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「守る」と「攻める」

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野球の投手は100球の良い球を投げても
たった一球の失投で敗者になります。
逆に、打者は三振、凡打が続いても
最後の一打で勝者になれます。
守りの方が100倍難しいと言えます。
勢いのある野党でも政権をとったら
まったく役に立たなかった事もあります。

ゲームではない人生や仕事において「攻め」を続けるのは、
常にハングリーであり続けるという事だと思います。
それもまた苦しいように思えます。
またその場合は、明確なルールを持たないから、
ここからは「守り」になるという客観的な
判断をしなければなりません。

木彫刻は仕上げに入ると、過程での勢いや
鋭い線がだんだん平凡になってきます。
死ぬまでには、守りを捨てた荒々しい
攻めの作品をものにしたいと思います。




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by tatakibori | 2015-05-29 20:57 | Comments(0)

職人と芸術家

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「職人と作家はどう違うのか?」という話があります。
木彫刻の場合は仕事を請け負う人が別にいて、材料が持ち込まれて
注文に合った仕事をするのが職人です。
作家となると、見込み生産と言うか、自前の材料で作品を作り溜めて
個展など開くのが主な仕事になります。
職人は親方のもとへ弟子入りして10年くらいの修行を経て
一人前になります。
営業やマネージメントをしないのが職人とも言えますが、
大工の棟梁のように経営者としての仕事もこなすのが
職人の親方です。
優れた作家は職人としても一流の仕事をしなければなりません。

時代は進んで、芸術家の一部には考えるだけの人も出てきました。
制作は職人的な人に任せてしまうのです。
一流のアーティストの大部分がそうなのかもしれません。
そして、技術的、職人的な部分が必要ない美術が増えてきました。
技術を軽視する傾向とパソコンの普及などで多くの分野では
いくつかの才能があれば一定程度の良い仕事が出来る場合もあります。
必ずしも修行が必要ない時代になったのです。
それは、ある意味で作家を使い捨てにする時代になったという事です。
本当の意味で創作で食べていくには、以前とは違う修行も必要に
なってきています。
もちろん以前からの基本的な技術も必要で、その意味をちゃんと
理解しなければデジタル時代にもついていけません。

職人になるには修行が必要ですが、作家になるには少しばかりの
才能があればなんとかなります。
それこそ才能さえあれば、スタートしてから独学で修行する事も可能です。
「だれでも作家」の時代と言われますが、ベテランの職人が見ても
驚くような才能を持った若い作家もいます。
かなり混沌とした時代になりましたが、
新しい何かが始まるのかもしれません。
使い捨てられないようにコツコツと地味にがんばりましょう。

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by tatakibori | 2015-05-12 21:15 | その他 | Comments(0)

しゃべり言葉

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ここへ書いている文章はですます調の「敬体」ですから、
しゃべり言葉で書いている事になります。
明治の頃から話し言葉で文章を書く技法が色々と試されていたのですが、
さすがに味噌汁を「おみおつけ」と書くのは会話以外ではなかったと思います。
職人の世界では漆を塗る「塗師」を「塗師屋さん」と言いますが、
業界用語で一般に使われるような言葉ではありませんでした。
今やっているNHKの朝ドラではこの「塗師屋さん」が登場しているようです。
伝統的な言葉でもあるので、さほど違和感を持たない人も多いでしょうが、
私はテレビの中で使われた事に驚きました。
塗師で「師」が付きますから敬称であり、それに「屋」を付けて
さらに「さん」が付けば、充分に変な言い回しで「おみおつけ」に
匹敵すると言えます。

ごく最近の現象ですが「作家さん」という表現に違和感を持ちます。
美術商や百貨店の業界用語では「作家」は「先生」と言うのが一般的で、
「作家さん」というのは新しいしゃべり言葉の表現のように思えます。
さらに、自身が(昨今の誰でも作家という現象を含めた)作家である人が
同業者を「作家さん(たち)」と書くのはとても変な表現に思えます。
資格のある職業では同業者を「先生」と呼び合う事がありますが、
外部から見ると変に思える場合があります。
それとは少し違う現象だと思いますが、今後定着するかどうか
とても興味があります。


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by tatakibori | 2015-05-07 19:57 | その他 | Comments(0)