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カテゴリ:仕事( 222 )

大伴旅人


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験(しるし)なき物を思(も)はずは一杯(ひとつき)の濁れる酒を飲むべくあらし

令和の典拠は万葉集・大伴旅人卿の「梅花の宴」ですが、ここでは「讃酒歌十三首」の一つを取り上げました。
「験なき物を思はずは」、思ってもかなわぬ欲望の世界にあくせくするよりは、との意。
漢籍仏典に通じる教養人らしく、おおらかで自然な神ながらの世界を歌いあげています。
旅人は晩年に太宰帥として赴任した筑紫での山上憶良たちとの交流の中で多くの名歌を万葉集に残しています。





旅人の讃酒歌を仏教戒律への皮肉や度重なる嫌な出来事による失意のものと解釈される事もあります。
もちろんそう言った側面もあるでしょうが、旅人にとって飲酒は完全無欠な遊びであります。
その「遊び」とは魂を太くし大きくする振舞いであり、神聖な祭そのもののようです。
旅人は西暦665~731年ですから、古事記(712)、万葉集(783年に旅人の子・家持によって最終的に編纂された)の
時代を生き、随から唐の時代の文化を肌で学び、古代の日本文化の成熟に大きな影響を与えた人物だと思います。
「令和」よって旅人が見直されるのはたいへん喜ばしい事です。


by tatakibori | 2019-06-07 11:03 | 仕事 | Comments(0)

常住寺 三千佛堂

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昨年からブログの更新が滞っていたのは、常住寺 三千佛堂に納める
木端仏の制作という大きな仕事があったからです。
常住寺は岡山市にある天台宗の寺院でかつては岡山藩主池田家の
祈祷所でもあり本堂の建築は総欅で彫刻なども見事なものです。
残念ながら昭和の高僧葉上照澄大阿闍梨を最後に無住となり
荒廃してしまいました。
今は天台宗岡山教区が管理し、宗教を越えた人道援助NGOである
RNNの拠点としても活用されていますが、何とか元の姿に
再興したいと願う近隣の住民、天台宗関係者によって
少しずつ整理されてきています。
そして彼らにより復興プロジェクトの一環として
三千佛堂の建立を祈願されたのです。
私ども昭雲工房としてその願いに応えるため
全力をあげて制作した次第であります。
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今のところ拝観は毎月6日の護摩の時だけですが、
前もって連絡すれば開けていただけます。
連絡先は
常住寺復興プロジェクト委員会
090-3636-3744
岡山市中区門田文化町2-7-19
facebookページもあります。

圧巻の三千佛に包まれた感覚は未知の体験です。
是非ご覧いただきたいと思います。

by tatakibori | 2019-05-10 10:36 | 仕事 | Comments(0)

版画用ブラシ

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チビた木版画の刷毛です。
毛足は3mmくらい。
新品を計ってみると12mmなので
9mm減った事になります。
毛筆も毛がチビてきますが、
それよりも管理の不手際で毛の元に
墨が残って固まり毛先が割れて
使えなくなるほうが多いのが残念です。
万年筆の先を壊して使えなくなる事は
ほとんどありませんが、
毛のものは消耗品に近い感覚があります。
手紙用の筆は3年使えばまあまあだと思うので
万年筆に比べると贅沢な筆記具かもしれません。




by tatakibori | 2018-08-21 10:14 | 仕事 | Comments(0)

木彫に対する私の思い その4

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写真は天台宗の発行する小冊子の最新号に紹介された私の記事です。
私の仕事への思いをこのブログに書き綴ってきましたが、
取材を受けて編集者の目を通した「私の思い」がこの冊子には
書いてあります。
尋ねられた事に私が正直に答えた言葉を出来るだけそのまま
書いてあり、さすがに手慣れた物書きの仕事だと感服しました。
この道に入ったきっかけを丁寧に聞かれたので、丁寧に答えた
事柄がまとめてあるのが自分で書く自分とは違うのです。
自分ではその道の家に生まれて、始めからあったものが
他人から見れば特異なものであり、その環境の特質があるのだろうと
あらためて思いました。
宗教関係の印刷物なので信仰にかかわる言葉が多いようにも
感じましたが、実際に私が口にしている言葉には
そういう信仰心から出るような言葉が多いというのにも
今さらながら気がついた次第です。
天台宗の檀家には届くそうなので機会あれば読んでいただけたら
ありがたいと思っております。


by tatakibori | 2017-11-14 19:32 | 仕事 | Comments(0)

