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6月29日

今月はできるだけブログを書いてみようと努力しましたが
なかなかネタが無いのでかなりの難行になります。

今日6月29日はローウェル・ジョージの命日です。
1979年に34歳でドラッグのオーバードーズによる心不全で死んでいます。
彼には当時は全く注目していなかったので、没後にジャクソン・ブラウンの
Of Missing Personsという遺児に捧げた歌で彼の短い生涯を知りました。
ジャクソン・ブラウンの曲はいかにも日本人受けしそうな哀調を帯びていて
その後のJ-pop(ミスチル、尾崎など)に大きな影響を与えたようです。
ローウェル・ジョージはスライドギターの名手でもあり、どちらかというと
南部ロック風で一般の日本人受けしないタイプの本格派です。
この手のミュージシャンには珍しく裕福な家庭で育ったのが
その才能をさらにストイックに磨き上げたのでしょう。
「ウェイティング・フォー・コロンバス」というライブアルバムが最高傑作と言われています。
まさに楽しさあふれるアメリカ音楽でシンプルなブルースながら華やかで多彩なリズムで
体が自然に動いてしまうノリの良さです。
動画がYoutubeにあるので歌う姿が見られます。
とてもドラッグ漬けとは見えない穏やかな表情で美しい音楽を演奏しています。
日本人のドラッグ中毒がもとで死んだミュージシャンが
見るからに危険な表情をしているのとちょっと違うのが不思議です。
そんな儚い人生だったのに勇気や希望を感じさせてくれます。
ほんとうに惜しい人だと今も思います。
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by tatakibori | 2012-06-29 17:08 | 音楽 | Comments(0)

怒りをぶつける

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怒りとか憎しみがテーマになった芸術というのはその存在自体が難しいと思います。
テレビの討論番組なら分別のある学者やジャーナリストがおとな気ない
喧嘩をして見せるのが面白いから人気がありますが、しょせん娯楽の延長です。
ボブ・ディランのアルバム「欲望」(1976)に「ハリケーン」という長い曲があります。
有名な冤罪事件をテーマにした社会性の強い「怒り」をぶつけた作品です。
わずか15分で書き上げたというのもその激しさをものがたります。
このアルバムはディランとしては一番売れた作品で、
日本のニューミュージックと呼ばれたフォーク系の音楽のバイブルと言えます。
これを知らない人が初めて聴いたら新鮮味の無いちょっと古い日本風の音楽に
聴こえてしまうかもしれません。
冤罪事件の被告「ハリケーン」ルーベン・カーターは事件の起きた1966年から
22年間もの長い獄中生活に耐え、疑い晴れて釈放されたそうです。
ディランは意外と単純な性格なので1975年にこの冤罪事件の事を知り
熱い思いで曲を書いてハリケーン支持の運動に大きく貢献したのですが
それが実を結ぶまでにはさらに13年もの時間とより熱心な支持者が必要だったのです。
ここからは私の想像ですが・・・
冤罪事件は状況としてはかなり不利なものがある場合が多いと思います。
実情を知れば素人が簡単に発言できないのを知るはずです。
実際に一度録音されたテープを聴いた弁護士から事実誤認を指摘されて
録音をやり直したとあります。
ディランは飽きっぽいから嫌気がさしてこの運動から上手くフェードアウトしていきます。
この後、フォークロックの新境地と思われた世界はあっさり捨てて、キリスト教に改宗して
ゴスペル、ソウル、レゲエ、スカなどへ傾倒していったのです。
怒りをぶつけるとか社会問題に手を出すのは彼の音楽とは違う世界です。
後輩のジャクソン・ブラウンは1982年以降、政治的な問題をテーマにして
ファンから長く見捨てられます。
それさえなければ日本でももっと売れたかもしれません。
日本でも大麻の好きな社会派の歌手(故人)を支持する向きがありますが
アメリカ・ルーツ音楽は踏襲していますが日本語の美しさが皆無なのが惜しいところです。
ネガティブなパワーは芸術の源にはならないというのが私の考えです。
常に美しいものを目指していかなければなりません。
対峙する人々が涙を流す芸術もありますが、それは熱く美しい涙なのです。
この世の不条理や憎しみや悲しみが満ち溢れているその中から
美しいものを拾い上げて積み上げるのがほんとうの芸術家です。
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by tatakibori | 2012-06-26 21:09 | 音楽 | Comments(4)

