<   2011年 06月 ( 5 )   > この月の画像一覧

パワースポット

d0006260_212233.jpg

伊勢神宮の外宮にある「三ツ石」と呼ばれるパワースポットです。
多くの参拝者が手をかざしてその温もりを感じています。
神宮崇敬会職員の説明によると温もりを感じるのは科学的な根拠があり
霊的なパワーという訳では無いとのことです。
それでも手をかざしてみたくなるのが人情と言うもので
先々代の総理大臣も手をかざしてみたそうです。
近年の「パワー」ブームで日本最大の霊地である伊勢神宮におかげを受けたいと
集まる人々は増え続けているそうです。
伊勢神宮は本来は日本全体の国家の安寧を祈る場所であって
個人の幸福を祈願する所ではありません。
現在は神楽殿が設けてあり、お神楽を奉納して個人の願いを祈るようになっています。
パワースポットでパワーを授かるというのは本来の神宮参拝とはちょっと違うのですが
それを否定するほど神道には厳しい戒律がありません。
氏神様の総本山としておおらかな自然の恵みに感謝するのですから、
パワーを感じて幸福になろうとする人々の願いも自然な気持ちの一端として
伊勢の神さまは受けとめて下さいます。
参拝者の顔が幸せそうに見えるのはその「おかげ」なのでしょう。
[PR]
by tatakibori | 2011-06-27 21:26 | 神社 | Comments(2)

平服

d0006260_20164412.jpg

最近よくある葬儀の形態として密葬を近親者だけですませ後に別の会を開きます。
ホテルでのお別れの会の場合、案内状に「当日は平服でお越し・・」と書いてあります。
「平服」は現代の常識として考えれば男子の場合は無地のダークスーツに白いシャツ、
そして暗い色調のネクタイで黒い紐靴でしょう。
もう10年くらい前ですが、父と二人でお別れの会に出席したら、私達二人以外の
全員が黒い服だった事があります。
しかも出席者は千人ほどの大きな会でした。
恥をかいたと言うほどではありませんが常識も広いなと思いました。
葬式や結婚式で着る黒いスーツは本来礼服ではないので平服の内だそうです。
正式な礼服のように思っているモーニングもじつはもとをいえば乗馬服です。
日本の紋付袴など略式の最たるもので、宮中で儀式に着る束帯でさえ
もとは狩衣だからスポーツウェアだったのです。
ココ・シャネルは男物の仕立てと同じ女性用の服を作り競馬場へ着て行って
世間を驚かせたそうです。
それが今の女性用のスーツの原点だったのですから
とても正式な場所へ着て出られるようなものではなかったのは当然です。
70年代の中頃にジャージ(体操服)を着るのが不良の間で大流行しはじめました。
ああいう格好だけはしたくないと思ったのですが、あっという間に定着して
今では学校の先生など一日中ジャージで平気です。
私はいまだにあれだけは抵抗があってジャージでお出かけはできません。
ステージに着て上がったボブ・マーリーはたいしたもんです。
私の知る限りで半袖のTシャツの下に長袖を着たのは「ロッキー」の
シルベスター・スタローンが最初でした。
あれから30年以上たってやっと最近そのかっこうで外に出られるようになりました。w
日本で最初にTシャツとジーンズでテレビの司会をしたのはせんだみつおだったそうです。
それまでは司会者はスーツにネクタイでなければならなかったのです。
時代が変れば常識も変ります。
2011年の「お別れの会」、しかも今回は「・・・想う会」と銘打ってありますから
「平服」をどう解釈するかは難しいところです。
たぶん黒いスーツは避けたほうが賢明でしょうが、
普段着で集まるような会ではないという意味には違いありません。
[PR]
by tatakibori | 2011-06-18 20:54 | 日々の生活 | Comments(0)

1ドル80円時代

d0006260_19362842.jpg

子供の頃は1ドル360円で固定でした。
アメリカの物は何でも高くて庶民の手は届きませんでした。
1973年に変動相場制に移行して、1978年には180円まで円高が進行して
私達はアメリカの物が簡単に買えるようになりました。
アメリカ文化が一気に日本へ押し寄せたのです。
円高で金になるからミュージシャンも大挙して来日し
ライブ・イン・ジャパン、武道館コンサートなどレコードも多く残っています。
日本が世界の経済大国に肩を並べた歴史的な出来事です。

明治時代には1ドル1~2円くらいで、第二次大戦突入時には
経済封鎖もあり円安で1941年に4.2円ほどだったそうです。
戦後は混乱により円安はどんどん進行して1949年に固定の360円になりました。
360円になった理由は有名で円は360度だからです。
日本はハイパーインフレだったので、対等なら1ドル100円くらいだけど
経済格差を考慮した交渉の末360円に落ち着いたのも事実です。
仮に当時、本国で5ドルのレコードが日本に来れば1,800円になってしまいます。
1ドルが180円の1978年当時、シアーズで30ドルで売っていたリーバイスは
日本で7,800円くらいでした。
今の相場なら3,000円以下ですね。

それが1ドル80円なら立場は逆転しています。
この相場ならユニクロをアメリカに持って行っても売れるわけはありません。
米ドルは世界の基本通貨だから日本は世界中のものが安く手に入るようになりました。
でも残念ながら日本経済は輸出型から脱却出来ていないからたいへんな事態でもあります。

