岡山県北へ移住 その2



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かなり以前に岡山県北への移住を紹介しましたが、
あれから時が経って少し情勢が変わってきたようなので
現状の報告をしたいと思います。

岡山県北への移住の第1期があるとすれば東日本大震災以前の
5年以上前の時代です。
それは老後を田舎で過ごす人々へ向けて不動産業者主体の別荘や
古民家の販売だったと思います。
少し荒っぽい業者もありトラブルも多かったように聞いています。

震災以後は安心して暮らせる田舎として岡山が注目されて、
避難してきた若い人たちが現れます。
それが第2期と仮に定義したいと思います。
同時に増えた地域おこし協力隊や、田舎でアートや農業を目指す若者が
注目を集めます。
定住を考えるより、自分の人生としての仕事がありそれを目指すスタイルとして
田舎という場所が必要だった人も多く総務省や自治体の思惑とは
違う形での発展もあったのではないかと見られる例もありました。
ネットやマスコミでの注目度が上がるほど元からの住民の反感を買う
ような皮肉な場面もあったようです。

そして、最近はさらに情勢が変わってきたのではないかと思う事があります。
統計の数字はわからないし、マスコミも以前と同じような報道なので
あくまでも個人的に感じる事です。
役所や警察署、あるいは買い物のスーパーなどで明らかに県外から移住してきた
若い人々を見かけるようになってきたからです。
どういう仕事をしている人か分かりませんが、
今までのイメージの移住者とは違う個性の強さを持たない普通の人たちに見えます。
ひょっとしたら第3期が始まって、本格的な移住が現れたのではないかと期待しています。

企業誘致レベルでは自治体が実質的に土地を無償に近い形で提供して、
雇用の創出や移住者に期待しているという話も聞きます。
公営住宅を安く提供する試みもあるようです。
これによって色々な意味での移住のハードルが下がればと思います。
公的な補助金やそれに近い職業を腰掛に移住してきた人と違う、
意志や目的を持たないでただのんびりと田舎で暮らしたいと言う人たちが
少ない収入で暮らせる環境をどうやって提供するかすでに真剣に語られているようです。
同じようなニュースの繰り返しの中から新たな変化が見えてきた今日この頃です。
私の思い過ごしかもしれませんが・・・。



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# by tatakibori | 2016-03-19 17:51 | その他 | Comments(0)

コノハナサクヤヒメ

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これは03年制作の「コノハナサクヤヒメ」(杉材)です。
ついでながら、前回投稿の写真は「アメノウズメノミコト」(コナラ材、04年作)です。
コノハナサクヤヒメは日本神話の中で最も美しいとされる女神です。
天孫降臨のニニギノミコトが国つ神のオオヤマツミの娘コノハナサクヤヒメと結婚するお話があります。
姉のイワナガヒメが美しくなかったので断り、妹を選んだという物語です。
コノハナサクヤヒメは富士山の神さまでもあり、富士山頂や富士がよく見える場所には
浅間神社という名の神社があり、その主祭神はコノハナサクヤヒメです。
大阪市の此花区という最後に出来た区の名もこれに由来するものです。

津山市には黒姫伝説という仁徳天皇に愛された絶世の美女の神話があります。
私の住む奈義町は那岐山の名であり、那岐がイザナギノミコトの事です。
那岐神社もありますが、対になるイザナミノミコトの那美神社もあります。
安直ですが「いざ、奈義」と語呂合わせのキャッチフレーズも良いかもしれません。

政教分離と神経質な時代もあったようですが、ここらで考えを柔らかくして
日本神話も宗教と見るよりは観光資源の伝説としてPRの材料にするのが
賢明だと思います。
今朝の山陽新聞に岡山県の出した広告に「この花咲くや」とあったのを読んで、
関連や必然性のない言葉を並べるよりは後からは作れない歴史や伝統に
根ざした地域性を見直すのがたいせつだと考えました。

久しぶりにイザナギ、イザナミ像を彫らなければと思うのでした。

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# by tatakibori | 2016-03-18 20:54 | 仕事 | Comments(0)

