版画用ブラシ

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チビた木版画の刷毛です。
毛足は3mmくらい。
新品を計ってみると12mmなので
9mm減った事になります。
毛筆も毛がチビてきますが、
それよりも管理の不手際で毛の元に
墨が残って固まり毛先が割れて
使えなくなるほうが多いのが残念です。
万年筆の先を壊して使えなくなる事は
ほとんどありませんが、
毛のものは消耗品に近い感覚があります。
手紙用の筆は3年使えばまあまあだと思うので
万年筆に比べると贅沢な筆記具かもしれません。




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# by tatakibori | 2018-08-21 10:14 | 仕事 | Comments(0)

老成

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作品に年齢相応の鍛錬の成果や円熟味、さらに枯れ具合などが表れてくれば
年を重ねた充実があるというものです。
私は初期の作品を見て反省する事がありますが、中には強い意志や夢と
制作にかけた時間を感じさせるものもあります。
また今の若い世代の作品には私が捨てたのか失ったのかは分かりませんが
何かがある場合があります。
それは誠実さとか内からあふれる力強さのようなものです。
人間の肉体的な充実期は20歳くらいからの数年だと思います。
精神の充実は個人の努力の成果もあるので個人差もあるし、
職業や環境によっては成長し続ける可能性もあります。
今年は私も肩や腰が痛かったり、熱中症気味になったり
老いを感じるようになりました。
老成を目指すには気を抜かずに精進を続けなければ
ならないと猛暑の日々の中で思いました。

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# by tatakibori | 2018-08-16 17:13 | その他 | Comments(0)

若い人は知らない

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今の若い人はパール・バック「大地」とシェイクピア「ヴェニスの商人」は読んだ事がないようです。
パール・バックはノーベル賞作家です。代表作「大地」は19世紀末の中国を舞台にした壮大な物語で、
たいへん読み応えのある小説です。
一説には中国では翻訳、出版が禁止されているという噂もあります。
ヴェニスの商人は小学校の国語の教科書に載っていたので年配の方には常識的な名作です。
たぶん登場人物の高利貸しが特定の民族を侮辱するような設定なのが問題かと考えられます。
歴史の中に葬り去られた事柄はこうやって多くあるのだろうと思います。

津山市院庄に作楽神社という旧跡があります。
南北朝時代に後醍醐天皇が隠岐の島に流される時に
児島高徳が桜の幹を削って十字の詞を刻み励ましたという伝説の地で、
戦前は教科書に載っていたお話でした。
戦中派が元気だった頃は観光名所として賑わいましたが、
時とともに忘れ去られて、今は閑散としています。
観光資源としての復活を期待されていますが、
その伝説を語り継ぐ努力が求められています。
ただし、
保田與重郎著「現代畸人伝」のおしまいの方に
「美作の歴史では後醍醐天皇隠岐行幸の史蹟が第一の自慢で、
六百年もきのふの如く身近に語りつたへた人々は、・・・」
と書いてありますが、誤解を生むような語り部は困ったものです。
名著の輝きが、そのあたりが少しだけかすんでしまいます。
斎原生まれのY氏の悪戯に違いないです。

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# by tatakibori | 2018-05-13 13:18 | 読書 | Comments(0)

門前の小僧

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自主協同学習が先鋭的な教育だとしたら伝統的な方法とは何だろうと思いました。
「門前の小僧習わぬ経を読み」と言いますが、単純に意味が分からなくても
繰り返し聞いていれば覚えてしまい、そのうち書面に触れて文字や意味を知る
ようになるのも教育の大事な方法です。
私の場合には、父が版画やレリーフに万葉集などの文字を刻んでいたので
最初は視覚的に形としての文字を覚え、父の言葉で読みを知り、
販売のために意味を本で知るようになりました。
かなり生活に密着したものとしての古典文学だったのです。
「よく知ってますね」と言われるようになって「門前の小僧です」と照れ笑いで応えてました。
高校時代に古典は全くダメだった私が長い時間をかけて万葉集や芭蕉を勉強したのです。
最もたいせつなものは芭蕉であり、万葉集であると信じて、そこから範囲を広げずに
ほんの少しを繰り返し読み続けました。
古典落語が好きな人が、百人一首のかるたは「ちはやふる」と「せをはやみ」だけは
自分が取ると決めているようなものです。
ほんの一握りの拙い学習が繰り返される事により少しづつ広がりを持ち、
やがて心豊かな世界を見せてくれるようになる瞬間があります。

江戸時代には論語など難しい文章を「素読」して学んでいました。

   そどく【素読】

   古典の原文を幾度となく繰り返して読み,
   それを書物を用いないで誤りなく言うことができるようになる学習法の一つ。
   日本でこの方法がひろく行われて学習の初歩として普及したのは江戸時代においてである。

