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二十歳の魂

母校の同窓会誌へ寄稿します。


二十歳の魂
 山田 尚公(林産S55)
「三つ子の魂百まで」と言うように、人格形成には最初が大事ですが、
嗜好は二十歳前後の頃に決まってしまうようです。
ちょうど農工大学でグズグズと青春の浪費をしていた頃に
好きだったものは今でも不思議とたいせつにしています。
卒業して34年、かなり昔のように思えますが、
母校を訪ねてみると学生の雰囲気には
昔と同じ様なカラーがあるように見えます。
年長の先輩も同じ印象を持っていると言います。
学問の世界での時代の変化はゆるやかで、
30年以上の時間で大きく変わった事は少ないと聞きます。
バブル景気とそれの崩壊、パソコンの普及とインターネットの
登場による情報の氾濫が時代を変えたのは事実です。
しかし、激動の時代や時代の節目などと言っても
数十年~百年の時間でみると何でもない場合があります。
それよりも大きな価値観によって
人間は支えられているのではないでしょうか。
二十歳の頃から変わらず大切にしているものが私の中にあります。

私は祖父が始めた木彫刻の家に生まれました。
今思えば、木の中で育った者が呼び寄せられるように、
大学で木の勉強をするのは運命的な出来事でした。
残念ながら学校の勉強は最低限で、
下宿にこもって本を読み、
音楽を聴いていたのが私の学生生活でした。
高校を卒業して東京に出てすぐに
祖父と親しかった棟方志功が亡くなりました。
二十歳の頃にその追悼のムック本が出版されました。
今もその本は手元にあります。
ボロボロになってしまいましたが、
今やっている木版画教室の一番たいせつな教科書です。
何度読み返したか分かりませんが、
何故か新しい発見があるのです。
私は最低の学生でしたが、
学校は私が思っているよりずっと立派なもので
劣等学生に無理やりにでも学問の入り口が
ここであるのを教えてくれました。
悶々と息苦しいような学生時代で、
すべてが断片的でつながりを持たず
何の成果も得られないままでしたが、
ここで学問にわずかでも触れた事が
その後の人生の「矜持」を支えているのは確かです。
混沌とした「二十歳の魂」はやがて整理され
生きる意志として構成されていきます。
やや大袈裟ですが、「木」に「勉強」を加えて
できる事のひとつとして私の仕事を
確立しようとしてきたのです。
生まれ育った環境が最も大きな動機ですが、
農工大学で触れた多くの事が
今の仕事を確かなものに育ててくれたのです。

私は今、岡山県北部の美術工芸作家を
集めたイベントを企画運営しています。
岡山は天災が少なく気候も温暖で安全と言われ、
県外からの移住者も含め多くの若いアーティストが住んでいます。
その人達と社会を結んで「アートによる地域おこし」を
やってみようというアイデアです。
アーティストは職業柄か美しい事や楽しい事は得意ですが
社会的な事業となるとなかなかまとまらないのが問題です。
そこで私のように公務員養成所のような学校を出た
アーティストが役に立つのではないかと考えたのです。
まだ始まったばかりで張り切りすぎて空回りする事も多いですが、
地域社会での認知度は上がってきて少しは手応えが得られるようになりました。
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by tatakibori | 2014-04-27 07:48 | その他 | Comments(0)

権威

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2010年8月にNHKの討論番組で映画監督の崔洋一氏は
若者に対して「歴史を語る資格がない」と言って、
同席した歴史学者に「権力者による言論封殺は許されない」と
たしなめられました。
この一件により崔氏はマスコミへの露出が減っていきます。
おそらく、権力者と呼ばれるのは当の崔氏も驚いた事でしょう。
世間でイメージする権力者と、実際の権威、権力は少し違うようです。
本人は貧しく世の評価も低いと自覚している場合でも
権力者であることもあります。
もちろん政治家や官僚をはじめ、大企業の管理職、役員は権力者そのものです。
しかし、ある程度の組織を管理する立場なら、それは権威、権力となります。
重い役職でなくても組織の一員として権力の立場なのです。

