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ふるさと村で叩き彫り展開催中

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久々の首都圏での叩き彫展が、24日から始まっています。
色々な会場を経験しましたが、これほどの雰囲気は滅多にありません。
京都・鹿ケ谷の法然院という名刹の講堂が最高でしたが
あれは330年の歴史があるから世界が違います。
比較の対象にそこまで出てくるような落ち着いた空間です。
今の首都は拡大して、西は小田原くらいまでが広義の東京と考えられるそうですから、
横浜市の北の外れと言っても都心まで20kmと世界最大の都市東京の中心に近い場所に
個人経営のこういったスペースを維持するのは奇跡のようにも思えます。
29日までやっていますので、ぜひお出かけください。
きっと、小さな感動があります。

場所は
寺家ふるさと村 郷土文化館 
〒227-0031 横浜市青葉区寺家町602 
電話 045-961-5862
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by tatakibori | 2010-11-26 05:04 | 仕事 | Comments(6)

芸術の才能とは

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芸術は何代もかけて取り組まねばならない訳ではありません。
芸術の才能は、往々にして何かのプラスの才能でなく
マイナスの才能だからです。
バランスよく発達した精神では平凡な表現しかできないのです。
アンバランスこそ「天才」なのです。
それが足りないから20世紀の芸術は麻薬に頼ったものが多いのです。
悪いところだけ天才にそっくりという悲しいケースもあります。
ネガティブに考えると芸術を世襲していくなど、
とんでもない話かもしれません。

しかしながら、プラスの才能も不可欠であり
幼い頃からの修練が必要な芸もあります。
生まれ育った環境も才能のうちという意味です。
何も芸術に限った話ではありません。
学問でも、経営でもスポーツでも同じです。

追い上げてくる近隣諸国の高い生産能力に
我が国が対抗していくには
そういったレベルの高い技術や才能がたいせつです。
ニートが増えたのは、そういう意味では面白い状況とも言えます。
個人レベルでは困っているのでしょうが
ちょっと引いて遠くから全体をみると
プラスの才能、マイナスの才能が溢れはじめ
新しい時代がそこまで来ているように見えます。
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by tatakibori | 2010-11-22 12:10 | その他 | Comments(0)

難しい生業としての芸術

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私は木彫を生業として3代目です。
初代の祖父は若い頃から木彫だけで他の仕事をしたことはほとんどありません。
その前の曽祖父は大工でした。
大工として成功した曽祖父は社寺建築なども手がけるようになって、
当時(大正時代)、ブームでもあった木彫刻に注目したのです。
自分でも大黒さまなど彫ったようですが、その道の深さに気づき、
息子を修行に出したのです。
少しばかりの財産を残した親のおかげで祖父は木彫に専念できたのです。
時代は戦争に向かったので仕事を得る事は難しかったのですが,
祖母の実家の援助もあり祖父はひたすら芸術の道を目指したようです。
戦後になって、開拓入植して農業を始めたのですが家族の中で
祖父だけは農業をしないで木彫をやっていたそうです。
たいして売れないのですから信じられないような強い意志です。
この場合は木彫刻で食べていたとは言えないと思います。
今で言えば自宅警備員にきわめて近いかもしれません。

その次の代、父は戦後の混乱が収まってきた昭和30年ころから
木彫刻の専業を目指して開拓地から出ていきました。
経済の成長期に人生が重なった世代ですから運も良かったのでしょう。
それに昭和の頃は個人でもお金を借りて事業を大きくするのが普通です。
適度なインフレが借金を軽くしてくれました。
身に余る適度な(笑)借金が仕事へのプレッシャーを与え続けてくれます。
父は大きな仕事が残せたと思います。
多くの成功した芸術家もスケールが違うだけで似たようなものだと思います。
財産を残せるほど堅実な人は稀です。
多くの場合は影で家族が犠牲になっていると思います。
「芸術には金がかかる」と言われますが、真実なのでしょう。

それから、私の代になってどうかと言えば・・・
生活は祖父や父の代よりも楽になったと言えます。
時代が豊かになったからだと思います。
少ない収入でも田舎暮らしの利点を生かし細々と木を刻んで生きています。
先祖はお金や土地など形のある財産は残してくれませんでしたが、
形の無い色々な事柄や考えが伝わっているような気がします。
3代目と書きましたが、志は曽祖父から始まっていますから実質的に4代目です。
まだ後に何らかの形で残っていくと思います。
木彫刻は続かないかもしれませんが志は伝わります。

