また参勤交代により街道が整備され宿場が賑わい、江戸の文化が地方へ伝わり
その経済効果は計り知れないほど大きかったのです。

今の不安定な政局は考えようによっては参勤交代と同じような効果があります。
政治家達は追い詰められた状況で仕事に励まなければなりません。
まさに徳川家康の「人の一生は重き荷物を負うて遠き道をゆくがごとし」です。
重いものを背負って人間は一人前です。
伊勢神宮の式年遷宮は20年のインターバルで多くの建物を建替えます。
それは神宮を守る人々にとっては限界的な大きな負債があるのと同じです。
日本で一つだけの国のための神社は常に大きな重い荷を背負い続けてきたのです。
前に進めないほど辛い事もあるでしょうがそれに耐えて国も進んで行かなければ
ならないのだと思いました。
西洋の理論で考えただけでは日本の国民の意思は分かりません。
人々の意思の総意は神の意思でもあるのかもしれないし、
これから今までには無かった新しい政治の形態が始まるのかもしれません。
時代は常に必然に流れます。
戦後のおかしな歴史教育を受けたからそれが見えないだけのように思えます。
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by tatakibori | 2010-07-13 20:10 | 日々の生活 | Comments(2)

自民党を選んだ人たち

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参議院選挙は民主党の惨敗に終わりました。
去年の9月に、総理大臣の足の引っ張り合いしかできない自民党に
愛想をつかし多くの国民は民主党を選んだのがずいぶん前のように思えます。
前回2007年の参議院選挙時点で国民は自民党にはNOを出していたのですが
衆議院選挙は2009年まで待たなければなりませんでした。
結局その間衆参ねじれ国会で政局は不安定化し景気は悪化し続けたのです。
先伸ばしされていた衆院選挙で民主は圧勝し日本の政治は新たな時代を迎えるはずでした。
民主党のお粗末ぶりは今更書くほどの事はありませんが、
案の定、参議院選挙でこの有様です。
またもや国民はねじれ国会という不安定な政府を選んだのです。
2007年に民主を選んで、2009年にも民主を選んだのに
今回自民に入れた人が必ずいる筈です。
今回のYahooの調査によると民主党に入れた人は23パーセントです。
実際の数字とはややズレがあるのはネットユーザーの意識と全ての国民の
意識は同じでないという事です。
民主党の支持母体というか組織票は連合系労組が多く、日教組などもその大きな存在です。
Yahooのアンケートに答えなかった支持者はそういう組織票だと思います。
浮動票という特定の政党を支持しない人たちが前回は民主、今回は自民と
選挙の度に投票する政党を変えているのでしょう。
こうやって不安定な政治状況を選んだのはその人達とも言えるし
それが国民の意思であるとも言えます。

比例区以外の選挙は個別の戦いで政党よりも候補者が選ばれると思います。
我が岡山県は今回は民主の江田氏(仕事が乱暴な参院議長)で前回は問題のある民主の女性、
6年前は江田でした。参院は任期が6年だから某女史もまだ3年任期があるし、
69歳の江田氏は75歳まで国会議員を勤めます。
岡山は県知事にしても左から現れて右へスーッと移動したり、
前知事の政策を継承すると言いながら、後始末に専念したりで
向きを変えるのが得意で、ご都合主義の無責任な県民性だと思います。

政治家不在の政府が何時まで続くのか不安ですが
これが国民の選んだ現状ですから仕方がありません。
分かっていた結果とは言えたいへんな時代になったものです。
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by tatakibori | 2010-07-12 16:20 | 日々の生活 | Comments(0)