昨日のブログに付随して権威について書きましたが、
それはどこにでもある「脅威」でもあります。
当人にとっては何気ない一言でも、
それが創作表現を封殺する力になるのを
権力者は知らなければなりません。
崔氏はそれに気がついていなかったのです。

私が権力者かどうかとなると、ある意味では権力者だと思います。
無名の野の老いた作家であろうとも、若い芸術家にとっては
熟練の古狸みたいな存在です。
立場をわきまえる必要があります。
一般的に考えれば、私は一番弱い立場の創作活動をする
作家の範疇ですからある程度遠慮なしに自己主張をする事が
後進の若い作家の立場を守る為にも必要だと思っています。
より大きな権力と戦う前線でなければなりません。
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by tatakibori | 2014-04-18 07:57 | その他 | Comments(0)

ローカルルール

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ローカルルールという言葉があります。
ゲームにおいてのその場だけのルールという意味ですが、
広義には自治体の条例やその国だけのしきたりも入るようです。
場合によってはその状況だけに通用するルールというのもあります。
いじめっ子がここはこういう約束だったんだと言うルールもあり、
それを発展させるとぼったくりバーのようなものになります。

感性におけるローカルルールというのもありそうです。
演歌のコブシがどうとか、ブルースのグルーブ感がどうとか
言われても分からない人にはただのローカルルールで
一定の法則はありそうだけど、それが絶対的な価値観を
持つとは思えないとなります。

美術においてもデゥシャン、ロスコ、ポロックに代表されるような
まったく不可解なアートがあり100年経っても論争は終わらないようです。
ゴミを置いてもアートですから、難しいものがあります。
これも門外漢にとっては裸の王様と同じで分かったような事を言わないと
恥ずかしいので適当に美術館やアートイベントへ行って、
アーテイストの名前を覚えて理論武装してボロが出ないようにします。
そこで、この世界にもローカルルールが必要になってくるのです。
文章まで専用の用語で塗り固められ、ありがたい固有名詞を
ちりばめておけば一般の人の知らないゲージツ的な世界に
住んでいるように思われます。
服装にも気を遣い、髪を伸ばし、ヒゲをたくわえて、サングラスをかけたりします。
時には耳が聴こえないと言ってみたりしなければなりません。
普通の人が普通の服装をして日常の道具や器を作ったりしたら
ツマラナイというルールがあるようです。

もちろん、そういうのはどうでも良いと思っているアーティストも多くいるので
普通っぽい作家を集めてイベントをやる事にしました。
5月3,4日に奈義町現代美術館前のエリアで岡山県北の
目立たない普通の作家20名ほどが集まって、
参加型アートイベント「クラフトデイズワークショップフェア」を開催します。
そのへんの普通の人に参加して欲しいのです。
よろしくお願いします。
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by tatakibori | 2014-04-17 20:48 | その他 | Comments(1)

固有名詞

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1980年によく売れた田中康夫「なんとなく、クリスタル」という本がありました。
東京で生まれ育った裕福な若者しか理解できない固有名詞が
ちりばめてあって、その注釈が400以上も書いてあり、
ストーリーよりそれが面白かったのです。
映画にしたらその意味を失い、散々の出来でした。

ネットが普及してWikipediaを使うようになって消滅した辞書がたくさんあります。
新潮社が芸術、文化、歴史の文章を読むための人名事典を
90年代の初頭に出しましたが、すぐに絶版になっています。
昔は芸術論を読むのに、こういう辞書が必要だったのです。

保田與重郎門下では「保田先生を読むには専用の辞書が必要ではないか」と
話されていたのを思い出します。
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当然ながら芭蕉には語彙という専用の辞書があります。

