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国民文化祭

今日から「第25回国民文化祭・おかやま2010」が始まります。
歴史が浅いからご存じない方も多いと思いますが「文化の国体」と言われ、
高校の体育祭、文化祭の拡大版での国文祭とお考え下さい。
分厚いパンフレットがあったり、地方紙の記事や関係者の話で
イベントが盛りだくさんという事は知っていました。
シンポジウム「地域と文化」では「アジアのこころ日本のこころ」
と題して五木寛之氏が基調講演をする・・・までは知っていたのですが、
パンフレットのそのページの下の方を見落としていました。
今朝の山陽新聞で知ったのですが、その後にパネルディスカッションがあります。
コーディネーターは大原美術館の大原氏、パネリストは
映画監督の崔洋一、評論家の松本健一、法政大教授で日中文化比較の王敏です。

あきれ果てるような人選です。これは税金のほんとうの無駄遣いとしか言いようがありません。
崔監督については今更言わなくてもご存知の方が多いでしょうが、
在日韓国人というより只の学生運動崩れの左翼ゴロツキです。
強制送還すれば良いのですが韓国政府に入国を拒否されるでしょう。
王敏についてはアマゾンで「ほんとうは日本に憧れる中国人」の書評をご覧下さい。
いちばん性が悪そうなのは松本健一です。
この人の書いた保田與重郎に関する文章はほんとうに不快です。
あそこまで曲げて読まれると保田師も気の毒としか言いようがありません。

人の考えは多様で、言論を力で抑えるのは間違いですが
あえてこのような人選をする意図は全く理解不能です。
岡山においてアジアの未来を考えるために並べるような人では絶対に無いはずです。
「非国民」というレッテルを貼っておきたいような人でも文化勲章を受けたり
文化功労者に選ばれるのですから、「これがあたり前と思え」という事なのですか?
それとも国文祭は日教組の大会の延長ですか?
民主党政権だからこうなったのではないように思えます。
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by tatakibori | 2010-10-30 10:49 | その他 | Comments(4)

目指せナルシスト

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自分では自己顕示欲とか自己愛は人並みにあると思っています。
人からは、どうも今一歩踏み出せないような弱さがあると言われます。
それは「ナルシズム」の不足からくるのではないかと考えました。
職業柄から考えればナルシストであるのは恥ずかしい事でもないし、
やや「痛い」くらいの人の方が良い仕事をするようです。
私の場合、ともすると行動に思想やメッセージを求めようとするのもいけません。
もっと考えや行動を耽美的にしなければなりません。

ナルシストはその人格の持つ世界が狭いほど崇高です。
語の由来はギリシア神話に登場するナルキッソス(Narcissus、フランス語ではナルシスNarcisse)である。
ナルキッソスはギリシアの美しい青年で、エコーというニンフの求愛を拒んだ罰として
、水たまりに映った自分の姿に恋するという呪いを受けた。
彼はどうしても想いを遂げることができないので、
やつれ果てた挙句スイセン(narcissus)の花になってしまった。
(ウィキペディアより)

語源から考えると彼の持つ世界は水溜りと自分の距離だけです。
尾崎豊ならベッドの上とか教室の机だけのように思えます。
おおむねJ-popなどの世界はぜいぜい8畳くらいでしょう。
中原中也とか太宰治なら頭の中だけで生きているようです。

セルフポートレイトも鏡も大好きでありたいものです。
なかなか難しそうです。
そもそも自分を客観的に見るようではナルシストにはなれません。
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by tatakibori | 2010-10-28 19:22 | その他 | Comments(10)

ホームページ10周年

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叩き彫のホームページを開設したのが2000年10月30日でした。
満10周年を迎えます。
最初はトップページに新作をどんどんアップしてやろうと思っていましたが
集中できる時は良いのですが、注文の仕事が入ると出来ないし
ペースが安定しないので難しい事でした。
やがてホームページからブログの時代に移行してネットは個人日記であふれました。
10年前にはMACでタグを使ってコツコツと書いている人も多かったのですが
そんなホームページはもうほとんどありません。
私が最初にホームページを作ろうと買ったパソコンは17インチのCRTモニターで
HDDが30GB(?)、メモリーが64メガ、ウインドウズ98の富士通でした。
台風で水害に会いましたが今でも動きます。
今は24インチモニター、HDDが1Tでメモリーが4GBと夢のような世界です。
mixiが流行ったり、Twitterに情報発信が移るなど時代はめまぐるしく変ります。