アーティストがしっかり生きていくには何代もかかる場合があると思います。
アーティストに限らず、政治家でも世襲の何世議員に優れた人が多いのは事実です。
ニートからの脱却と言いましたが、ニートは何かの過程であり、始まりかもしれないのです。
ニートになれるだけ豊かな環境があるとも言えます。
肝心なのは「志」があるかどうかです。
多くの人は日本人として慎み深いので大袈裟に「言挙げ」しないし、出来ないので
漠然とした気持ちの中でひっそりと引きこもっているのです。
個々の例を言っているのではありません、社会全体の状態から感じる事です。
引きこもりに近い祖父は貧しくとも心豊かだったと思うからです。
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by tatakibori | 2010-11-21 19:11 | その他 | Comments(0)

ニートとアーティスト

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以前、自宅警備員について書きましたが
そもそもは「NEET」と言って「16〜18歳の教育機関に所属せず、雇用されておらず、職業訓練に参加していない者」と英国で定義された言葉です。
しかし、日本に入ってきて当初は35歳未満の若年無業者を指す言葉として定着しました。
ここからカタカナの「ニート」として一人歩きを始めたようです。
その後、意欲の無い人々を含む広い範囲の状態を表す言葉になったようです。
現在では引きこもりでなくても働いていても精神的なニートや主婦ニートもあるようです。
言い換えれば「ごくつぶし(穀潰し)」のような存在です。
こちらは本来は江戸時代のたいした仕事もしないで石(ごく)だけを貰っている武士を指す言葉です。
扶養してくれる親や大名があるからニートになれるので
私のように雇用もされていない、親もいない場合は残念ながらニートには当てはまらないようです。

アーティストは本来生産性の低い仕事をするのですから仕事をしていて
社会性があってもニートにきわめて近い存在です。
それに、アーティストには資格など要りませんから、
「今日から私は詩人だ。」と宣言すれば作品などまだなくても立派な芸術家です。
そうです、アーティストは自称する事が一番重要なのです。
古物商や飲食店なら届出が必要ですがそれも要りません。
アーティストの場合はどうやって糧を得てそれを生業とするかが問題です。
その部分が未完成ならいつまでもニートと呼ばれる可能性があります。

         つづく
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by tatakibori | 2010-11-20 13:44 | その他 | Comments(0)

ジャズギター

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ジャズギターと言えば誰を思い浮かべるでしょうか。
思いつくままに並べてみましょう・・・
渡辺香津美、スタンリー・ジョーダン、ロベン・フォード、スティーブ・カーン
ラリー・コリエル、アル・ディメオラ、ジム・ホール、バーニー・ケッセル
ケニー・バレル、ラリー・カールトン、ジョン・アバークロンビー、リー・リトナー
レス・ポール、ジョー・パス、ジャンゴ・ラインハルト、パット・メセニー
ラルフ・タウナー、アール・クルー、ウェス・モンゴメリー、ジョージ・ベンソン・・・・
多分に知ったかぶりですが・・・www
FRIED PRIDEというユニットの横田明紀男がとても上手いのは掲示板でも紹介したところです。
写真の小さい方CDの「タックとパティ」はFRIED PRIDEのモデルになった夫婦のユニットです。
音がとても美しい超絶技巧のギタリストです。
私はジャズは良く分からないのですが、横田もタックも主旋律とベース、コードの三役を一人で
同時にこなしますが、忙しさを感じさせない余裕が圧巻です。
合間に叩いてドラムまでやるから四役ですね。これで歌えば人間の限界を超えます。
タックをよく聴いているとタル・ファーロウに音が似ているような気がしてレコードを出して聴いてみました。
ギターがほぼ同じですから音は似ているのですが、さすがタル・ファーロウさらにスウィングしていて余裕の違いを見せ付けます。
じつは、このレコードを最初に聴いた時には忙しいギターだなあと思ったくらいでそれほどの感動は無かったのでした。
ギターはだれでも弾くし、親しみのある楽器ですがとても奥が深いと思いました。
仄聞ですが、津山にはジャズの楽しみが広がってきたがまだジャズギターをちゃんと弾ける人が
出てこないのが悩みだそうです。
私にはどの程度のレベルの話か分からないのですが、まだまだギタリストを募集しているバンドもありそうです。
隠れたギタリスト、出て来い!!
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by tatakibori | 2010-11-13 13:32 | 音楽 | Comments(8)

