人気ブログランキング |

臥薪嘗胆(改作)

d0006260_1043456.jpg

過去のブログの文章を少し改めて、ある冊子に掲載します。
一部に保田師の文章を引用してありますが、
ややこしいので特別な表記はしません。
常体に変えるだけでシャープな印象になります。



中国の古い言葉「臥薪嘗胆」というのは、
敵からうけた恨みを忘れず、辛苦に耐えて、
時機を得た時に、復讐をとげるという意味。
紀元前5世紀頃、呉越戦争の歴史の中に生まれた言葉で、
和をもって尊しとなす我が国では馴染まない考えのように思える。
例外的に津山の史跡である院庄・作楽神社の由来の物語がある。
後醍醐天皇が隠岐の島に流され、
それを慰めようと児島高徳が刻んだ
十字の詩「天莫空勾践 時非無范蠡」
「意味:天は古代中国の越(えつ)王・勾践(こうせん)に対するように、
決して帝(みかど)をお見捨てにはなりません。
きっと范蠡(はんれい)の如き忠臣が現れ、
必ずや帝をお助けする事でしょう」を思い出す。
これこそ越王・勾践だから「嘗胆」由来の人。
そして南北朝時代とかなり緊迫した争いの時、
都から遠く離れた岡山の武将が「史記」から引用した
自作の漢詩を桜の幹に刻んで天皇だけに分かる
暗号として伝えた事がまさに風雅といえる。
 芭蕉の奥の細道に「象潟や雨に西施がねぶの花」という句がある。
西施(せいし)は中国四大美人の一人。
越王・勾践が呉王・夫差に献上し、その美貌で呉は滅んだとされる。
壮絶な歴史物語も異国の地ではロマンの詩に生まれ変わるという不思議もある。
 我が国には、一貫する文明があって、
風雅(ミヤビ)という言葉でよばれる。朝廷の文明である。
町人の文化にしても、平安京以後の風俗でいえば、
源氏物語の気分を尊ぶようなところに落ち着く。
臥薪嘗胆の強い異文化を持つ国と分かり合うには、
先ず我が国の「風雅」の気質を学ばなければならない。
「大和魂」と呼ばれる日本人の性質は本来は戦いと無縁の考えである。
平和な未来のために歴史を紐解く時が来たようだ。
by tatakibori | 2012-02-04 10:47 | その他 | Comments(0)
<< 叩き彫スピーカーver.2プロ... 古事記千三百年 >>