2012年 07月 31日 ( 1 )

鉈彫り

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「ゆらぎ」と書いてきましたが、丸ノミで荒彫りするのを「鉈(なた)彫り」と言います。
鉈彫りと言ってもナタでなくてノミで彫ります。
江戸時代の「円空の鉈彫り」として有名ですが平安時代に流行った彫り方で
今で言うと完全にアートの表現です。
鎌倉時代には廃れてしまって、その後は江戸時代までこの技法は現れません。
仏像彫刻は鎌倉時代に技法や方法論が完成され独特のスタイルを磨き上げます。
それは細かな法則や技術の積み重ねで多くの時間や労力も必要とするものです。
鉈彫りは短時間で彫り上げる方法なので施主の多くの富を必要としない
庶民的なものだったのかもしれません。
白鳳時代から奈良、平安と優美さを求めてきた仏像は鎌倉時代の武士文化なのか
端正な力強さや緻密な方法論へと変化しているように思えます。

写真は津山の歴史上の人物「児島高徳像」で、ちょうど鎌倉時代末期の登場です。
十字の詩を刻んで後醍醐天皇に伝えたとされますが、これこそ当時の優雅な貴族文化で
鎌倉幕府の兵士達に分からない暗号として天皇に伝えたと言うのが興味深いところです。
後醍醐天皇は建武の新政(中興)として幕府が滅んだ後、朝廷の政治の復権を図りましたが
長く続かず吉野へ逃れて南北朝時代の始まりにつながります。
建武の新政を読んでみると面白い話がたくさん出てきます。
まず後醍醐天皇は政治的には全くセンスも人望も無かったようです。
何故その帝を多くの人々が支持して鎌倉幕府を倒すに至ったのかがポイントです。
私が読んで感じたのは芸術文化が大きく関係している事です。
この話、長くなるので続編を書きます。
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by tatakibori | 2012-07-31 20:54 | アート | Comments(0)