詩と音楽・その2

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新しい詩の流れとしてこれからの文学を考えてみました。
具体的に例をあげて示さないと意味が分からないし
ずるい意見になるので、好きな詩からその可能性を考えます。
もちろん分かり易いJ-POPから引用しましょう。
先ず、私はJ-POPの場合は意味を深く考えるのは愚行だと
しているのをご理解下さい。
意味不明になろうとも音の響きがよければ美しい音楽になるのです。

ユーミンは新鮮な音楽と新しい言葉の流行を多く作った
20世紀の終わりを代表する詩人の一人だと思います。
「悲しいほどお天気」、このタイトルには驚きました。
たいへん美しい音の並びです。
カ行で始まり、カ行で終わるのがたいへん収まりと歯切れを良くしています。
別の切り口ですが、「中央フリーウエィ」は当時、詩の中に出てくる街の学校に通っていたので、
こんな景色からよくもまあ、あれほどロマンチックな詩が書けるものだと感心した次第です。
一番ジャズのリズムを感じたのは「リフレインが叫んでいる」です。
「どうしてどうして僕たちは出逢ってしまたのだろう こわれるほど抱きしめた」
ダ行の入り方とサ行とカ行のバランスが言葉の響きだけで複雑なリズムを現します。
これはバブル期のJ-POPで最高傑作だと今でも思っています。

21世紀になると鬼束ちひろが登場します。
「月光」はショッキングな詩と素晴らしい歌唱力と優秀録音の名曲です。
でも、詩にポイントを当てると「私とワルツを」に注目したいのです。
「誰にも傷が付かないようにと ひとりでなんて踊らないで どうか私(あたし)とワルツを」
これもダ行のアクセントがポイントです。
「私」を「あたし」として「ワルツ」の「わ」が重り野暮ったくなるのを
嫌ったところが天性のミュージシャンです。

お気づきでしょうが、この観点では二つの歌は似ています。
グッと引き込まれるようなリズムは例えばセロニアス・モンクの「ブルーモンク」とか
チック・コリアの「スペイン」のような不思議な感覚に共通しているのです。
そう思うのは私だけかもしれませんが・・・。
こういうのが新しい詩の始まりになると思います。
言葉の意味を追うような詩でなくてリズムと音の響きが優先されるのが望ましいのです。
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by tatakibori | 2012-06-24 18:11 | 音楽 | Comments(4)

岡山県北へ移住

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岡山県は自然災害がもっとも少ない安全な県として注目されています。
テレビでも県外から移住してきた人の話などあります。
不動産を扱う人達も物件が足りないとか、大阪の業者がウロウロしているとか
そんな話も耳にするようになりました。
岡山県は人口が190万人余りで人口密度は272人/平方kmで福島県の倍くらいで
栃木県よりやや低いくらい、全くの田舎感覚で暮らせます。
人口は南部の岡山市と倉敷市に集中しているので、県北部は岩手県並の人口密度と
考えて良いでしょう。
北部はざっと分けて、美作市、津山市、鏡野町、真庭市、新見市の5つになります。
その間に合併しなかった我が奈義町のような小さな自治体もあります。
お薦めは東の美作市と西よりの真庭市です。
美作市は大阪にも近く、鉄道の便も他地域よりマシです。
特に最北部の大原地区と隣接の西粟倉村には新しい高速道路や鉄道もあり
関西から直行できます。
真庭市は中国道から米子方向へ高速道路があるので距離はありますが
クルマさえあれば快適に暮らせます。
伯耆大山が近いのでスキー、登山、ドライブなど最高の環境です。
蒜山高原は西の軽井沢と言われるくらい涼しい気候でエアコンなしでも
暮らせるようです。別荘用地も多くあります。
以前と比べると移住を受け入れようと自治体も乗り出しているので
地域社会に溶け込めないとか、田舎暮らしに馴染めないという不安は
大きな問題ではありません。
農地付きの中古住宅も人気があります。
不足していると言われていますが、空き家はほんとうに多くて
売りに出ていないだけ、掘り起こせばいくらでも出てくるでしょう。
一番の問題は場所によっては高校がとても遠い事です。
鏡野町、奈義町もとても良い所で移住可能ですが、
自衛隊が気になるとか原子力は嫌いという方にはお薦めできません。
津山市最北部の旧阿波村は人情が良く、受け入れ態勢が整備されていて
ねらい目です。