今なら浅田彰あたりの文章を読むときは常にWikipediaを開いてから
でないと前に進みません。
こういうのは度を越すと、なんクリのように限定的な固有名詞を楽しむ
だけの意味しか持たないようになります。
浅田の文章など、対象が何であっても同じで、論じる行為そのものが
芸術であって、そこに書かれた固有名詞はたいした意味を持ってないのです。
多くのアート論はそういうもののようです。
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by tatakibori | 2014-04-13 17:25 | 読書 | Comments(0)

一番好きなギタリスト

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一番好きなギタリストは?と聞かれたら・・・
その場合、やはりロックですから、ジョージ・ベンソンや渡辺 香津美は
残念ながら外さなければならないでしょう。
素直にジミ・ヘンドリックスといきたいところですが、
ローリングストーン誌の選んだ史上最高のギタリスト100選からでは
ミーハーすぎて味が無いようにも思えます。
私が選ぶギタリストはデイヴィッド・リンドレーです。
ジャクソン・ブラウンとの共演で知られるスライドギターの名手です。
ややスワンプ系のミュージシャンで、バイオリンやマンドリンもこなし
カントリー色も強い・・と言ってしまうのはアメリカロックを知らなさ過ぎるとも言えます。
よくライ・クーダーとも対比されるようですが、サウンドは圧倒的に繊細で
豊かなメロディラインを持ちます。
むしろリトル・フィートのローウェル・ジョージに近い存在だと私は感じているのです。
南部色の強い、土臭さがスワンプ系の特色のように言われますが、
実際にはジェシ・エド・デイヴィスのように繊細でグルービーで尚且つ
ファンキーなリズムがスワンプの持ち味なのです。
リンドレーに最も近い日本のギタリストなら鈴木茂を挙げておきます。
はっぴいえんどのギタリストでユーミンのバックでエレキを弾いていた人です。
普通の日本人なら、リンドレーのその耳あたりの良いサウンドは
ユーミンで馴染んだ音に近いから・・となるわけです。
デイヴィッド・リンドレーの最も彼らしい演奏はジャクソン・ブラウンの
レイト・フォー・ザ・スカイで聴く事ができます。



これだけマニアックな固有名詞を並べると、文章が読む人の多くに対して
ハードルというよりバリアを作ってしまいます。
これのもっと酷いのがアート系の評論文です。
誰も知らない固有名詞を常識であるかのような前提で
文章や語りが始まれば、カリスマ的な崇高さが
そこに漂う場合があるからなのでしょう。
これが固有名詞の高度な使用法です。
しかし、「山田尚公作品展」と題するだけでも
その名を知らない人にとってはは「気取りやがって」となります。
よく分からないものはとりあえず否定しておけば安全だからです。
かように固有名詞は人と人の距離を作ってしまう凶器にもなるのです。

タイトルとは無関係に固有名詞の危険性について書いてみました。
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by tatakibori | 2014-04-11 21:00 | 音楽 | Comments(0)

祖父・山田昭雲(哲)

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「日本近現代美術史事典」より

日本における<彫刻>の歴史は、江戸時代からのさまざまな素材と表現方法が、
明治期になって新しい名前を持たなかった時から始まる。
その後、西洋の新古典主義的な価値観やA.ロダンの影響などによって
それらはしだいに取捨選択され、選ばれたものが<彫刻>とよばれるようになっていった。
(中略)そして、そのとき排除されたものは、その多くが「工芸」の分野に入れられ、
「置物」や「人形」といった語は、時には彫刻作品を揶揄する否定的な意味としても用いられた。
(中略)一方で、「工芸」の世界に入れられた立体造形表現は、
大正年末頃から機能性と造形性の関係を再考し、
抽象彫刻と呼んでもよいような作品さえ作り出してきた。


祖父は自分が職業としてどのように呼ばれるかは気にしていませんでした。
「仏師」とか「彫師」とも呼ばれ、書かれています。
戦後、棟方志功の命名による「叩き彫」の名も「一刀彫」など
色々と呼びかえられても平気でした。
作品に関しても「彫り物」「置物」「人形」と呼ばれる事にも甘んじていたのです。
私の場合においても「揶揄する否定的な表現」もありますが、
そういう評価は受け入れなければならないと思います。

