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原子力発電所事故

平成23年3月11日は日本にとって忘れられない日になりました。
「想定外」の大地震で原子力発電所が事故を起こしたのです。
あれから私の検索キーワードは「東京電力」「保安院」「津波」「ロナルド・レーガン」
「宮城県」「福島県」そして三陸海岸の町の名前、「シーベルト」「ベクレル」「チェルノブイリ」
「スリーマイル」「福島第一原発」「柏崎刈羽原発」「メルトダウン」「プルサーマル」
「軽水炉」・・・・
もう、すっかり原子力通です。
もちろん、それまでは何も知らず国やテレビの安全説を信じていたのです。
だから原因は地震が大きすぎた事だろうと思っていたのです。
ところが、吹き上がる技術者たちの「人災説」や2007年の共産党の申し入れなど
を知り、大きな衝撃を受けました。
驚くべき事に、事故は「想定外」とは言えないのでした。
原発の危険性を訴えるジャーナリストや団体があるのは知っていたし
多少はその意見も読んだつもりです。
彼らはそういうジャーナリズムを売りにして生きている人だと判断していました。
残念ながら事故後の文章やインタビューでもそれを感じる部分があります。
マスコミ関係はそんなもので「朝まで・・・」と同じような「ケンカ」が見世物なのかと思いました。
原発反対派の脆さです。

一発大事故が起こればすべてが変ります。
もう変りました。
私も原発の安全性を信じるわけにはいきません。
一番の問題は私達があまりに原子力に無知であった事です。
電気の30パーセントは原子力とは知っていましたが、
実際にはベースが原子力だからそれが基本になっていて他は変動的な需要に対応していたのです。
電気はクリーンエネルギーではなかったのでした。
放射能に対しては完全な防護服を着た知識と体力のある米国軍人などが
最新鋭の機械と物量作戦で見事に処理してくれるような気がしていたのも幻想でした。
実際には多くの人が知っている「タイベック」で出来たペナペナのホコリ除けを着て
ホースを持って走る消防隊だったのです。
コンクリート打ちのポンプ車が役に立つような原始的とも言える対応です。
クルマの話なら多くの人が評論家のように詳しいのですが
原子力は語る人がほとんどいません。
これからは原子力を誰もが語り、未来を考えなければならないのです。
by tatakibori | 2011-03-21 19:51 | その他 | Comments(0)
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