収入を得られる仕事さえあれば、
岡山県北はのんびり暮らすには最高の土地だと思います。
将来のエネルギーや食料問題を考えるなら、
イザという時に自給できる田んぼが手に入るなら最高です。
少しの山を持ち薪ストーブで暖をとり、井戸水があったり、
家の脇を流れる小川に水車を設置できればもう完璧です。
先祖代々の農家にはすでにそういう体制を整備しているところもあります。

ずっと以前に理想の生活として「北の国から」の黒板五郎の生活という
話を書いた事がありますが、時代はそういう方向に向かい始めました。
おもしろそうです。

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by tatakibori | 2012-06-23 16:07 | 日々の生活 | Comments(1)

遺言

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春の同窓会でもそういう話をする人がありましたが
私くらいの年齢になると自分が死んだらこうして欲しいと
考える人があるようです。
ある友人は「戒名、葬式など一切いらない、荼毘に付した後は
“秋葉原”に散骨して欲しい。」と言います。
冗談には違いないですが、散骨は太平洋のような美しい海でなく
もっと生臭い欲望の渦巻く場所というような意味でしょうか。
ある知人の友人(同世代で、全く面識のない名士の方)は
細かに葬儀と埋葬を指示しています。
やはり墓は要らない、山か畑に散骨せよと言います。
熱心な仏教徒ですが戒名は要らない、葬儀は地域社会における
必要最低限で済ませる事、会葬御礼は何々・・・と話が細かくなってきます。

さて、私は・・・と考えると、そんな事を誰に託すのかと言う疑問の方が
先に浮かんできます。
自分が死んだ後の事まで指示する相手があるだけの立派な人生を
歩んでこられた人は幸せです。

私は家族の葬式を4回出しました。
滅多にない事だそうです。
死んで行った者は一人として後の事を指示したり望んだりしませんでした。
葬式を別に出さなくても良かったとも思います。
それでも後に残る(出来損ないながら)家族があるから形ばかりの
葬式をしようと思いました。
最近は友人の中でも家族葬でひっそりと済ませる人もあります。
別にルールもないし、火葬にさえすれば法的にも問題はありません。

私が死んだら「無かった事」にして欲しいような気もますが、
それも何か思い上がりのようです。
今は、すぐには死なない事にして、問題は先送りにします。
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by tatakibori | 2012-06-22 15:15 | 日々の生活 | Comments(0)

憎む心を持つ

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今の50代が子供の頃には「反発せよ」と教えられました。
疑いの目を持ち、分からない事にはとりあえず反発するのが
流されないためには必要なのです。

今の30代が子供の頃には「憎む心を持て」と教えられました。
分からない事や不安を感じたら「怒り」で反応するのが意思表示です。

これを知っておけば彼らの言動を理解するのがスムーズになり
組織やコミュニティの運営が上手くいきます。

「腹が立つ」と言うのは「理解できない、不安だ」という意味なのです。
ここがポイントです。
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by tatakibori | 2012-06-20 20:29 | その他 | Comments(0)