厳密に言うと祖父は結婚して父が生れた後から
大阪へ彫刻の勉強に行きます。
そこで学んだのは、彫塑、木彫、テラコッタ、染織、漆芸、指物や
細密な模型制作など多彩なものだったようです。
弟子入りしたと言う話もありますが、今で言う専門学校へ通って
いたのではないかと想像します。
私は、本人からその話を聞いた事がありません。
父の思い出によると昭和の始めに、当時は珍しかった
カラー印刷の美術雑誌を手に入れて読んでいたようです。
定期購読するほどの余裕は当然ながら無かったと思われますが・・。
祖母は晩年まで妙にストレートな表現の、いわば味気ない
短歌を詠み続けていました。
100歳を過ぎてから、誰に短歌を習ったのか聞いてみると
祖父に習ったと言います。
風流人だった祖父は短歌も当時流行のスタイルで学んでいたようです。

戦後、棟方志功に出会い柳宗悦の民芸運動に深く触れ、
その影響で一介の職人であると言うような表現を好んでいたようですが、
作風は写真のようにますます先鋭的になっていきます。
一見、円空風ですが、観賞者に対する激しい気持ちが
自身の信仰のために彫っていた円空とは違う世界を持つのを
強く示しています。
文化勲章を目指していた棟方の考えには同意して憧れの気持ちを
持っていたようですが、息子へは厳しくストイックな生き方を望んでいました。
何が目標だったのか、今の私にも分かりませんが、
棟方志功と祖父はこの「叩き彫」が家に継承されていく事を願っていたそうです。
子孫達は強い意思を持っているわけではありませんが、
先人の思いは今も続いています。
この先がどうなるか分かりませんが、
私達に「使命」があるならそれは所謂「芸術」であるのを
4代目と確認し合いました。
大正時代に始まった我が家の「叩き彫」はやがて一世紀の時を
刻む事になります。
これが何であったのか自らに問いかける毎日でもあります。
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by tatakibori | 2014-04-11 07:18 | 仕事 | Comments(0)

グラフィックデザイン

連休に開催するイベントの印刷物をデザインしました。
たいへん原始的なグラフィックデザインです。
主役は得意の木版画で、カードとポスターは木版画だけの
今の常識では考えられない情報量の少なさです。

カードはクリーム色の紙にオリーブグリーンの文字と
補色系のバーミリオンのポップな図案で50年代風です。
アンディ・ウォーホルの作品を見ながら考えていました。
完全に同じ配色のパッケージはガムか何かにあったようです。
自分ではブルースっぽい世界からのスタートです。
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ポスターはまことに原始的な木版画です。
クラフト紙に墨の文字と同系色べネシャンレッドの図柄で渋くまとめました。
版木の大きさは30x45cmでポスターは45x55cmです。
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チラシは芸術的に訴えるものが弱いと共催担当者からダメ出しで、
グリーンのベースに補色系の文字を何度もやりなおしました。
色々やっていると、文字にぼかしの影とか白ぶちとか話が出てくるので
イメージしている世界と、アートに対する認識の大きなズレが分かりました。
ややどうでもよくなってその時点で、あったもののまま
発注したので不本意なものになってしまったのがたいへん残念です。
次回からは強い意思で自分の表現をしなければなりません。
図案は美術雑誌にあった若手のイラストにヒントを得たかなりポップなものです。
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他にも、サムネイルのたくさん入った情報量の多いA3のポスターもあります。
20名以上の作品写真を揃えて画像調整して、サイズを合わせ配置する作業が
こんなにたいへんな事になるとは・・・。
グラフィックデザインは過酷な作業だと思ってましたが、
目が衰えてくるまでに相当なスキルを身につけていなければ、
簡単に潰されると思いました。
素人が分かったような事を言うのは仕事に対する冒涜だと痛感した次第です。
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by tatakibori | 2014-04-06 06:41 | 仕事 | Comments(0)