今でも「読み聞かせ」という幼児教育の基本があります。
教育も人と人が相対して行う行為でありパソコンの画面に
向かって学ぶだけでは限界があります。
著名な学者の著書を読むのも大事ですが、
その講義や講演を聴く事にはもっと大きな意味や感動があると思います。




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# by tatakibori | 2018-05-04 19:41 | その他 | Comments(0)

自主協同学習

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私の育つた勝田郡勝央町勝間田には勝間田小学校、勝央中学校がありました。
小学校に入ったのが昭和38年(1963)、中学は昭和44~47年(1969~72)になります。
小学校の高学年から自主協同学習という授業が始まり、中学はほとんど全部が
その方式で行われていました。
勝央中学校は町長の情熱と教員組合の活発な活動の相乗効果で、
当時の最先端の試みが数多くありました。
冷暖房完備の教室、体育館、ランチルームで食べる米飯給食、
校内放送用のテレビスタジオなど今から思えばやり過ぎの豪華さでした。
自主協同学習について調べてみると、岡山大学の高旗正人による
1965年から10年間の勝央町だけの実験だったようです。
教室では生徒の机を4~5人単位の班にして向かい合わせ、
教師の方を向かない形をとります。
内容はだいたい今でいうアクティブラーニングと同じようなものです。

この手の方法は大正時代にドルトンプランとして実験的に行われたのが
最初のようです。
谷崎昭男著「保田與重郎」によると大正10年頃の桜井尋常小学校で保田が
自学自習という新しい自由な教育を受けた事が記されています。
大正デモクラシーの時代と町の自由で教育熱心な風土により
優秀な教師が集められて成果を上げたようです。
それは桜井の町の伝統的な性質を自慢した文章で、
保田にとってそれがどれほどの意味を持つのか、
私は少し疑問に思う点があります。
私の頃の自主協同学習は、寡黙で一人で本を読むのが好きな秀才には
向いていなかったのです。
通知表に、分かっているのに発言しない、協調性がないなどと
書かれた優等生は多かったのです。
私は逆にややでしゃばりな性格でディベートなども好きなので
この方式の授業は(英語以外は、)楽しんでいました。
問題は5年間もそれにどっぷり染まると、高校へ進んでからの
普通の授業に馴染むまでに苦労した事です。
教師の言葉で叩き込み、反復して覚えるしかない英語や古典、歴史の
授業などは苦痛で大学に入ってやっとすんなり講義を聴けるようになったほどです。
そういった経験のないほとんどの人にとってアクティブラーニングなど
新しい(?)教育は夢や希望があるように語る向きがありますが、
私は懐疑的に思っているのです。


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# by tatakibori | 2018-05-02 18:05 | その他 | Comments(0)

野の人

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30年ほど前、私が30を過ぎたばかりの頃にある老作家二人から
「芸術家は野の人でなければならない」と聞きました。
それから「野の人」とは何だろうと考え続けてきました。
お二人は明治34年生まれの私の祖父と同い年で、
wikiによると、ともに東京帝国大学で、文学部と法学部卒、
学生時代には共産党やプロレタリア文学にも関わるが
その後転向するなど後に日本浪漫派に加わり、
父との接点があったようです。
大正末期に生まれた父と、明治生まれの作家には
どこか世代の差があり「野の人」という言葉の解釈が
漠然として三人の会話にはよく分からない部分がありました。

「在野」は政治なら野党、学者なら大学に属さず民間の研究者、
法律家なら弁護士、それからフリージャーナリストなどを指します。
体制や権力に属さない「野の人」です。
しかし野党とは言え政治家は政党を作り発言力を高めて
大きな権力を作る人なのだろうと思います。
マスコミは権力を批判し世を正す使命があるように思えますが、
マスコミそのものが大きな権力であると言う
矛盾を抱えているようにも思えます。
著名な芸術家のほとんどは権力に寄りすがって大きな
仕事を成して、名声と富を手にします。
そういう意味では「野の人」であるのは簡単ですが、
生活していくのは難しくなります。
建築家のように富の集まる所にしか仕事がないような職業もあります。
演劇のように反体制を是とする世界もあります。
政治的な左派が「野の人」であるとは、私には思えません。
芸術家が政治的な発言を繰り返すほどその作品が
浅いものに見えるからです。

真の「野の人」とはどういうものなのか、
それを考える事がこれからの仕事の芯になるような気がします。



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# by tatakibori | 2018-04-24 08:43 | その他 | Comments(0)

五十肩

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長くブログを更新していなかった理由の一つに肩の痛みがあります。
六十を過ぎて五十肩でもないだろうと思いますが、何歳でもそう呼ぶようです。
昨年末頃から集中的に大量の木版画ポストカードを刷ったのと、
年末年始にかなり無理をして作品を制作したのが原因です。
熟練の成果で仕事の量は若い頃より増えています。
それに体がついていけなくなったのです。
これからはスケジュールにきちんと休息を入れなければなりません。
もともと遊びに行く習慣がないので、休まないでどんどんやってしまう時があります。
まだまだ制作を続けるにはそれなりのペース配分を考えなければと思っています。

