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詐称

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経営コンサルタントでタレントのKという人物の経歴詐称が話題になっています。
人気の高いニュース番組のコメンテイターとして活躍していたそうです。
その記事を読んで思い出すのは「クヒオ大佐事件」です。
映画も作られて、堺雅人が演じたそうです。
実際には縁の無い最高学府で学んだプロフィールなどは、
純朴な若い女性相手のクヒオ大佐なら騙せそうですが、
一流のテレビスタッフを相手にエリートを演じたKはたいしたものです。
あの「グレートギャツビー」に並ぶほどの詐称かもしれません。

自分を自分より優れたものに見せようとするのは、ある意味で誰にも必要な事だと思います。
言い方を変えれば向上心の表れであり、努力のモチベーションにもつながります。
ある種の芸術家にとっては不可欠な欲求かもしれません。
身の回りのアーティストを見れば、これがある人と無い人の区別が簡単に出来るように思います。
固有名詞が会話に多い人や抽象的な事を熱く語るなど典型的なものだと思います。
カリスマ的な雰囲気を出している人もそうかもしれません。
Kは低い声で穏やかに分かりやすくニュースを語る事で人気を得たそうです。
しかし、一部では「何を言っているのか分からない」「話に内容が無い」との批判もあったそうです。

Kをテーマにした映画を作るとすればやはり本物のインテリ俳優が欲しいですね。
堺雅人は適役ですが、彼にはクヒオ大佐があるので香川照之が良いかもしれません。
ハリウッドでやるならマット・デイモンで決まりですね。



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by tatakibori | 2016-03-21 20:11 | その他 | Comments(0)

クラフトデイズのその後

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大袈裟に構えて立ち上げた地域おこし型アートイベントのクラフトデイズですが、
一年以上休眠状態になってしまいました。
初夏に何かやってみようと計画しましたが、参加者が少なくて趣旨に添うイベントに
発展させられそうになく見送りになりました。

誰でもイベントが立ち上げられるのを見せるのがクラフトデイズの目的でもあったし、
あれ以降は同様のイベントがますます増えて新しい作家の活躍の場がどんどん出来ました。
来客もイベントを場所、時期や参加作家の顔ぶれで選べるので、
自分の好きなイベントに出かけるようになってきたと思います。
作家の方からは確実に「雰囲気を重視して参加したい」という声が聞こえます。
ここから何かやるとなると今までの路線ではすでに古臭いというか
ありきたりのもので新鮮味が無いように思えました。
これから新しいイベントを開くとなると、それに求められるものは
今までよりさらに厳しくなるのは当然です。

最初のクラフトデイズの時は閉鎖的な社会に「疎外感」を感じている人たちの
交流を図るという比較的目新しいテーマを影に掲げていました。
アートがどんどん身近になって体験教室も増えてその疎外感の壁もかなり壊れてきたと思います。
状況が良くなっているのに人が期待ほど集まらないというのは、
ビジネスとして論じたら「淘汰が始まった」となります。
アーティストとして見ればどうでも良い事ですが、それでは社会や
共催の関係者などから不満が出てくるでしょう。
私はあるべき方向へ進んでいるのだから、正しい進化の現象だと思っています。
でも、それでは若い人たちの未来への希望を繋ぐ事ができません。
今さら還暦のオヤジが出て行ってリーダーシップをとるのはどうかと思うので
何か影で役に立つ助言が出来るような機会やシステムを考えてみたいと思います。
美作地域でアートイベントが増えたのは偉大な先輩方の存在が一番の力ですが、
クラフトデイズが示した誰でも簡単にイベントが開けるやり方や雰囲気も
大きな貢献をしていると評価して下さる方々もあります。

いよいよ春本番でアートイベントは盛りだくさんです。
さて、私は何処に行きましょうか?



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by tatakibori | 2016-03-20 19:37 | アート | Comments(0)

岡山県北へ移住 その2



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かなり以前に岡山県北への移住を紹介しましたが、
あれから時が経って少し情勢が変わってきたようなので
現状の報告をしたいと思います。

岡山県北への移住の第1期があるとすれば東日本大震災以前の
5年以上前の時代です。
それは老後を田舎で過ごす人々へ向けて不動産業者主体の別荘や
古民家の販売だったと思います。
少し荒っぽい業者もありトラブルも多かったように聞いています。

震災以後は安心して暮らせる田舎として岡山が注目されて、
避難してきた若い人たちが現れます。
それが第2期と仮に定義したいと思います。
同時に増えた地域おこし協力隊や、田舎でアートや農業を目指す若者が
注目を集めます。
定住を考えるより、自分の人生としての仕事がありそれを目指すスタイルとして
田舎という場所が必要だった人も多く総務省や自治体の思惑とは
違う形での発展もあったのではないかと見られる例もありました。
ネットやマスコミでの注目度が上がるほど元からの住民の反感を買う
ような皮肉な場面もあったようです。