信念を貫く

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ちょうど2年前にこんな事を書いています。
やりたい事、好きな事を実行して信念を貫いた人生は立派だと思います。
夢を実現できる人は幸せです。
いや、夢を持てた人が幸せなのです。
だから「夢を持て」となってくるのです。
人を育てる立場としては正論のように思えます。
育てられる子供の側に立ってみると、
往々にして親は自分の人生を肯定するために
その価値観を子供に押し付けてしまうようです。
極端に言うと、カルト宗教の中で生れた子供は幸せになれないのです。
親から子へ流れていくものを考えると
貧しさであったり、しがらみや不安、迷信や時代の風潮など
常に何かネガティブな要素が人生にはついてまわります。
日本人の多くがそうであるように我が家も百姓の末裔で
代々に渡って米作りの価値観の中で生きています。
やりたい事や好きな事よりもやらなければならない事を
コツコツと続けてきたから今の命へと続いてきているのです。
この先の代があるかどうかはそれぞれの人で違ってきますが
全ての人に同じようにそういう先祖があるのです。
人はほんとうに嫌いな事はできません。
ある程度の年齢になると今やっている事が
結果的には「やりたかった事」なのかもしれません。
目の前の課題をひとつひとつ片付けていくしかない様に思えます。
だから、私は「やりたい事をやれ」とは言いません。
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by tatakibori | 2012-06-17 19:20 | 日々の生活 | Comments(0)

詩と音楽

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明治になる前、詩は短歌や俳句が中心で長いものは流行らなかったそうです。
明治になって西洋の文化が入ってきて、森鴎外のような留学した人が
西洋の詩を翻訳したのが現代の詩の始まりだったのです。
土井晩翠とか島崎藤村が出てきて大きな歴史を作ったのが20世紀の初め頃です。
詩は音楽だから、その新しいジャンルの詩はそれまでと違う新しい音楽を
下地にしていたのです。
それは教会で歌われる賛美歌に行き着くというのが浅野晃の説です。
近代日本の歌、唱歌などはキリスト教の音楽をベースにしていると言われると
なるほどと頷いてしまいます。
石川啄木、宮澤賢治とか中原中也の時代はそういう流れで進んできたように思えます。

1930年代になってジャズが大流行しましたがそういう新しいリズムや音階を
踏まえた詩が出てきたのはどのあたりからなのでしょうか。
広義のジャズとするとゴスペルやブルース、ソウル、ロックやフォークソングを
含めて20世紀アメリカ音楽と考えても良いと思います。
「上を向いて歩こう」が米国でヒットしたのは歴史的な出来事ですが、
詩は字足らずで変な歌い方になりジャズに乗り切れていなかったのは
過渡的なものを感じさせます。
詩人で言うと寺山修司とか谷川俊太郎など昭和生まれになってきて
新しい空気が流れたようです。
ビートルズ、ボブ・ディランの影響を受けた松本隆は確実に新しい世代を作りました。
その頃、村上龍がもっと幅の広いロックの文化を我々に教えてくれました。
そして、ユーミンの詩は新しい時代を切り拓いたものがあるでしょう。
平成になってからだとMr.Childrenの桜井和寿など新鮮な響きがありました。

今、ルーツミュージックと呼ばれるアメリカ音楽がブームですが
もう一度そういうリズムやメロディを踏まえた日本語の詩の発展が
欲しいと思います。
贅沢を言えば、マイルスやビル・エヴァンスのようなモードジャズの
複雑に絡み合うリズムの上に不協和音の音が乗った時に起こる
空間の輝きと同じものを持つ詩(文学)が欲しいのです。
ミューズはギリシャ神話の女神ですが、音楽のみならず文芸、美術を
含む芸術文化の元です。
「彫刻は光と影だが、刻むリズムこそ重要だ」と父はよく話していました。
近頃、ジャズに浸ってばかりいてそんな事を考えています。
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by tatakibori | 2012-06-15 10:07 | 音楽 | Comments(0)

infrastructure

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岡山は災害が最も少ないという事で県外からの移住者が増えているそうです。
田舎暮らしを楽しむタイプの農村の畑付き住宅もよく売れると聞きました。
我が家も昭和55年(1980)にこの地に工房を建てて隣町から移住してきました。
今から思えば、最大の理由はこの道路が出来たからです。
昭和52年(1977)にこの道路が完成するまでは当地区の人々はゴム長靴を履いてました。
クルマの中は「黒ボコ」と呼ばれる当地特有のきめ細かな黒い土のせいで
薄汚れていました。
奈義町の政策で全戸まで舗装道路をという目標があったのです。
上水道と道路さえあれば生活の快適さは上質になるのです。