オタク文化について

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「オタク」は20年以上前にはすでに言葉として定着していたようです。
語源は評論家の中森明夫がコミケ(コミックマーケット)なる漫画の熱狂的マニアの
祭典に集まる若者達が二人称に「お宅」を使うから「おたく族」と名付けたのが始まりです。
トヨタの名車AE86が発売されたのがそれと全く同時の1983年です。
私が「おたく族」を知ったのは自動車雑誌だったのです。
4AGという贅沢な4バルブ・ツインカムを普及型のエンジンに採用した
画期的な自動車が若者に大きな支持を得て「自動車オタク」が発生したのです。
これは「おたく族」から「○○オタク」への発展で、言葉は独立して広い意味を持つようになりました。
オタクな人々は社会に認知され増えていったのですが、
最初は専門分野に特化して社会生活にさえ問題があるような人を指していたようです。
90年代に入ると社会性のあるオタクの登場が始まります。
大きなきっかけとも言えるのが「頭文字(イニシャル)D」なのではと考えます。
AE86が主人公のコミックですから、本来は初期のオタクの集大成の文化であったのが
大きく認知され広く一般的な文化に昇格したのです。
サブカルチャー的なものから範囲を広げあらゆる専門分野がオタクと呼ばれるようになりました。
今でもアキバ系文化がオタクの核にあるのは違いありませんが、
ノーベル賞の大江さんや田中さんも広義にはどうみてもオタクです。
創作作品の職人芸を楽しむ文化がオタクの真髄となってきたのです。
この部分が今の日本を支えている科学技術やアニメやゲームなど
外貨獲得の大きな力でもあるのです。

今世紀に入って「萌え」が流行り、オタクの対象へのある種の感情を表す言葉として定着しました。
「好き」は広くて浅いが「萌え」は狭くて深く、感情の発生のし方も違うようです。
それはまた機会をあらためて書くことにしましょう。
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by tatakibori | 2010-11-13 10:40 | その他 | Comments(0)

横浜で叩き彫展

今月の24~29日に横浜で叩き彫展をします。
横浜といっても一番北のはずれ、青葉区寺家(じけ)のふるさと村です。
ふるさと村は田園風景が保存され、まさに都会のオアシスのような地域です。
駅からは少し遠いのですが、訪れて良かったと思えます。
会場は郷土文化館という施設で、紅葉の美しい茶室もあります。
白心庵と名づけられた茶室では同時に染付けの陶芸展も開催されます。
作家は福西さんで同じ津山の方です。
先に私が案内状を作ったのですが、それと並べて似合うような美しい
案内状が出来上がってきました。もちろん写真もデザインもご本人です。
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福西さんはジャズが好きでサックスも演奏されます。
オーディオも楽しんでいて、染付けの作業場にはインフィニティのスピーカーが置いてありました。
まことに気取らない親しみのある人で、「半農半陶」を目指すなど味のある人物です。
ブログは右のリンク内にある「染付屋回回青の気まぐれ日記帳」。

初冬の美しい紅葉と染付けの陶器、そして叩き彫。
素晴らしい組み合わせになりました。

福西さんの染付けの体験が先着50名様、一人千円で楽しめます。
私からは、ご来場先着150名様に木版画ポストカードのプレゼントです。

場所は
寺家ふるさと村 郷土文化館 
〒227-0031 横浜市青葉区寺家町602 
電話 045-961-5862
施設内に昼食のお食事処があります。
少しだけですが駐車場もあります。
電車なら 東急田園都市線「青葉台駅」より バス「鴨志田団地行き」終点 徒歩5分
      小田急線なら「柿生駅」が最寄です。

今回は楽しい催しになりそうです。
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by tatakibori | 2010-11-09 20:40 | 仕事 | Comments(8)