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恋しきものよ

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朝となる ひとのざわめき 聞えくる 恋しきものよ すこやかにあれ

すこやかに・・・


あと2点です。
すでに1点はほとんど出来ていますので
明日には全部完成です。
ゴール目前です。
最後はとっておきの歌です。

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by tatakibori | 2007-11-07 21:22 | 仕事 | Comments(0)

鎮花祭

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あづさ弓 春のこの日の 花しづめ われはもかざす 花の一枝
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by tatakibori | 2007-11-07 21:17 | 仕事 | Comments(2)

戊子遊行吟2

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大前に ぬかづきをれば あなかしこ 何一言を 祈りましけむ

保田師も出雲大社に正式参拝をされたのですね。

昭和20年のご巡幸の折、昭和天皇が出雲大社に詣でられたのは
特別なことであったそうです。そのことを詠んであるのです。
一般に出雲大社というと縁結びの神と言われ
良縁に恵まれますようと庶民は祈ります。
国の大きな危機に際してオオクニヌシノカミと直接話をされたのでしょうか。
戦後の昭和は天皇の意思によって進んでいったとも言えるのでは
ないかと私は思います。

あと4点です。
下絵は全部できあがりました。

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by tatakibori | 2007-11-06 21:35 | 仕事 | Comments(0)

戊子遊行吟

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美作の 旅のはじめは 院の庄 櫻を認(ト)めし 石ぶみを見つ
美作の國・院庄作楽神社にある石碑のことです。
美作には後醍醐天皇ゆかりの地が多くあります。

作楽神社の宮司・福田景門氏は高校時代の恩師です。
残念ながらご令嬢が我が同期にいたので津山高校の慣例に従い
私は直接授業を受けた事はありませんが新聞部の指導を受けました。
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by tatakibori | 2007-11-06 21:18 | 仕事 | Comments(0)

天馳る

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天馳る すべなきことを 知るきはに 千々に砕けよ 一代は人にあり
天馳る : あまかける

戦争中に大陸で詠んだ歌です。
多くの人が死んでいくのを見たのでしょうね。
悲しみに満ちているこころのようです。


あと6点ですが
歌を選んで3つは下絵を描きました。

全部で100点+1と言う事です。

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by tatakibori | 2007-11-05 19:23 | 仕事 | Comments(0)

立春

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年のうちに 春立つけふは かはりなき けしきもをかし こゝろもうきて
旧正月になる前に立春になったという事です。
昔の家は寒いから春が待ち遠しいのですね。
保田師は小さな火鉢を傍らに置いてました。
背を丸めてタバコを燻らす姿を思い出します。

あと7点まできました。
慣れてきたのか文字の表現が
やや自由に開放されてきたようです。
最後まで前進あるのみで、少しでも良い作品を
作りたいと思います。

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by tatakibori | 2007-11-04 19:57 | 仕事 | Comments(0)

熱河離宮廃墟その2

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あやしくも また美しき はつ夏の 空あかるくて 滅びのおごり
熱河離宮廃墟の歌は前に
勁(つよ)きひと 賢きひとも みな死にぬ ながめまぶしき 滅びの姿
という歌を彫りました。

今回の歌はパソコンで打ってみるとわかりますが
平易というか現代仮名遣いに近いので簡単です。
廃墟と言っても建物も残っているようですね。
検索でさがして画像も得られますからご覧下さい。
優雅な時代が想像されます。
まさに滅びのおごりなんでしょうね。
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by tatakibori | 2007-11-03 20:01 | 仕事 | Comments(2)

大和國山邊道

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みささきの みちおりくれば 雲離れ われにともなふ 冬の月かな
みささき : 御陵
右、大和國山邊道勾岡上陵 と記されています。
崇神天皇の山辺道勾岡上陵ですね。
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by tatakibori | 2007-11-02 19:46 | 仕事 | Comments(2)

秋思2

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秋風の 身にしむむかし 語りける ひとはいにけり 月に見えつゝ
深い情景が浮かんできます。

保田師はかならず客人を門の外まで見送りされました。
近頃は買い物に行っても見送る店が多くなりましたが
その頃はそういう礼儀は育ちの良い人にしかありませんでした。
人を育てる基本は立ち振る舞いだと教わったこともあります。
何でもよく知ってる人でした。
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by tatakibori | 2007-11-01 20:32 | 仕事 | Comments(0)