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クラフトデイズ2014秋

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美作の美術工芸作家集団のイベント「クラフトデイズ」は
この秋、コンパクトなイベント「クラフトデイズ2014秋」を
開催します。
11月1、2、3日の連休、イオンモール津山(中国道津山I.C.すぐ)の
2階にあるイベントスペース{イオンホール}を主会場にして
その周辺も使い、8組の作家が展示とワークショップを行います。

従来は自治体の管理する公共の施設を使ってきましたが、
今回は最大の小売業であるイオンの施設を使うのが新しい試みです。
作家活動の可能性を広げる意味では大きな展開であると言えます。


クラフトデイズ宣言の結びにこう書きました。
技術を継承し、生活の糧を得るため作品を売るという避けられない現実もある。
そういう小さな経済の循環の為にもよき理解者と価値観を共有し語り合える仲間が必要である。
クラフトデイズは美作の地にその場を作るためにある。

少しでも良い出会いの場にしたいと願っております。
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by tatakibori | 2014-09-25 11:20 | 仕事 | Comments(0)

プライバシーと特定商取引法

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以前、雅号をつけたら良いと言われた事があります。
父は祖父の号を継いで「昭雲」と名乗りました。
本名の「正志」が平凡で嫌だと言ってました。
私は変な名前ですが、本名で充分です。
号を名乗りたいと思った事もありません。
恥ずかしい事や、知られたくない過去もあるかもしれませんが
逃げようのない私の人生だと思います。
だから「尚公さんは正直すぎるから困る」と言われる事があります。

そういうオヤジの意見だと思って読んで下さい。

美術工芸作家の場合は仕事用のホームページやブログは
名刺の延長であってパンフレットみたいなものだから、
住所や連絡先を明記しないというやり方には馴染めません。
作家によっては名前さえはっきり書いてないところもあります。
何を世に示したいのかが私にはわかりません。

売りたい、仕事が欲しいと切に願う気持ちがあれば
たとえ迷惑メールが来ようと、煩わしいひやかしの
来客に悩まされようと我慢しなければならないと
思うのは貧しい育ちの年寄りの考えのようです。

商用サイトなら特定商取引法で責任者名や
住所、電話番号などすぐに連絡がとれる情報の
明記を求められています。
プライバシーを守らなければならないほど
問い合わせや来客があれば、そうなってから
対応すれば良いように思えます。

それとも、そういう方はすでに生活に支障が
あるほどの問い合わせや来客に悩まされているのでしょうか。
かなり名のあるベテラン作家でも住所や
連絡先をはっきり書いてますからそれは無い様に思えます。
それだけ仕事に対するスタンスが違うのでしょう。
そんな事で食っていけるのかと思ってしまいます。
たぶん目的が大きく違うのでしょう。
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by tatakibori | 2014-09-24 09:43 | その他 | Comments(0)

生活の糧

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我が家の場合、木彫刻は祖父から続く家業であって、
それで生計を立てる生業(なりわい)です。
生活の糧を得る職業なのです。
しかし、じつはそういう意識はあまり無く
実感に乏しいのも事実です。
私の若い頃の我が家は経済的に
破綻状態が長かったので、生活の糧というより
支払いをするために家族で必死にがんばっていました。
まさに借金の奴隷という状態です。
やがてその状態が解消すると、
生活に最低限必要なお金は
思うよりずっと少ないのに気がつきました。
そうなるとこの手の仕事は生業と言うより、
自分を主張する手段としての部分が大きくなってきます。

若い作家を見ると、その傾向はより顕著で
時代は豊かな方向へどんどん進んでいるのがよく分かります。
バブル経済の時代を知らない作家が大部分に
なった今ですが、バブルの頃より多くの作家の
意識は豊かで現実的に稼ぐ事に向いてないように思えてなりません。
昔は作家活動も関西流に言うと「商売」であって
「儲かってますか?」が挨拶だったのです。
「商売」と言うと若い人にはそっぽを向かれるので、
「ビジネスとして考えたら」と言い換えて話すのですが、
なかなか理解してもらえないようです。
追いかけてくるものがある方が人は一生懸命働きます。
「子孫に美田を残さず」という言葉がありますが、
そういう意味なのかもしれません。
色々と貯える技術が発展してきた弊害が
働く意味を失った人間を作っているのでしょう。

良い仕事をするためには
丁度良い頃合で貧しくあるのが理想ですが、
その頃合を定義するには強靭な精神力が
必要という厳しい結論に至ってしまいます。
結局、人は苦しんで仕事をするしかないのでしょう。
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by tatakibori | 2014-09-21 18:21 | その他 | Comments(0)

草枕

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漱石の草枕の冒頭は
 智に働けば角が立つ。
情に棹させば流される。
意地を通せば窮屈だ。
とかくに人の世は住みにくい。