木彫に対する私の思い その3

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私が若い頃には木彫をする人がたいへん少なかったように覚えています。
比較される方が何処かにあれば私の個性もより理解しやすいし、
木彫と言うジャンルへの理解も深まるはずなので、
木彫作家が増える事を願っていたのです。
近年になって木彫作家が増えているようです。
今まで脚光を浴びなかった人達が注目されて、この分野の情報も
増えてきているのを実感します。
色々な表現の人がいるのですごく違和感を感じるものも
ありますが、バリエーションが増えるのはとても良い事です。
若い木彫作家達が何故に素材に木を選んだのか知りたいと思う事があります。
私(我が家)の場合は先祖から木にかかわる仕事をしてきた環境が一番の理由です。
それは先祖が暮らしていた地域の風土がそうだったのです。
すぐ近くに農林学校(旧制)、製材所、林業試験場がありました。
建築関係やデザイナーへ進む人も多かったようです。
最近は美術大学に進んでから素材に木を選ぶ人が多いので、
木や道具に対する思いが少し変わってきたように見える場合もあります。
他の人達の作品を見る事によって自分のやりたい表現や出来る事が
見えてくるように思えます。
良い時代になったと、しみじみ思うのです。




by tatakibori | 2017-08-28 17:18 | 仕事 | Comments(0)

直毘神

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直毘神(なおびのかみ)

伊邪那岐命(いざなぎのみこと)が黄泉(よみ)の国の穢(けがれ)を
禊(みそぎ)払われた時に生まれた神さまです。
禍(まが、凶事・罪悪・災害など)を直す神さまです。
本居宣長の古事記伝にある「直毘霊(なおびみたま)」は簡単に言えば、
漢意(からごころ)を排し「かんながら」に帰るという事です。
漢意とは言挙げて対立するような外来の世俗の文化とも言えます。
「かんながら」とは随神、惟神、自然などの文字が当てられ、
人が神代から生まれながらに持つ素直な心というような意味です。
新しい外来文化と日本古来の文化の対比とも言えます。
一例を挙げれば、「袖振れ合うも多生の縁」と言いますが、
偶然による一期一会を大事にすると読むか、
偶然による出会いも前世からの深い因縁による必然の
ものと考えるかの違いのようなものもあります。
映画の「ふうてんの寅さん」は前者の意味のように使っています。
それが日本の古来からの考えであったからです。
昔の戦(いくさ)では勝者が、敵は立派で強かったと讃えたそうです。
ひいてはそれが戦いの正当性や強さのアピールにもつながります。
戦争においても「袖の振れ合い」があり、
「やあやあ我こそは」と名乗る仁義があったのです。
現代のネットやテレビのニュースでは
世界は醜い憎しみや争いに満ちているようです。
しかしひとたび、神仏に向かって手を合わせ、それと心を一つにすれば、
私達の日常はまことに穏やかであると気づきます。
そういうのが直毘神の本質だと思い、今年の伊勢神宮参拝のために
この版画を制作しました。


by tatakibori | 2017-06-04 20:55 | 仕事 | Comments(0)

木彫に対する私の思い その2

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私の木彫は自己表現が目的ではありません。
芸術に夢があって、何かを表現するために始めたのではないからです。
祖父の木彫には芸術表現に託す思いがあったのは確かです。
素材が木であったのは生まれた環境によるものでした。
それに大正から昭和の初めにかけて木彫のブームがあったようです。
有名な葛飾柴又の帝釈天の木彫はその頃に制作されたものです。
子供の頃に祖父の彫刻を見て、私は木を刻んだノミ跡の美しさを知りました。
私の木彫は木に刃物を当てた跡を作るのです。
もっと極端に言うなら、彫りクズを作る事なのかもしれません。
コンコンと音をさせて、たくさんの彫りクズを作れば、
何かたいへんな努力を積み重ねているような自己満足もあります。
写真の作品のように荒くて未完成ながら彫り跡に道具の力が残れば
それで良いのだと思います。
よく切れる道具で刻まれた木に残る力強いノミ跡でしか
表現できない優しさがあります。
手数の少なさは穢れの少なさにも通じます。
純粋で無垢というのが私の目指す表現なのです。
それは私の内にある考えではなく、木が持つものであり
神の創造したものから本質を引き出す作業です。
素材に木を選んだのではなくて、ある意味の運命にも引かれて
木に関わってきたのだと思います。

         つづく

by tatakibori | 2017-04-25 15:26 | 仕事 | Comments(0)

木彫に対する私の思い

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木彫に対する私の思いは、祖父と父の木彫への願いを分かり、それにたちかえり伝える事です。
自分を表現するために始めた事でもないし、欲のない仕事として続けてきただけのものです。