普通でないもの

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たいていの場合、自分が価値判断の基準になってしまいますから、
組織に属さずに自ら考えた表現を売る仕事をしている私のような人は
自分が世間の標準からずれている事に気がつき難いのです。
仕事ではそれがたいせつな個性になりますから劣っていると
考えるような機会はほとんどありません。
でも時々それを強く感じる事があります。
普通の人がたいせつに思っている事がどうでも良くて、
多くの人が切り捨てて生きている事が人生観の大きな柱だったりします。
白洲次郎は新婚の夕食時に「ネクタイをしていなくて失礼」と
奥様に言ったエピソードが有名です。
私は食事の時に来客があるのがむしろ普通だった環境で育ったので、
くつろいで夕食をとる一般家庭の光景に驚いた記憶があります。
例えて言えば、そんな感覚に類するのかもしれません。

若い頃は、クルマを買う時に初対面のセールスと話が全くかみ合わない事がよくありました。
一般的な家庭の車選びとは全然違う価値観だと言われました。
複数台を所有するなら予算の大部分を主たるクルマにつぎ込むのが
当時の我々世代の「普通」だったようです。
長年つき合ったベテランセールスは「山田さんは貨物車の人だから」と言ってました。
「クルマの扱いが乱暴だ」とも言われたような気がします。

もっと極端なのが家に対するもののようです。
今の工房兼住宅は1980年に建てたものですが、工事半ばで資金が途切れて
未完成のものを私が苦労して使えるように作り上げたものです。
手元に資金がない状態で建具や風呂、倉庫など作るので、お小遣い感覚の
予算で知恵を絞り、労力を尽くしたのです。
当然ながら、外観とかは後回しで最低限の機能が優先されます。
そして、最大限の費用対効果を生むべくそれなりの勉強もしました。
最近は、そのあたりの感覚が多様化してきて「たいへんな変人」から
「ちょっと変わった職業の人」に格下げされてきました。
でも、たぶん妥協の出来ない頑固な部分がそこに集約されているのは事実です。
具体的には簡単に言葉にできませんが、価値観が共有出来ない家があります。
一般的にはオシャレで快適だと思われる家です。
いくらオシャレでも中古輸入車は、これまでもこれからも買わないのも確かです。





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# by tatakibori | 2016-03-17 20:44 | その他 | Comments(0)

MT(マニュアル トランスミッション)

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私が日常の足に使っているクルマはサクシード・バンの珍しいMTです。
13年前にクルマを買う時にMT車の選択肢がほとんどなかったのでこれになりました。
ATが嫌いとか、強いこだわりがあるほどではありません。
私が20歳の頃、父がクルマを買い替える時に、その当時としては珍しかったATを
強く推したくらいで合理的なAT車には子供の頃から憧れさえ持っていました。
トヨグライド2速ATのパブリカとかコロナを試乗した事もあります。
今まで我が家にAT車が無かった事など一度もありません。

意識はまったくしていませんが、街でポルシェを見かけた時にそれがATだったら
すごくがっかりするのは事実です。
マツダロードスターとかトヨタ86などもMTでなければ価値が無いように思えます。

自分では、なんとなく足クルマはMTの方が良いと思うだけです。
しかし現実はどんどん変化して、MT車の需要は減るばかりのようです。
とうとう一昨年にサクシード、プロボックスがCVTのATに進化して
MTが消滅しました。
次に買うクルマをMTに限定するなら荷物が少ししか積めない小さな
乗用車、あるいは軽自動車にするか、少し大きな貨物車くらいしか
選べなくなってしまったようです。
いざ現実にMTを止めるとなると大きな寂しさがこみ上げてくるのです。
今のクルマをどうやって延命して乗り続けるか対策を考えています。
私のような人間は絶滅寸前なのでしょうか?