という名文で始まります。

その後に続く
あらゆる芸術の士は人の世を長閑にし、
人の心を豊かにするが故に尊とい。
 住みにくき世から、住みにくき煩(わずら)いを引き抜いて、
ありがたい世界をまのあたりに写すのが詩である、画である。
あるは音楽と彫刻である。
こまかに云えば写さないでもよい。
ただまのあたりに見れば、そこに詩も生き、歌も湧く。
着想を紙に落さぬとも※(「王+膠のつくり」)鏘(きゅうそう)の音は胸裏に起る。
丹青は画架に向って塗抹せんでも
五彩の絢爛は自から心眼に映る。
ただおのが住む世を、かく観じ得て、
霊台方寸(れいだいほうすん)のカメラに澆季溷濁(ぎょうきこんだく)の
俗界を清くうららかに収め得れば足る。


心豊かな世界に強くあこがれを持ち、
詩を読み、音楽を聴き、書と絵を描き、
木を刻み、カメラを提げて歩いてきました。
少しでもこの世が美しいものであって
欲しいと思うから、
美しいものを探し、それを切り取る
のが私の仕事でありたいと願って
きたのです。
百年前にすでに結論は偉大な文豪によって
出されていますが、その出展を遡れば
ゆうに2千年を超える古の世界にたどり着きます。
何か新しい事をしなくても先人の文化を
トレースするだけで充分だと思ったのは
二十歳の頃です。

ピンチとは打つ手がなくなった、
八方塞(ふさがり)の状況です。
まだまだ打つ手もあるし、
道は目の前にいくつも広がります。
ピンチを作るのは役人で
道を開くのが芸術家だと
今は思っています。
責任重大です。
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by tatakibori | 2014-09-20 20:08 | アート | Comments(1)

叩き彫

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昭和20年代の祖父の作品です。
この作風で「叩き彫」と名付けられました。
祖父は円空には興味を持っていなかったようで、
写真集や雑誌など見ていませんでした。
昭和になって円空を見直したのは柳宋悦ですから、
民芸運動に近かった人達がよく知っていたのは
間違いありません。
円空を模したものではないのが祖父の特徴です。
私は幼い時に祖父の彫る姿や、作品を身近に感じて
これが途絶えるのはもったいないと思いました。
しばらくは叔父が後継者として仏像を彫っていました。
私は叔父とバトンタッチしたようなものです。
円空の写真集は子供の頃から見ていましたが、
祖父の豊かさ、バランス感覚はなかなか良いと
信じて育ちました。
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今日の私の新作です。
鉈彫りと呼ばれる大胆な表現は平安時代にはすでに登場して
仏像彫刻にまた違った芸術性を加えています。
円空にも先人があったのです。
もっとさかのぼれば、ホモサピエンスが石器や鉄器を
使い始めてすぐに木彫はあっただろうと思われます。
日本は森林がとても豊かだったから身近な素材の
一番は木材だったはずです。
しかし、残念ながら湿度の高い日本では
木彫は腐り、保存されなかったのだろうと思うのです。
私の木彫のルーツは祖父の叩き彫であり、
さらにたどれば原始の人々が木を刻んでいた
文化にたどりつくだろうと自分では思っています。
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by tatakibori | 2014-09-18 12:34 | 仕事 | Comments(0)

カッコいいカメラ

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公の場で写真を撮る行為そのものが犯罪になってしまうご時勢です。
様々なトラブルの原因になってしまいます。
個人情報とかプライバシーの問題もあるでしょうが、
意外に多いのが写真を撮る行為そのものが
目立つ事で第三者を威圧したり、不快にさせるという場合があります。

昔から言われますが、
クルマの運転とセックスが下手と言われるのは
男にとって最悪の侮辱であります。
後者はたいへん主観的かつプライベートな事ですから
除外して考えたいですが、クルマの運転が下手なのは
男にとっては重要な問題です。
同乗しなければ分からないですから、多くの場合は
どんなクルマに乗っているかで判断される部分があります。
とりあえず、スポーツカーに乗っていれば
まさか運転が下手には見えないですから安心です。
BMWとかメルセデスなんかも説得力のある
男のプライドなのかもしれません。
マニアックにちょっと古いイタリア、フランス車は
自動車に対するこだわりが感じられ好感度が高いようです。
基本形は自動車に対する愛情のようなものを
アピールする事ですから国産コンパクトや軽自動車でも
いつもきれいにして同乗者に優しい運転をする事が
社会的信用にもつながるようです。