私のものごころついた最初の記憶の中に、祖父が彫る姿があります。
いつも面白い話をして笑っている祖父が苦しそうな顔で
仏像や般若面を彫っていました。
もう少し大きくなるまで、それが木彫だと思っていました。
祖父は40歳前に脳内出血で倒れて生死をさまよった事があります。
これをきっかけにやや前衛的な木彫をするようになりました。
戦中戦後は彫っても売れないので、自分の世界に入り込んで
大胆な表現を試みていました。
その時代に棟方志功に出会って、それを励まされたのでますますその方向へ進みます。
私は日頃、現代アートは敵のように言ってますが、昭雲叩き彫の完成はむしろ前衛的な
表現にあったのです。
さらに、棟方を通じて柳宗悦の民芸運動に触れた祖父はそれに大きく惹かれていきます。
祖父は民芸を通じて円空や木喰を知りました。それまでの大胆な円空にも通じる作風は
じつは独自の手法によるものだったのです。
山田家の先祖は大工職人でした。祖父が木彫を始めたのは家にそこそこの道具が揃っていたからです。
大工はノミをゲンノウで叩いてホゾ穴などを彫ります。
木彫職人の修業をしていない祖父はノミをゲンノウで叩いて彫ります。
やがて限界を感じて大阪の学校へ勉強に行くのですが、
最初に身についた手法は後々まで残ったのです。
情報のない時代にたいへんな苦労をして独自のスタイルを作ったものですから
祖父の仕事にはたいへんな力があります。
それが刷り込みになって私の木彫への意識は作られています。
祖父が私の作品を見たら許してくれるだろうか、という思いはいつもあります。


                     つづく

by tatakibori | 2017-04-07 21:36 | 仕事 | Comments(0)

引き出し

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木版画教室も丸3年が過ぎて、生徒の皆さんも上達してきました。
当初の目標は棟方志功の模写や、それ風の楽しい版画を
体験してもらう事でした。
棟方志功の画集をご覧いただければわかりますが、
楽しい版画ばかりではありません。
アートとしては強いメッセージを持っているのでしょうが、
それを模写するのをためらうような表現も多くあります。
また複雑な表現は素人には無理だったり、
成し遂げても満足感の無いものもあります。
そこで可能なものは簡略化したり、
理解しやすい表現にアレンジしてお手本を提供しています。
でも、数多くやっていくとネタ切れと言うか、
アイデアの引き出しが空になる日があります。

今年のそんな時に眺めていた本を並べてみました。
鳥獣戯画と浮世絵の画集は基本の一つです。
文様の本は古典的なデザインの宝庫です。
浮世絵や江戸期の伊万里焼のセレクトなどは
ハッとするほどセンスの良い本です。
中国から取り寄せた篆刻の本は、かの地では初心者、学生向けの
ものですが、日本のものよりはるかに専門的です。

創作を始めた頃のやりたい事のネタはすでに
使い果たしてしまったので、こういう古典をもう一度
深く調べて自分の作品に馴染むアイテムを拾い集めて
築き上げる作業が増えてきた今日この頃です。

by tatakibori | 2016-12-22 21:05 | 仕事 | Comments(0)

還暦記念の個展

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5月20日~22日の3日間近くのイオンモール内のホールで
創作を始めてから今までの比較的大きな立体作品を
並べて集大成的な個展を開きました。
総重量が1トン以上、点数にして120点ほどの展示です。
会場はショッピングセンターの多目的ホールで、
普段は講演、会議、講習会、映画上映、ミニコンサートなど
色々な催事に使われている施設です。
スポットライトと白い壁があるので沢山の作品を並べると
それなりの美術展の雰囲気が出来上がります。
時間的、質量的に密度の高い展示が来場者に感じていただけたと思います。
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美術に専門的に携わってきたある方が興味深い感想を言いました。
「このような広い会場でスポットライトを当てると、工房で見る
作品の持つ親しみが薄れているようです。」
美術館のような、もっと広くて専用の空間にゆったりした間を持って
展示すればさらに親しみが薄れていくかもしれません。

最近行った我が家のリフォームの打ち合わせで「生活感」という言葉が
よく出てきました。
生活感を出したくないという方も多くて、施主の嗜好を判断しながら
細かな配置やデザインを決めなければならないようです。
私の考えは合理性が優先ですから、生活感の排除のために不便になるような
配置は必要ないと伝えました。

この「生活感」のようなものが工房にあって、それが作品に親しみを
プラスしているのです。
冷たいRC構造の大きな空間にプラスターボードを張って作り上げ
られた白い無機質な展示ホールは音の残響も長くて、無意識のうちに
居心地の悪さを観客に与えます。
その暗い空間にスポットを当てて浮かび上がらせる手法は非日常であり
人々の生活とは隔絶されたものであり、ある種の客観性を失っているとも
言えるでしょう。
作品がどうであるかより、そこに持って行って展示する事の方が
意味が大きくなってきます。

今回の来場者のほとんどが「優しい表情になごみました」と
言った事が私の個性なら、これからの活動の方向性が
はっきりしてきたように思えました。
創作の分野の仕事は奥が深いので、今時の還暦は
まだまだこれからとも言われます。
元気でいられる間はまだまだ何かを彫り続けたいと
願っています。





by tatakibori | 2016-05-26 08:52 | 仕事 | Comments(0)