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# by tatakibori | 2016-02-16 14:24 | その他 | Comments(2)

個人美術館その2

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私の住む町にある美術館は自治体の名前を冠していますが、
内容は個人美術館と言って良いと思えます。
設計した世界的な建築家磯崎新個人の芸術表現に徹しているからです。
内容は4人のアーテストの作品を恒久展示するものですが、
それをまとめる器の方がはるかに主役です。
アーテイストは親しい友人や磯崎夫人であり、磯崎の支配下にあると言えます。
個人の名前がついていないのは運営、所有が自治体であり、すべての資金は
自治体を経由して防衛省が出したものだからです。
設立の経緯はともかく、強い個性を持った美術館はその後に誕生した
直島の地中美術館などに大きな影響を与えたようです。
アーテイスト個人の資金ではここまでのスケールのものは作れませんが、
そのアイデアは独創的で、スケールダウンしても通用すると思われます。

この美術館は当初の恒久展示だけでの集客には低い限界があって、
別にあるホールでの美術館職員の企画による有名でない地方アーティスト中心の
展示によって集客に成功しているようです。
潤沢な資金や有能なキュレーターがあってようやく成り立つのが、
個人美術館の難しさを示していると言えます。
しかし、この場合には採算性とか費用対効果という一般的な経済常識を
持ちだして論じるのは意味がありません。


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# by tatakibori | 2016-02-15 12:15 | アート | Comments(0)

個人美術館

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個人美術館とはその土地にゆかりの著名な芸術家の作品を展示してあるものですが、
個人的な美術館というか作家が自作品を展示する目的のものもあります。
さらに個人のコレクションを展示しているものも含まれるように思えます。
岡山県北でも広く海外に見分を広めた芸術家が作った個人美術館がいくつかあります。
このタイプの美術館は欧州では珍しくない存在なのでしょう。
営利を目的としないで、個人経営なら週に1日だけ開けるとか、
見学は予約のみとか、一年の半分は閉館など自由なやり方の運営が多いようです。

カフェ(飲食店)でアート作品を展示販売する店が増えてきたのも
新しい動きだと思います。
民家で限定的なレストランというスタイルもありますから、
特別な建物でなく普通の住宅を改装しないでカフェと個人美術館を
限定的にやってしまう方法もあるかもしれません。
私が子供の頃に我が家では座敷を貸して行商人が大島紬とか
有田焼の展示販売をやっていました。
江戸時代の芭蕉とか円空も旅先で土地の有力者の座敷を借りたり、
寺院の境内などでそのパフォーマンスを展開したようです。
販売に経費をかけない方法は売価を抑える事につながり、
作者にとってもファンにとっても有利という考えも成り立ちます。
今の時代や環境に合った昔からある営みのようで新鮮な感覚の展示販売・・・・。
今世紀に入ってからの流れから感じて思うのはそういう方法です。

田舎の温泉町にある個人美術館を見てそんな事を考えました。

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# by tatakibori | 2016-02-12 20:11 | アート | Comments(0)

小型デジタルアンプの新型

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仕事場用のCDプレーヤーの調子が悪くなったので、対策をあれこれ考えました。
自動車用のオーディオはUSBメモリのMP3データで再生しています。
8GBのメモリならCDにして200枚以上の音楽が入っています。
BGMにはとても便利で音質的にも問題ありません。
それと同じような家庭用のものを探して見つけたのが写真のものです。
kentigerというブランドですがlepaiとかlepyと実質的に同じメーカーの製品に見えます。
もちろんmade in chinaです。
USBメモリとSDカードを挿し込んで、そのまま再生できます。
小型デジタルアンプにDACが内蔵されているからカーオーディオと同じです。
電源アダプター無しなら送料込み2,000円以下の驚異的なお値段です。
電源は今までのアンプと同じ12Vが使えます。
たいへん目障りなLEDのイルミネーションは分解して基盤のソケットを
外して点灯しないようにしました。
音質はMP3なのでCDよりはやや粗いような部分もありますが、
気になるほどでもありません。
音量も十分にあります。
これとスピーカーだけで飽きずに一日中BGMを流せます。
中国製デジタルアンプの世界は新しいステージに進化しています。
真空管を使った廉価なプリアンプ(ヘッドフォンアンプ)もあるようです。
長時間BGMをMP3に変換し、PCなしで楽しめば消費電力は2W程度に抑えられます。

よーく考えてみれば、おかしな話です。
技術の進歩と経済格差で安く手に入れたハードと、
ネット上に無料で垂れ流されているソフトでは
産業としても芸術文化としても成り立っているとは
言えないような変な感じです。
豊かになったような気もしますが、
だんだんそれに合わせて貧しくなっていくように思えます。



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# by tatakibori | 2016-01-11 19:50 | オーディオ | Comments(0)

