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続・大和魂

本居宣長によると漢意(からごころ)との対比によって
大和魂(やまとごころ)は日本人の本質をあきらかにしようという考えです。

漢意(からごころ)とは・・・
物事を虚飾によって飾りたて、様々な理屈によって事々しく事象を正当化したり、
あるいは不都合なことを糊塗したりする、はからいの多い態度
・・・とあります。

からごころは善悪是非の議論であり、物の理の強調ならば、
やまとごころは人情の自然であり、あるがままの現実という見方もあります。

からごころのひとつに考えられる仏教ですが・・・
我が家は神道なので子供達は余所の仏教のお葬式に参列して
きらびやかな装飾に驚いた事があります。
我が家の身内には日蓮宗が多いのでそのお経を読むと
装飾的な言葉が多いようにも思えます。
白木と白布の神道、金箔の装飾の仏教という印象です。
しかしながら仏教を否定するような考えは「やまとごころ」ではなく、
宣長も浄土宗の信仰が厚かったという事実があります。
仏教は「みやびごころ」であるという話もあります。
円空の彫った仏像はむしろ神道的であるとも言われます。
逆に「君が代」は「からごころ」的であると言う人もいるくらいです。

難しい論議ができそうな問題になってきます。
それこそ「からごころ」で「やまとごころ」を語ろうとする行為になってきます。

平成2年11月に今上陛下による「大嘗祭」が行われました。
私はその施設である大嘗宮の一般公開をどうしても観ようと
夜行バスで上京しました。
これぞ「やまとごころ」の本質を具現化したものだと思ったからです。
宮は仮設と言えるような簡単なもので大嘗祭に使われたあとは解体されます。
その素材はどちらかというと小径木で意外なほど簡素な造りでした。
もちろんいっさいの装飾はありません。
丸太の鳥居があったと思います。
すべてのものが杉や桧の白木で造られていました。
これが日本人の美意識の極まったものだろうと思いました。


      もう少し、つづく
by tatakibori | 2011-09-08 21:13 | その他 | Comments(0)
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