その昔、軽自動車の排気量は360ccでした。
そんな小さなエンジンでちゃんと動く自動車は出来ないと言われたのですが
画期的なスバル360の登場で技術は一気に進歩したそうです。
軽自動車はその後550cc、660ccへとサイズアップしてボディも大きくなり
本当の意味での国民車であり、日本の技術進歩の象徴とも言える存在に成長しました。

日本は敗戦国で劣等国だから飛行機を作る事を許されず、作ってもエンジンの馬力を限界まで抑えたYS11くらいでした。
ボディと排気量の大きなアメリカ車は買えないように税制も小型車と普通車で大きな差がつけられていたのです。
1949年の小型自動車は長さ4.3m、幅1.6m、高さ2m、排気量1500ccでした。
最初のクラウンはこの枠で作られていたのです。
実験的にアメリカへ持って行って大陸横断を朝日新聞の記者が行ったそうですが
排気量の小ささでハイウェイの流れに乗れない哀れなクルマだったのです。
その後1960年にそれぞれ4.7m、1.7m、2000ccに拡大され今に至っています。
同じ敗戦国であるドイツ、イタリアも同じような規制があったようで、
2000ccのポルシェ、フェラーリが存在したのをご存知のマニアの方もあることでしょう。
(一時期あった280馬力自主規制はそれとは関係ないようです。)

かように敗戦は大きな足枷になり何十年も尾を引くのです。
しかも有色人種のアジアの国が世界の覇者に逆らった戦争ですから
国がガタガタになるような制度がいたるところに作られてきたのでしょう。
今、そういう事実に日本国民が気づき始めているように思えます。
所謂、ネトウヨの嫌中、韓(相手国からは反日)もじつは仕組まれた
戦後教育の成果だったのかもしれません。
[PR]
by tatakibori | 2011-06-10 20:42 | 日々の生活 | Comments(0)

神か悪霊か

d0006260_9132287.jpg

先日の叩き彫展で、行ってみると会場に備え付けのBOSEのCDプレイヤーがあり
BGMを流すのならどうぞと言われたので、クルマの中にあったCD-Rを適当に流しました。
5,6枚ほどですから、どうしても繰り返し聴くようになります。
ビル・エヴァンスの「I Will Say Goodbye」がその中にありました。
これはじっくり聴いたことがなかったので新鮮な感動がありました。
1977年の録音です。
1979年に薬物中毒で死んでいますから最後の傑作と呼ばれているそうです。
あくまで耽美的な甘いトーンと絡み合う複雑なリズムは
神が彼に授けた天分なのか、薬物と言う悪魔に魂を売って得た光なのか・・・。
ビリー・ホリデー、エリック・ドルフィー、デュアン・オールマン、ジャニス・ジョップリン、
ジミ・ヘンドリックス、ジェシ・エド・デイビス・・・
数え上げればきりがないほどのポピュラー・ミュージシャンが麻薬で命を失っています。
最高傑作は次回作だと言ったのはチャップリンですが、
もしも彼らが生きながらえたら我々はどんな傑作にめぐり合えただろうかと想像します。
[PR]
by tatakibori | 2011-06-03 09:29 | 音楽 | Comments(4)

震災後

d0006260_18482482.jpg

戦前、戦後と言うようにやがて震災前、震災後と言うようになると書いた人があります。
時間がたてば日本の歴史上で大きな区切りになるのは間違いありません。
66年前の終戦時とは違う形で大きな変化が今まさに始まろうとしています。
3ヶ月が経過して少し方向が見えてきたので、今後の変化を予測してみようと思います。

先ずは原子力発電の限界と廃止、さらなる安全な社会の構築など現実的な問題があります。
それは別として、人々の意識の変化が大きく進んだのが
ボランティア活動などの援け合う気持ち、困っている人への優しさだと思います。
天皇陛下が被災地や避難所を訪問され被災者を励まされた事がそれこそ象徴していると思います。

政党政治の限界、天下りの弊害など明らかになり大きな変化が始まろうとしています。
今までタブーであった国家の膿をこの際に出していこうとする動きもあります。
生活保護の見直しなどその始まりのようです。
見逃せないのは最高裁での公立学校の卒業式で「君が代」を斉唱するときに教諭を起立させる
校長の職務命令は「思想・良心の自由」を保障した憲法19条には違反しないという判決です。
注意しなければならないのは、大阪維新の会が言う教職員に君が代の起立斉唱を義務付ける条例と
この判決は同じテーマでありながら目的が違うと言う事です。
大阪維新の会はその名が示すように「錦の御旗」を掲げて政権の座に着こうとしている
野心の集団である可能性が高いと私は見ています。
そして今日の、
放送法はNHKの公共性を認めており、テレビ設置者に受信契約と受信料支払いを義務付けた規定は
合理性があり視聴を強制するものでもなく、憲法にも反しないという判決です。
今までタブーとして語られず分かり難かった「民放はスポンサーには逆らえない」という大きな前提が
多くの人々が知るようになってきたことです。
民間放送が公共性、中立性に欠けると間接的に示した判決のように思えました。
多くの人々はマスコミの流す情報を鵜呑みにしなくなってきました。
東京都民が言いたい放題の石原氏を支持したのも震災後ならではの事だと思います。
はっきり、こういう風になっていくと言えませんが何かが変って進んでいるのは確かです。

明日は首相の不信任案の採決があります。
どうなろうとも、大きな政変の中に我々はいるのです。
[PR]
by tatakibori | 2011-06-01 20:03 | 日々の生活 | Comments(0)