色々とやってみましたが、痛み止めよりごく少量の日本酒と
電気湯たんぽで肩を温めるのが睡眠には効果的でした。
昼間は貼るカイロも使っています。

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# by tatakibori | 2018-03-08 18:28 | 日々の生活 | Comments(0)

見聞を広める

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wikiによると
ボブ・ディランは
「現行の音楽をすべて忘れて、ジョン・キーツメルヴィルを読んだり、
ウディ・ガスリーロバート・ジョンソンを聴くべし」と後進のアーティストに提言している。
またエンツォ・フェラーリは
1956年の息子ディーノの死後めったに公の場に現われなくなり、本拠地モデナを離れることもなかった。
極めつけの熊谷守一は
「約30年間 家から出ていない」などの言葉を残している。

それとは逆の松尾芭蕉のように旅にあこがれ、旅をすみかにした人もいます。
この旅は何かの目的があっての旅と言うより旅をする事そのものが
目的のように思えます。
フーテンの寅さんは渡世人を自称し家を持たず旅に明け暮れる生活が基本です。
その旅は露天商の旅ですから、基本的にお金を稼ぎながら危なっかしい日々を
送る厳しい生活でもあります。
円空や木喰も旅の人生だったようです。
それは聖(ひじり)と呼ばれる乞食僧の生活です。
これらの場合は旅をする事が神聖でストイックな行為だったのです。

今、世は見聞を広めるための旅行が大流行のように思えます。
代表的なのが地方議員さんの視察旅行です。
どこか「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」的に見えるのが残念ですが、
これらの経費による経済効果が大きいとなると一概に無意味とは言えません。


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# by tatakibori | 2017-12-12 21:13 | その他 | Comments(0)

後世に残すと言う事

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松尾芭蕉の俳諧と言えば小学校の教科書にも載っている日本人としての
基礎的な教養の一つです。
芭蕉の生涯は1644~1694年で50歳で亡くなっています。
芭蕉の没後38年の1732年に蝶夢が生まれています。
蝶夢が芭蕉の研究をして、その遺作を3冊の本にして出版しました。
これが後世に残る芭蕉の偉業を日本の文化として確立させたのです。
じつは、大きなブームとなり一世を風靡した芭蕉の俳諧も
その没後にはだんだん廃れていったのでした。
蝶夢は30年かけて芭蕉の墓所である義仲寺を再興し、
1793年に芭蕉100回忌を成し遂げました。
今の義仲寺は昭和になってまた荒れはてたものを
1965年に保田與重郎(1910~1981)らによって再興したものです。
芭蕉に関する書物や研究者は多くありますが、蝶夢の研究に力を
注いだのが佐賀大名誉教授の田中道雄(1932~)です。
私は40年くらい義仲寺に集まる諸先生方にお会いしてきましたが、
田中先生は純真に蕉門の俳人をほんとうに熱く語ります。
そこに血の通った人物像を語りたい、と言うような話をされます。
古い手紙などからその人柄や信念を感じ取り、人物を語ります。
お話を聞いていると、
世の中に当たり前にあるものが、じつは志を持つ少数の人によって
ようやく守り続けてこられた事を目の当たりにするのです。
そういうたいせつな事は世の中にたくさんあるから、
それぞれの人の持ち場でたいせつなものを後に続くように
しなければならないと知るのです。
田中道雄先生ほどありがたいお話をされる人は滅多にいません。





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# by tatakibori | 2017-11-28 21:25 | その他 | Comments(2)

木彫に対する私の思い その4

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写真は天台宗の発行する小冊子の最新号に紹介された私の記事です。
私の仕事への思いをこのブログに書き綴ってきましたが、
取材を受けて編集者の目を通した「私の思い」がこの冊子には
書いてあります。
尋ねられた事に私が正直に答えた言葉を出来るだけそのまま
書いてあり、さすがに手慣れた物書きの仕事だと感服しました。
この道に入ったきっかけを丁寧に聞かれたので、丁寧に答えた
事柄がまとめてあるのが自分で書く自分とは違うのです。
自分ではその道の家に生まれて、始めからあったものが
他人から見れば特異なものであり、その環境の特質があるのだろうと
あらためて思いました。
宗教関係の印刷物なので信仰にかかわる言葉が多いようにも
感じましたが、実際に私が口にしている言葉には
そういう信仰心から出るような言葉が多いというのにも
今さらながら気がついた次第です。
天台宗の檀家には届くそうなので機会あれば読んでいただけたら
ありがたいと思っております。


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# by tatakibori | 2017-11-14 19:32 | 仕事 | Comments(0)