ネット上では会話と違って顔が見えないし、文章だけのやりとりになるから
その表現力が求められます。
ネット社会だけで通用する言葉も多く登場してきましたが
10年前から今もあるのは(笑)くらいかもしれません。
やはり基本は読み書きの能力だと思います。
人の文章をちゃんと読むという事が自身のしっかりした考えを持つ事につながります。
受け取りようでは反対の意味に取れるような文章もあります。
意思の疎通とはつくづく難しいと思います。
もともと文章を書くプロの人たちの間でも争いはとても多いのです。
自分の考えを表現するのはとても難しく、またそれだからこそ面白いと知ったのがこの10年です。
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by tatakibori | 2010-10-23 21:04 | その他 | Comments(8)

細君譲渡事件

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BS・TBSのSONG TO SOULという番組があります。
8月にデレク&ドミノス(エリック・クラプトン)の「レイラ」の特集がありました。
ロックファンなら言わずと知れたビートルズのジョージ・ハリスンの妻パティ・ボイドへの
熱い思いを歌いあげた1970年の名曲です。
パティはミニスカートが似合うほんとうに美しい人です。
多くの男があこがれたそうです。
ジョージとエリックは親友で当時は同じ町のすぐ近くに住んでいたのです。
その後エリックとパティが結婚したのはずっと後の1979年でした。
「レイラ」は意外にもブルースの名曲のフレーズを使ったり、
メンバーのジム・ゴードンのガールフレンドだったリタ・クーリッジのピアノを引用したり
オリジナルでないアイデアもあったそうです。
ファンとしては、死の直前のデュアン・オールマンの参加などブルース・ロックの
たいへんリラックスしたセッションの録音という印象ですが、
全体のテーマはかなわぬ愛の歌だったのです。

遠い英国のロック・ミュージシャンの話ですが、
全く同じような事件が昭和初期の日本でありました。
これが「細君譲渡事件」です。
文豪・佐藤春夫が谷崎潤一郎の夫人・千代に横恋慕し、譲り受けて
3人連名の挨拶状まで知人に送ったそうです。
両人ともその後、文化勲章を受章していますから常識では考えられないような出来事でした。

人の愛の有り様は複雑でまさに十人十色と言えます。
その過程がどうであれ真実の愛を貫くのが人の道とも言えます。
有名な人ならスキャンダルとして語り草にもなりますが、
語らずとも同じような愛をひっそりと貫いた人も多くあるには違いありません。


追記
「レイラ」にあたる佐藤春夫の詩は「秋刀魚の歌」です。
「あはれ 秋風よ 情(こころ)あらば伝へてよ・・・・・
さんま苦いか塩(しよ)っぱいか。・・・・・」
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by tatakibori | 2010-10-17 19:07 | 音楽 | Comments(4)

