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映画の楽しみ2

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音楽ならばラジオで聴けばお金はかかりません。
レコードはとても高価で最初は限られた裕福な人々の高尚な趣味だったのです。
終戦直後には津山でも同好の志が集まり、蓄音機によるレコードコンサートが開かれたそうです。
レコードを庶民の若者が手に入れられるようになったのは1960年代の後半になってからです。
当時、多感な10代だった人たちが最もポピュラーミュージックを愛する世代です。
私よりは少し上の、ちょうど団塊以降の昭和20年代半ばの生まれの人達です。
ビートルズをリアルタイムで聴いた世代と言えば分かりやすい表現です。
コルトレーンを生で聴いたとか、ツェッペリンのコンサートに行ったとか
信じられないような話が出てくる人もあります。

映画を最も愛した世代はどのあたりの人達でしょうか。
これはかなり幅があり、淀川長治(1909年生)から水野晴郎(1931年生)と言えば簡単です。
明治の終わりから昭和の初めに生まれた人達です。
河野先生は1920年生まれですからその真ん中で、戦前の映画を楽しんだのです。
「アンナ・カレーニナ(1935)」のグレタ・ガルボこそ永遠の美女だったのです。
対照的に美貌で売ってない美人(?)マレーネ・ディートリッヒの存在も偉大でした。
どう撮れば最も美しく見えるか、銀幕の中の輝くスターを通じて河野先生はそれを学んだのです。
日本の女優なら李香蘭(山口淑子)がお好みでした。正統派美人が好きだったのですね。

私達のようなテレビ世代になってくると、親が映画が好きかどうかで
子供の頃から親しんだ映画がまるで違ってきます。
今の若者の間では、ビートルズやストーンズ、ディランなど親が好きだから
子供の頃から知っているという環境があって、はじめてロック好きになるそうです。
リアルタイムの体験でないから、家庭環境が大きく影響するのです。
日本全体で言えば淀川長治や植草甚一のような語り部がいて、
家庭環境に恵まれなかった人達にそれを提供したと言えます。
そういう人が身近にいて生で熱くそれを語る、それこそが河野先生だったのです。

河野先生にとって一番不可解な映画は「ウッド・ストック」だったそうです。
大正生まれはさすがにロックに関心は無かったようです。
初期の映画の面白さから離れていった時代の「スターウォーズ」も批判していました。
今も映画の王道は美女をより美しく撮る事だと思います。
映画が観られなかった終戦直後における河野先生のような人が
映画館がなくなってしまった今の津山にもう一度必要です。





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この文章は津山文化振興財団の季刊誌の為の原稿の下書きです。
河野先生は津山にとっては映画、演劇の恩人ですが、私の母と妹の恩師でもあります。
その影響で、山田家は映画好きの家族でしたが、私はその中の例外で映画はそれほど好きではありません。
河野先生と映画の話はもう少し調査して晩秋までにはまとめようと計画中です。
by tatakibori | 2010-09-10 20:44 | その他 | Comments(2)
Commented by kaikaisei at 2010-09-15 22:16
ごぶさたです。山田さん。
河野先生が長年続けていらした映画講座「映画を楽しく」を受講していました。
ですから河野先生は絵や演劇の先生というより私にとっては「映画の師」です。

河野先生にしても私の両親にしても、思い出の中で大切にされている映画は、
作っては捨てらていく昨今のゴミ映画やDVDと違って、まるで一緒に暮らす旧い友人や恋人のようですね。

月二回行われた講座の度に配られ手書きのパンフレットも、
今となっては貴重な映画資料になりました。
何よりも普段はお目にかかれない戦前戦中の作品を
沢山鑑賞することが出来たのは素晴らしい体験でした。

勿論、河野先生が語る名解説は淀長さんと並ぶ名調子で
映画の楽しみとはより良く生きている証だということが
よ~く、わかりました。

河野先生には、度々
「今(現代人に)は、昔の映画を越えるような楽しみがあるの?」
とよく聞かれました。

その度に
自分自身が映画の主人公になれるコンピューターのゲームに夢中になっていることを説明しましたが、どうしてもピンと出来ない様でした。
Commented by tatakibori at 2010-09-16 08:02
福西さん、コメントありがとうございます。
河野先生はファンタジーはお好きでないからゲームは理解できないでしょうね。w
美しい人やモノを深く味わうのが映画の最大の楽しみである事は
間違いの無い真実です。
河野先生はそれを伝えたかったのでしょう。
ただ独特の語り口は、ともすれば話の前置きだけ盛り上げておいて、
さて肝心の話は何だったのだろうと言うような時も多かったですね。
福西さんだけでなくて多くの人にとって「映画の先生」という印象があるのも事実です。
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