還暦を迎えて

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あけましておめでとうございます。

今年は丙申(ひのえさる)で十干十二支の私の生まれ年の
干支が一回りして還暦を迎えます。
子供の頃に思った60歳とは全然違って、超高齢化社会の還暦は
まだまだこれからと言う年齢です。
1970年頃だったか、筒井康隆の本の中に「断末魔酔狂地獄」という短編がありました。
近未来の超高齢化社会を予言、風刺した話です。
今やまさにこの予言が現実となった社会だと思います。
たぶんこの話の主人公が私の世代です。
アンチエイジングや健康への関心、ストレス解消のテクニックなどで
かつての還暦と現代の還暦はずいぶん違うようです。
私達は長く生きて色々な体験をして多くの事象を見てきましたが、
これから先も長く「(一億総)活躍」しなければなりません。
美術工芸系の職業を取り巻く環境は小売業などと同じでさらに厳しく、
先の見えない時代はこれからも続くと思われます。
希望は自分で作って、「打って出る」アグレッシブさが求められると
助言をいただく事もあります。
しかし、私にはどこへ資金を投入して積極的に動けば良いのか分かりません。
公的な制度融資や補助金を受けたり、銀行で資金調達をする時代は
父の時代の過去の話のように思えます。
例えば、個人的なスポンサーと組んで空き家を借りたり、廃業した方より
設備を譲り受けるような方法で、営利を主目的にしない
NPO法人を活動の母体にするのが21世紀の創作活動だと思います。

年末から前時代的な煩わしい誘いの話がありますが、先ずはそれを片付けまして、
春には我が家(工房)の水回りのリフォームをします。
もっと広く門戸を開けて工房の機能も充実させていくのが今年の目標であります。
それが昭雲工房の未来へのスタートです。

最後になりましたが、
本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。


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# by tatakibori | 2016-01-02 19:50 | 日々の生活 | Comments(0)

続々・氏

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今日の最高裁判決で、夫婦別姓は認められない事になりました。
しばらくはこの制度は続くのです。
生まれた氏に強い思い入れのある人は入籍しない方法を選択するのが賢明です。

岡山県の出身で平櫛田中という木彫家がいました。
たいへん長命で満108歳の直前まで生きた人です。
その後、同門の木彫家に長寿の人が続いたので
木彫をすると長生きするのではないかと真面目な話があったくらいです。
田中は本名を倬太郎(たくたろう)と言い、田中は生家の氏です。
10歳で平櫛家に養子に出されましたが、成人してもしばらくは
田中の姓を名乗ったそうです。
生家の氏にはよほど執着があったのか、雅号を田中としたのです。
「ひらくしでんちゅう」は「ひらくし・たなか」だと言えます。
もしも田中が生きていたら、今回の判決にどうコメントしたでしょうか。

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# by tatakibori | 2015-12-16 18:09 | 日々の生活 | Comments(0)

今年を振り返って

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以前はその年に買ったCDの中から良かったものを紹介したり
一年にあった出来事を振り返るような事を書いてきたのですが、
今年はそういう気分が起きてきません。
じつは、CDやレコードはかなり増えています。
それを聴くためのオーディオもずいぶん変化しました。
カメラも廉価ですが最新の機種を手に入れて
技術の進歩を実感しています。
仕事も他人から見ればスローペースでしょうが、
自分では駆け足でやってきたと思います。
思うほど結果が出てないのはどなたも同じような事だと
思いますから、さほど気にしていません。
食べられたらそれで良しと、腹をくくっています。
例年ならモチベーションにつながるような良い出会いがあったり、
不快な出来事も起こるのですが、
今年はそういうインパクトが無かったのです。
進んで来た方向に確信を持ってよけいな事をしなかったのが
その原因かもしれません。
やりたい事が年をとってなくなってきたとも言えます。
まだ残っているやりたい事は年相応の勉強をして
自分を磨く事だと思います。
昨年末に書いた、筆を持つ事、ひたすら彫り続ける事が
一番たいせつだと思う気持ちに変わりはありません。
なかなか面白い話も書けませんが、
今後ともよろしくお付き合いのほど、お願い申し上げます。




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# by tatakibori | 2015-12-14 18:25 | 日々の生活 | Comments(0)