アート

Art : 芸術
     表現者あるいは表現物と、鑑賞者とが相互に作用し合うことなどで、精神的・感覚的な変動を得ようとする活動
ローカルニュースでは今月末からの岡山国民文化祭や夏から開催中の瀬戸内国際芸術祭と
その関連イベントの話題が多くなっています。
奈義現代美術館が1994年にオープンした頃からでしょうか、
盛んに「アート」という言葉を聞くようになりました。
2004年に、香川県直島の地中美術館がさらに拍車をかけました。
岡山県は北に奈義、南に直島という大きなアートの拠点が出来上がったのです。
当初は理解し難いコンテンポラリーアート(現代美術)に批判的な意見も多く出ていました。
やがて若い作家も増え、イベントも多くなり社会が「アート」を受け入れ始めたように思えます。
岡山ローカルニュースの世界では「アート」は「インスタレーション」、「パブリックアート」
「コンテンポラリーアート」などと位置づけられるものだけでなく既存の美術作品も含まれています。
でもあえて「アート」という言葉を使うにはそれなりのジャンル分けもあるように思えます。
ひとつは、従来の権威や格式にとらわれないで誰でもアーティストであると認めている事です。
ビジネスとしての商品価値を求めた表現者や商人が主導のものから鑑賞者と表現者の関係を
重視したものへの変化も感じます。
一つの解釈ですが、その芸術における「プロデューサー」が作家あるいは美術商などから
鑑賞者へ移ったのではないかと考えます。
これは茶の湯の文化の持っていた高度な芸術の世界と同じです。
「茶事」(茶会)は高度な芸術の集大成で亭主の美的センスが問われる一大イベントでもあります。
そこにおける演出はまさにインスタレーションそのものであります。
その場合の演出は「整える」という言葉が似合います。
そう考えると今の流行が何故広がるか、受け入れられるのかが簡単に説明できます。
既存の美術が大きな不況にさらされている中で新しい意識が芽生えて時代を変えようとしている事は確かです。
盛んに言われる「アート」の中には日本人の持つ美意識を呼び覚ます何かの革命があるようです。
ものつくりこそが未来を切り拓く方法だと私は考えています。
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今朝の新聞に紹介のあった奈義現代美術館の竹細工による展示です。
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こちらは美術館前庭の流木アート
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by tatakibori | 2010-10-16 11:18 | その他 | Comments(0)

from USA

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サイモン&ガーファンクルと・・
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ニール・ヤングやCSN&Yも好きです。
ここまで紹介したら、皆さんお気づきでしょうがアメリカの音楽に趣味が集中しています。
英国のロックもブラジル音楽も好きですが、
それらもアメリカ経由のものが圧倒的です。
ロックやソウルの原点と言えるブルースもあります。
またそのルーツであろうアイルランドの音楽も少しばかりコレクションしています。

私たち日本人の中年層の好みは全てアメリカ文化と言って過言ではありません。
敗戦後のアメリカ主導の政策によって教育されたからそうなったとも言えます。
それ以上にアメリカのポピュラー音楽が優れていた事も当然あります。
しかし、本質的にはアメリカの映画やジャズを日本に紹介する事により
文化の共有という「侵略」が行われたのは間違いありません。
自動車も同じです。
ドイツ車やボルボが人気になったのもアメリカ経由である事は多くの人は気づいていません。
悪いものが入ってきたのではないから、否定はしません。
遡って考えると、これは敗戦後の傾向でなく明治以降ずっと続いてきた
西欧へのコンプレックスが根底にあるようです。

私の仕事で考えてみましょう。
私は美術の世界で分類すると柳宗悦の民芸運動の流れを汲んでいる事になります。
極めて日本的世界で民族主義的とも言えるようですが、
深く観察していけば「西欧から見た日本の民俗美」という視点である事に気がつきます。
まるでカーグラフィックの欧州車至上主義と同じ世界であるようにも見えます。
柳宗悦は「在日日系英国人」のように思えてきます。
日本人である事を捨てて見ると素朴な日本文化に新鮮な感動があったのです。

先日の尖閣での衝突事件で多くの日本人は忘れていた多くの事を思い出したようです。
歴史認識は共有できないと言う事を含めてです。
「邪馬台国の卑弥呼」は「魏志倭人伝」にある僅かの記述です。
日本人の大好きな「外から見た日本文化」ですから新鮮な感動があり、
ありがたく教科書に載っているので多くの日本人は信じています。