そして、最近はさらに情勢が変わってきたのではないかと思う事があります。
統計の数字はわからないし、マスコミも以前と同じような報道なので
あくまでも個人的に感じる事です。
役所や警察署、あるいは買い物のスーパーなどで明らかに県外から移住してきた
若い人々を見かけるようになってきたからです。
どういう仕事をしている人か分かりませんが、
今までのイメージの移住者とは違う個性の強さを持たない普通の人たちに見えます。
ひょっとしたら第3期が始まって、本格的な移住が現れたのではないかと期待しています。

企業誘致レベルでは自治体が実質的に土地を無償に近い形で提供して、
雇用の創出や移住者に期待しているという話も聞きます。
公営住宅を安く提供する試みもあるようです。
これによって色々な意味での移住のハードルが下がればと思います。
公的な補助金やそれに近い職業を腰掛に移住してきた人と違う、
意志や目的を持たないでただのんびりと田舎で暮らしたいと言う人たちが
少ない収入で暮らせる環境をどうやって提供するかすでに真剣に語られているようです。
同じようなニュースの繰り返しの中から新たな変化が見えてきた今日この頃です。
私の思い過ごしかもしれませんが・・・。



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by tatakibori | 2016-03-19 17:51 | その他 | Comments(0)

コノハナサクヤヒメ

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これは03年制作の「コノハナサクヤヒメ」(杉材)です。
ついでながら、前回投稿の写真は「アメノウズメノミコト」(コナラ材、04年作)です。
コノハナサクヤヒメは日本神話の中で最も美しいとされる女神です。
天孫降臨のニニギノミコトが国つ神のオオヤマツミの娘コノハナサクヤヒメと結婚するお話があります。
姉のイワナガヒメが美しくなかったので断り、妹を選んだという物語です。
コノハナサクヤヒメは富士山の神さまでもあり、富士山頂や富士がよく見える場所には
浅間神社という名の神社があり、その主祭神はコノハナサクヤヒメです。
大阪市の此花区という最後に出来た区の名もこれに由来するものです。

津山市には黒姫伝説という仁徳天皇に愛された絶世の美女の神話があります。
私の住む奈義町は那岐山の名であり、那岐がイザナギノミコトの事です。
那岐神社もありますが、対になるイザナミノミコトの那美神社もあります。
安直ですが「いざ、奈義」と語呂合わせのキャッチフレーズも良いかもしれません。

政教分離と神経質な時代もあったようですが、ここらで考えを柔らかくして
日本神話も宗教と見るよりは観光資源の伝説としてPRの材料にするのが
賢明だと思います。
今朝の山陽新聞に岡山県の出した広告に「この花咲くや」とあったのを読んで、
関連や必然性のない言葉を並べるよりは後からは作れない歴史や伝統に
根ざした地域性を見直すのがたいせつだと考えました。

久しぶりにイザナギ、イザナミ像を彫らなければと思うのでした。

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by tatakibori | 2016-03-18 20:54 | 仕事 | Comments(0)

普通でないもの

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たいていの場合、自分が価値判断の基準になってしまいますから、
組織に属さずに自ら考えた表現を売る仕事をしている私のような人は
自分が世間の標準からずれている事に気がつき難いのです。
仕事ではそれがたいせつな個性になりますから劣っていると
考えるような機会はほとんどありません。
でも時々それを強く感じる事があります。
普通の人がたいせつに思っている事がどうでも良くて、
多くの人が切り捨てて生きている事が人生観の大きな柱だったりします。
白洲次郎は新婚の夕食時に「ネクタイをしていなくて失礼」と
奥様に言ったエピソードが有名です。
私は食事の時に来客があるのがむしろ普通だった環境で育ったので、
くつろいで夕食をとる一般家庭の光景に驚いた記憶があります。
例えて言えば、そんな感覚に類するのかもしれません。

若い頃は、クルマを買う時に初対面のセールスと話が全くかみ合わない事がよくありました。
一般的な家庭の車選びとは全然違う価値観だと言われました。
複数台を所有するなら予算の大部分を主たるクルマにつぎ込むのが
当時の我々世代の「普通」だったようです。
長年つき合ったベテランセールスは「山田さんは貨物車の人だから」と言ってました。
「クルマの扱いが乱暴だ」とも言われたような気がします。

もっと極端なのが家に対するもののようです。
今の工房兼住宅は1980年に建てたものですが、工事半ばで資金が途切れて
未完成のものを私が苦労して使えるように作り上げたものです。
手元に資金がない状態で建具や風呂、倉庫など作るので、お小遣い感覚の
予算で知恵を絞り、労力を尽くしたのです。
当然ながら、外観とかは後回しで最低限の機能が優先されます。
そして、最大限の費用対効果を生むべくそれなりの勉強もしました。
最近は、そのあたりの感覚が多様化してきて「たいへんな変人」から
「ちょっと変わった職業の人」に格下げされてきました。
でも、たぶん妥協の出来ない頑固な部分がそこに集約されているのは事実です。
具体的には簡単に言葉にできませんが、価値観が共有出来ない家があります。
一般的にはオシャレで快適だと思われる家です。
いくらオシャレでも中古輸入車は、これまでもこれからも買わないのも確かです。





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by tatakibori | 2016-03-17 20:44 | その他 | Comments(0)