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カテゴライズ

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写真はブルーベリーの花です。ドウダンツツジと良く似ています。
ブルーベリーはツツジの仲間なのです。
でもドウダンツツジの実は食べられません。

工芸作家展の準備をしていますが、想像もつかない事が問題になります。
「私は作家じゃない。あくまでも職人です。」
「私は工芸作家と言えるほどのものではありません。
モノを作るのが好きでやっているだけです。」
という様な声が多く聞こえてきます。
傍から見れば工芸系の作家活動をしていて、
作品を作って売ることも熱心にやっているように見えても
そう言う人が多いのです。
実際にはほとんどの人が自分から美術工芸作家とは名乗りたくないのです。
ましてや「芸術家」を自称するのはとても勇気が必要なのです。
私は、自己紹介をわかりやすくするために、芸術家かどうか尋ねられたら、
芸術家であると言います。
もちろん、「芸術家を自称するような人は信用できない。」と
厳しい反応の場合があります。

職人と作家は何処が違うのでしょうか。
我が家の場合は先祖が大工の棟梁でどちらかというと
経営や設計、営業が主体だったようです。
親方は仕事を請けてきて、それを職人が作っていくのです。
極端に言うと大工職人は親方の指示通りに作業するだけです。
祖父は木彫を始めた時に、棟梁の家だったから材木を仕入れて
自分の思うような作品を用意してそれを売ったり、
手持ちの材木で受注した作品を彫ったのです。
だから最初から作家としてスタートしています。
職人の木彫師は業者が請け負った仕事を
業者の用意した材木で彫るのが基本です。
マネージメントや在庫の問題が作家か職人かの違いになるのです。
どちらが社会的に上とか、芸術性が高いかとはぜんぜん関係ない話です。

現在の手仕事のモノつくりはそういうカテゴリーで言うと
工芸作家がほとんどです。
職人を育て、抱えるほどの企業が少ないからです。

私は、世間一般に早くイベントの内容を理解してもらうには
「工芸作家展」で良いと思っていました。
しかし、多くの工芸作家は社会的に枠にはまった仕事や
生活が苦手なので、自分自身をカテゴライズされるのに
違和感を持つようです。
イベントのタイトルを考え直さなければなりません。

私の考えたのは「CRAFT DAYS」(クラフト デイズ)という名前です。
もう少しぼんやりした名前でも良いのですが、
内容が分かり難いといちいち内容の説明を繰り返さなければ
ならなりません。
ブルーベリーとドウダンツツジ、うどんとパスタのように
よく似ていてもぜんぜん違う場合がありますから
間違いのない名前が求められます。
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by tatakibori | 2013-04-30 13:22 | その他 | Comments(0)

祖父の仕事

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母方の祖父は仕服(仕覆とも、読みはしふく)の職人でした。
昭和20年6月の岡山大空襲で焼け出されるまでは、茶道具の商いと
少しの家賃収入、仕服を作って人並みよりはやや裕福な生活だったようです。
京都には道具屋をしながら何かの茶道具を作っているような
お店を今でも見かけます。
千家十職と言われるような最高位の職人は別として、
普通は何か他の収入も得ながら、
代々に渡ってこだわりの道具を作り続けるのが職人の家です。
現代においても物作りの仕事だけで生活していくのはたいへんだと思います。
茶道具の竹細工が本職だけど、生活の糧には土産物の玩具に近いような
ものを作る人や、木工ロクロの職人が独楽やコケシを作っているのは
よくあるパターンだと思います。
能面を打つ職人はいつの間にか消滅して技術が途絶えたそうです。
現在は高度な技術を持つ木彫職人が家元に継承される実物を参考にしながら
その複製を作るような形で再現されているようです。
昔から、能面を打つだけではとても生活していけないのです。
手仕事として技術的にも美術的にも価値の高い仕事をどうやって継承していくか
という大きな問題があり、それは昔も今も変わらない状況なのだろうと思います。

祖父は戦後は細々と仕服を作りながら、茶道具の鑑定などもやっていたようです。
その目利きの秘蔵の茶器がこれです。
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唐物染付捻盃のような箱書きが見えます。古い景徳鎮なのでしょう。
とても良い色だと思います。

追記
祖父は貧乏を極めていたので、けっして高価なものではありません。
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by tatakibori | 2013-04-25 16:42 | 仕事 | Comments(8)

和様

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日本古来の文化を突き詰めていくと、純粋に日本がオリジナルというものは意外と少ないようです。
絵はナショナリズムの大きな存在の大伴家持の万葉集の歌ですが、
元になったのは高校の漢文の教科書の初めに出てくる
中国の古典、詩経のこの詩です。
桃之夭夭  灼灼其華
之子于帰  宜其室家
桃之夭夭  有蕡其実
之子于帰  宜其家室
桃之夭夭  其葉蓁蓁
之子于帰  宜其家人
最も古いと思われる音楽の雅楽にしても、中国や朝鮮半島、ベトナムまでの
広い範囲の古典音楽の集大成です。
中世以降の茶の湯においても唐物と呼ばれる舶来の品を入れるのが
粋と言うか風流なのです。
近代の日本の美術工芸に最も大きな影響を与えた柳宗悦の民芸運動は
日本文化への回帰のように思われがちですが、その論点、視点を
考えると西洋人の考え方で日本の文化を見直すという方法論に思えます。
東京都知事の猪瀬氏の「ミカドの肖像」というベストセラーがありますが、
まさに外国人の視点で日本の近代史を見ています。
よくある輸入車が好きな人々の考え方と同じです。
例えばフランス車に乗る「在日日系フランス人気取り」の人々です。
「だからこの国はダメなんだよ。」と何処か離れた立場で日本を語ります。

真の和様というか日本の心はどこにあるのでしょう。
私なりに行き着くところは「すめかみのみち」であり
それは「ことだまのみやび」なのではないかと思います。
簡単に結論を書いてしまいましたが、それは言葉にし難い
デリケートな感情です。
また、いずれ時をあらためてその話を書きたいと思います。
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by tatakibori | 2013-04-20 09:19 | 日々の生活 | Comments(3)

お花見の効能

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春になってパッと咲いてパッと散る美しい桜ほど
日本人に愛されている花は他にありません。
多少気分が落ち込んでいても、満開の桜の下に立てば
独特のあたりが明るくなるような雰囲気に、
しばしこの世の憂さを忘れてしまうのは誰も同じです。

もしも誰かと仲良くなろうと思ったら、一緒にお花見に行きましょう。
美しい花を見て、美味しいご飯を一緒に食べれば、
あなたの印象に「桜の花の美しさ」と「美味しいごはん」の記憶が
重なって刷り込まれます。
その感動の記憶はやがて薄れてきますが、
あなたと、桜と、ご馳走は一つの思い出となってきます。
再会した時に、あなたの顔や声が「美しい」、「美味しい」という
記憶のキーになって気分が良くなります。
恋愛の高等テクニックかもしれないし、社内を円滑にまとめる
オーソドックスながら上等な手段なのです。
この方法は応用も多いですが、万人に向くので
やっぱりお花見が効果的です。
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by tatakibori | 2013-04-04 19:25 | 日々の生活 | Comments(21)