家庭、学校、社会における教育は重要で、それが体に染み付いていきます。
何が真実か、私たちはどこから来て、何処へ行くのかと言うような
人間としての深いテーマを懐の深いアメリカ音楽から学んだような気がします。
これが退廃的で悪だと言うのは浅い考えのように思えるのです。
カナダ人のニール・ヤングが調子外れのエレキギターを弾きながら
南部黒人差別をテーマに「サザンマン」を歌ったのは滑稽にも見えますが
社会を少しくらいは変えたに違いありません。
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by tatakibori | 2010-10-13 10:19 | 音楽 | Comments(2)

cocaine

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オールマン・ブラザーズ・バンドのデュアン・オールマン、
リトル・フィートのローウェル・ジョージ、
それにジェシ・エド・デイビスの3人は共通点を多く持ちます。
スライド・ギターの名手である事、麻薬のやりすぎで夭折したのも同じです。
まるでコカインかヘロインの白い粉が飛散っているような輝く音楽です。
ゆるいリズム、リラックスした演奏ながら張り詰めたような緊張感にみなぎる不思議な音楽も同じです。
リトル・フィートの1979年のライブ「waiting for columbus」は最近気に入ってよく聴きます。

麻薬で夭折した天才ミュージシャンはジミ・ヘンドリックス、ジャニス・ジョプリンをはじめ
ビリー・ホリディ、エリック・ドルフィ、スコット・ラファロなど数え上げればきりがありません。
ビル・エヴァンスも今の感覚なら夭折と言えるでしょう。
きっとほとんどのミュージシャンが体験しているのだろうと思います。
LSDと言うとジョン・レノン、グレイトフル・デッドなど連想します。
喘息があるのでドラッグを嫌ったセロニアス・モンクだけが例外なのかもしれません。
20世紀の音楽は麻薬漬けだったと言えます。
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by tatakibori | 2010-10-12 19:54 | 音楽 | Comments(0)

eleanor rigby

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ジョン派かポール派かと聞かれたら、ポール派と答えます。
ビートルズで好きな歌を挙げていくと、
「eleanor rigby」「yesterday」「the long and winding road」「hey jude」など
ポールの歌が思い浮かびます。
初期よりもジョンがボブ・ディランの影響を受けて難解な詩を書いたものの方が
より味があるように思えます。




このシリーズ、多すぎてきりが無いのでもう少しで止めなければなりません。w
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by tatakibori | 2010-10-11 19:07 | 音楽 | Comments(0)

tears in heaven

エリック・クラプトンはコレクションしていません。
半分はレンタル等です。
田舎のレンタル店に置いてあるくらい一般に人気があるという事です。
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CDにはありませんがジョン・メイオール & ザ・ブルースブレイカーズ、クリームを含めてLPレコードも少しあります。
初期の頃から完成されたスタイルを持っている素晴らしいミュージシャンです。
古い巨木のような存在感すらあります。
息子を不慮の事故で亡くした悲しみを元に書いた「tears in heaven」は彼の大きな転機だと思います。
その後の「MTVアンプラグド」の大きなヒット(全世界1500万枚、日本で120万枚)がさらにファンの年齢層を広げています。
最近の私のお気に入りはクリーム時代と2002年のライブ「One More Car, One More Rider」です。
二つ続けて聴くと筋の通った人だと感心します。
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by tatakibori | 2010-10-11 10:22 | 音楽 | Comments(0)

tangled up in blue

英語は苦手だけど、Tangled Up in Blueを「ブルーにこんがらかって」と訳す意味がないのはわかります。
ボブ・ディランの詩はすべて難解です。
ディランが現れなかったらロックは今と全く違ったものだったでしょう。
ビートルズもジミ・ヘンドリックスもポール・サイモンも大きな影響を受けています。
ジャクソン・ブラウン、ライ・クーダー、ダイアーストレイツ、イーグルス、ブルース・スプリングスティーンなど
存在すらなかったかもしれません。
日本のフォークやロック、J-POPの始まりもディランの影響そのものと言えます。
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そういう意味ではないですが、敬意を持ってコレクションしております。

聴きこめば、民族や言語の壁を感じる事もあり、
日本人とは根本的に相容れない何かを持っているようにも思えてきます。

公民権運動的な怒りをぶつけた「Hurricane」(Desire)、
幻想的で難解と言うより意味不明の「Gates of Eden」(Bringing It All Back Home)などが好きです。
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by tatakibori | 2010-10-10 11:27 | 音楽 | Comments(2)