その目標は達成されましたが、インフラの整備は過疎地には無理な事も多くあります。
国道だけを走るバスは2時間に一本ほどです。
高校への通学は金銭的にも大きな負担です。
クルマがなければ病院も食料の買出しにも行けません。
そのクルマで飛ばしても新幹線の駅まで2時間、空港まで1時間半かかります。
町の職員の給料は県下で最低というのは有名な話です。
とても不便で暮らし難いと思います。
それでも昔の人は言います。
「舗装道路と水道があれば文化的に暮らしていける。」
あるのがあたり前だと思っているインフラは無い時代を体験した
人にしかそのありがたみは分かりません。
もしもガソリンがなくなってクルマが動かないなら田舎には住めなくなります。
宅急便が走らなくなって、度々停電があるようではインターネットショッピングも
不可能です。
一歩間違えばたいへんな危機がそこにあります。
クルマがあって便利だったのは、この40年余りだけなのです。
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by tatakibori | 2012-06-13 21:34 | 日々の生活 | Comments(2)

平凡はイヤだ

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カローラがモデルチェンジする度に少しだけ「欲しいな」と思います。
初代カローラは叔父が乗っていたのでよく覚えています。
我が家の古いクラウンとは違って軽快でお洒落に見えました。
実際にカローラを所有したのは廃車寸前の三代目を譲り受けて
車検が切れるまでの半年使っただけです。
思い込みが強くて強引に物事を進める父だったので、私には「平凡で平和な生活」に対する
強いあこがれの象徴として「カローラのある家庭」があったのかもしれません。
その反対で、若い頃に友人が「カローラだけには乗りたくない」と言ったのも印象的でした。
そのお家では最初に買った乗用車が2代目カローラで、それを社会人になって
最初に自分のクルマとして父親から与えられたそうです。
鈍重で柔らかな乗り心地が時代遅れで、何処にでもある平凡な古いクルマだったのです。
第一印象とはおそろしいもので以後クルマを買う機会には絶対に候補に上がらないのです。
「平凡」とか「人と同じ」は嫌という感情はまったく正常な人間のある種の心理で、
比較的に平和で平凡な家庭で育った人が等しく持っているようです。
たまたまそれがクルマに表れるのだと思います。
そういう人達が粋な欧州車や国産でも個性を主張するタイプのクルマを買うから
日本の自動車市場も進化を遂げたと言えます。
カローラはレンタカーとか社用車に使うか、おそろしく保守的な人が求めるだけでした。
しかし客観的に見るとトヨタのクルマは大きさが違うだけでどれも同じような個性です。
高い場所から見下ろせばクラウンもカローラもそんなには違いません。
自動車の個性の差など視点を変えれば微々たるものなのです。
「カローラ」という名前を捨ててトヨタ001とか数字で大きさを分けるようにすれば
もっと売れるようにも思えます。

私の作品のような手作りの像を求める人の気持ちもある意味で似たような部分があります。
少しでも心のこもったモノを手元に置きたいとか、たいせつな人に気持ちを届けたいから
平凡で画一的な工業製品ではダメという気持ちなのです。
しかもその「プレミアム」感は自動車のように豪華で威圧的ではいけません。
あくまでも日本人の感性というか内に秘めた真心のようなものだと思います。
日本人の感情は複雑で多彩だとしみじみ思います。

カローラは今回のモデルチェンジで初めてサイズダウンしたそうです。
それは単に全長を切り詰めたものではなくてプラットフォームという
骨格そのものをプリウスと同じ物からヴィッツと同じに小さくしたのです。
今後の経済の縮小を象徴したモデルチェンジなのかもしれません。
日本の物作りの象徴とも言える製品ですから「平凡の基準」が変わるのは大きな出来事です。
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by tatakibori | 2012-06-09 19:00 | 日々の生活 | Comments(4)