写真を撮る行為はこの2つに近いものがあるようです。
一般的な趣味としてはそれほど高価なものでは
ありませんが、デジタル一眼の上級機を持って
人の集まる場所で写真を撮るのは個性を強く
アピールする行為そのものになってしまうようです。
上の写真は私の常用のカメラです。
ニコンのD70s(2005の入門機)、D200(2005の中級機)と
D700(2008のフルサイズ機)とデジタル機器にしては
たいへん古いものばかりです。
新品を買ってたいせつに使ってきました。
すでに同じ機種を見かける事も少なくなっています。
自分では国産普及クラスのボロボロのカメラを
だましだまし使っているわけなので、
カッコつけてやっているより、
傍目にはややドン臭いオッサンが頑張っている
ように見えると思っているのです。
そのあたりは見苦しいでしょうが、
見下して下さって結構ですから
見逃してやって下さい・・と思っているのです。
良い写真を撮る実際はそんなものなんです。
けっして他人を威圧するような行為ではないのです。
クルマで言えば11年落ちの社畜専用サクシードです。
決してメルセデスなんかではございません。
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by tatakibori | 2014-09-14 13:24 | 写真 | Comments(0)

まだ本気出してない

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「まだ本気出してないだけ」
と言うのは人気マンガの
タイトルから流行った言葉です。
「それをほめられても違うんだけどなぁ」
などと若い人は思う事がよくあるそうです。
今の姿だけで評価して欲しくないと
思うのは向上心の一つの表れなのでしょう。
若い人を見ていると、
やっぱり「本気出せよ」と言いたくなる
時もあります。
急速な平均寿命の伸びにに伴って
「若い」の基準の高齢化も進んで
私達の世代から言えば若者とは
言えない様な年齢の人達が
すごく若い気分の
「これから本気出すつもり」の
生活をしているように
思えてなりません。
そんなところから自分が年を
とってしまったのを強く感じています。
昔から、次回作が最高傑作だというのが芸術家の
意気込みとも言われますから
それはそれでアリなのかもしれません。

私の場合は、これから本気出すとは
気分的にも言えないので
上の写真の作品「アメノウズメ」などが
世間の評価は別として、
けっこう本気の作品だと思います。
「もう本気出しているんだから、
今の俺で評価してくれよ」
と言っておきます。
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by tatakibori | 2014-09-08 21:14 | その他 | Comments(0)

似合いませんが・・・

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高校生の頃から、もう40年もやっている消しゴムスタンプです。
最初はカッターナイフで彫ってました。
老眼で目が見えなくなり細かな彫りは出来ないので、
大胆に版画用の三角刀で彫ります。
小さな模様のハンコを組み合わせて押すと
きれいなポストカードにもなります。
カラースタンプ台も色数が増え、値段が下がり
手軽に楽しめるようになりました。
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木版画教室も盛況ですが、
イベントでやる場合には時間的に
無理になる場合もあるので、
消しゴムスタンプのワークショップも計画中です。
小学3年生以下のお子様向けには
押して絵を作るスタンプ画のワークショップも検討中です。

木版画の楽しさを手軽に理解していただくのが
目的でもあります。

若い頃は「若造がほとけさんを彫っても説得力がない」と
さんざん言われました。
この年になってファンシーなワークショップは似合いませんが、
入門のハードルを如何にして下げていくかが問題です。
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by tatakibori | 2014-09-08 09:01 | 仕事 | Comments(0)

戦争の道具

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今や自動車に欠かせないナビゲーションは
GPSという人工衛星の電波を利用して
自分がどこにいるか正確に割り出せる
システムを利用しています。
米軍の開発したシステムで地球上のどこにいても使えます。
その技術を民間に利用したのがカーナビゲーションです。
最近は一万円以下でも入手可能でお手軽な道具ですが、
おかげで私のような田舎者でも、土地勘のない都会へ
クルマで乗り込められます。
便利に使っているグーグルの地図や衛星写真も当然ながら
軍事目的のおまけのようなものです。
そんな事を言えば身の回りのほとんどの便利なものは
生い立ちが戦争の道具のようです。
正露丸やサランラップが戦争目的だったのは有名な話です。

兵器を輸出しない日本ですが、実際の戦場では
戦争をイメージしない日本製のトラックや重機が
大活躍していると言われます。
何が戦争の道具で、殺人に利用されているかは
わかり難いです。

それでも直接に殺傷の道具である銃器や刀には
多くの人が拒否反応を示すようです。
私達の周りには子供の頃から玩具であっても
そういうものに手を触れないように躾けられた方
が多くあります。
日本人はディベートのような討論も苦手です。
宮澤賢治は「北ニケンクヮヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ」と書いています。

私は、戦いの神である阿修羅を彫ることがあります。
有名な興福寺の阿修羅像は穏やかで優しく
美しい少年の顔で、闘争心は内に秘められている
のだろうと想像していました。
しかし、年齢を重ねてくるとほんとうの戦争が抱える
感情というのは激しい怒りのようなものだけでなくて
民族や宗教の悲しみや愛であって、
それがどこかで行き違ってしまうのではないか
と思うようになりました。
芸術の世界に求められているのはそういう気持ち
なのかもしれません。
こわい顔を彫ると簡単に「怖い」と言われますが、
優しい気持ちになれる表情を彫るのは難しいようです。
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by tatakibori | 2014-09-05 12:40 | 日々の生活 | Comments(3)